第80話 ノースコート滞在の最後の日

 熱気球を飛ばした次の日、ゲイツ様は王都から生活魔法使いを連れてきた魔法省の役人と共に、人工岩と蓄魔式人工魔石を持って王都に帰った。今度来た生活魔法使いの人は中年の男性モンテス様だ。彼は、中肉中背で、どれほど歩いても平気そうだから、調査隊には朗報だよね。


「何故、サリンジャー君がここに来ているのだ? 私の留守を託したのに?」


「それは、ゲイツ様が陛下から託された王都の留守番を放り投げて、こちらにいらしているからです。さぁ、帰りましょう。机の上の書類が雪崩を起こして部屋を埋め尽くす前に着きたいものです」


 わぁ、サリンジャー様って、ゲイツ様を扱い慣れているね。有無を言わさず馬車に乗せたよ。


「ペイシェンス様、秋学期には馬車を迎えに寄越すからねぇ!」


 そんな事を馬車から顔を出して叫んでいるけど、ゲイツ様は魔法省の役人サリンジャーに王都に着くまで説教されるかもね。普通なら、こんな仕事に来ない副官みたいな人だったみたいだから。


「ノースコート伯爵夫妻にはお世話になりました。引き続き、調査隊を館に置いてくださるご厚意には感謝しかありません。もし、調査隊が迷惑を掛ける様なら、私に一筆下さい」


 にっこりと調査隊に釘を刺して、リチャード王子も離宮に戻った。




 お偉い様達が居なくなって、私達は海水浴だよ!


 カエサル達も「海水浴かぁ」と少し羨ましそうな顔をしたけど、手写し作業を選んだ。バーンズ公爵は、カエサルの話だと王家の命令を厳格に受け止める気質だから、そうそう写しを見られなくなるそうだ。


 カエサル達とフィリップスは、私達がサティスフォードに出発する日に王都に帰るみたい。もう、夏休みも残り僅かだ。


 私は海水浴と共に、弟達と塩を作った。約束していたからね。弟達に中鍋で大鍋に海水を運んで貰って、塩を作ったんだ。


「これでエバは塩を買わなくてすみますね!」


 ナシウスには、父親の様な生活無能力者にはなって欲しくないけど、貴族の子息としては「買えば良いのでは?」というサミュエルの意見の方が普通なのかも? 少し悩む。


「お姉様のお手伝いができて嬉しいです!」


 ヘンリーは可愛いな。いつまでも素直なヘンリーでいてね!


 海でフロートでぷかぷかしながら、夏休みを振り返る。後半の遺跡調査は大変だったなぁ。


「でも、体操のお陰で体力がついてきたわ!」


 夏休みの課題の一つの体力強化は、かなり成果が出ている。認めるのは嫌だけど、ゲイツ様に魔素を取り込む呼吸方を教えて貰ったお陰だよ。それに、カザリア帝国の遺跡調査を手伝って地下通路を往復したり、乗馬とかも、体力作りには役にたったのかもね。


「お嬢様ぁ!」


 砂浜からメアリーが呼んでいる。うとうとしちゃったのか。ああ、夏休みが終わらないと良いのに!


 やはり、ナシウスとサミュエルの肩や顔は日焼けして真っ赤だよ。


「綺麗になれ!」うん、赤みが治まったし、海水でベタベタなのもスッキリした。


 帰ったら、お風呂にサッと入ってから伯母様のエステだ。サティスフォードに行く前にして欲しいと頼まれたんだ。そんな必要があるとは思えない美人さんなんだけどね。


「まぁ、目尻の皺とほうれい線が消えたわ! それに化粧で隠していたシミも! ありがとう!」


 まぁ「綺麗になれ!」と唱えただけで、これほど感謝して貰えて良かったよ。夏休みの招待のお礼ができた気分だ。


「ペイシェンス、綺麗にして貰って言うのは悪いのだけど、これは秘密にしなくては絶対に駄目よ。王都の貴婦人達が押し寄せるわ!」


 まぁ、エステ屋を開くならいざ知らず、それは困るよね。まぁ、いざという時に食いっぱぐれのない職が手に入ったと思っておこう。




 サティスフォードに行く準備は、メアリーがやってくれた。私は、手紙で呼んだカエサル達と一緒に最後のノースコートの日を過ごす。


 先ずは、カザリア帝国の遺跡に来たよ。勿論、メアリーも一緒だ。男子学生達と令嬢一人なんて、絶対に駄目みたい。弟達はサミュエルと最後の海水浴だ。


「この壁画が私を夏休みの大冒険に誘ったのだな!」


 ベンジャミンが珍しく感傷的なことを言っているよ。夏休みが終わるのが悲しいのかな。


「ペイシェンス、呼んでくれてありがとう!」


 アーサーは礼儀正しいね。先の四人に選ばなかったの悪かったな。


「私はロマノ大学で錬金術学科をとります!」


 ミハイルは、魔導船を作り上げるかもね。機械に関して天才だもの。


「ペイシェンス、秋学期は熱気球と何か思い付いたデザートの機械を作るのだろう?」


 ブライスは、本当に計画を立てるのが上手い。カエサル部長が卒業したら、きっとベンジャミンが部長になるのだろうけど、副部長として暴走を止めてくれそうだ。


「ええ、綿菓子メーカーを作りたいですわ。それとミシンもね!」


 ミシンと聞いて、ミハイルの青い目が輝く。


「良いですね!」


「服を簡単に縫える様になれば、安く提供できるな! それと、綿菓子か? 今度は、広い場所だから外で食べられる物と良いのだが?」


 やはりカエサルは部長だね。色々と考えているけど、綿菓子なら大丈夫だよ。まぁ、父兄とかも招待されるから、今年作ったガーデンテーブルとチェアーも使ったら良いかもね。


 こちらの執政官館跡には、モンテス様が椅子に座って本を読んでいた。うん、本を読んでいて、時々、扉を開けたり、格納庫まで歩いて天井を開けたりするだけで給金を貰えると喜んでいたから良かったよ。


 モンテス様は、王立学園を卒業した後、官僚として働いていたけど、上司と合わなくて辞職したんだそうだ。まぁ、前世でもよく聞く話だよね。で、暇にしていたから、この仕事は好都合だったみたい。次の職を見つけるまで、少し休憩したいのと、給金も出るから渡に船だ。


「調査隊は、一旦は王都に帰るだろうが、また改めて来るのだろうな」


 ベンジャミンは羨ましそうな目をしているけど、秋学期は文官コースも取らないといけなくなると思う。勉強不足だもん。まぁ、私も異世界の常識を勉強しなくてはいけないね。他人の事どころじゃないよ! これは王立学園では勉強できない。父親も当てにならないから、どこかで教えて貰わないといけないのだけど……あっ、教えて貰うで思い出したけど、ゲイツ様は防衛魔法とかは頼りになるけど、常識は無理だな。やはり伯母様達かもね!


「やはり遺跡調査は面白いですね。ここの遺跡もまだまだ調査する事が残っています」


 フィリップスは愛しそうにカザリア帝国の遺跡を眺めている。本当に遺跡が好きなんだね!


「さぁ、最後のノースコートの日を楽しみましょう!」なんて言ったら、全員から睨まれたよ。


「まだ、写しきっていないのだ! さぁ、帰って写すぞ!」


 最後の日なんだから、私はノースコートの町や港を案内する予定だったけど、カエサル達はそれどころでは無いみたい。まぁ、私も屋敷に残っている人達へのお土産は、サティスフォードのバザールで買った方が面白い物があるかもと思っちゃうからね。ノースコートの町はさほど大きく無いんだもん。


「ノースコートの遺跡は一般公開されるのでしょうか?」


 馬車で館に帰りながら、カエサル達に尋ねる。だって、今も執政官館跡とガイウスの入口にはノースコート伯爵の兵が立っていたんだ。


「調査隊が調査を終えるまでは、一般公開はされないだろな。何故、そんな事を聞くのだ?」


 ふと前世の世界遺産を思い出したからだ。保護もされているけど、観光資源にもなっていたよ。


「一般公開されたら、見学したいと思う方々もいらっしゃるでしょう? 全員をノースコート伯爵の館に宿泊して貰うのは大変だから、素敵なホテルを造ったら良いと思うの。それと、今のノースコートの町ではお土産も買えないから、遺跡にちなんだお土産も作って売ると良いかなぁと思ったのです」


 カエサルは「そうだな」と少し賛成してくれたけど、ベンジャミンには笑われた。


「そんなのは一般公開されると決まってから考えたら良いのさ。それにノースコート伯爵が考える事で、ペイシェンスには関係無いだろう」


 そんな事を言うから、カエサルのベンジャミンへの説教タイムになったよ。


「高級な宿屋を作るなら時間もかかるし、そこに相応しい使用人を見つけ、教育しなくてはいけない。それに土産物の生産は難しい。その土地の特徴を活かしたいし、ある程度のクオリティが必要だと思う。やはり、ベンジャミンは秋学期は文官コースも取った方が良い」


 お土産かぁ……私ならカザリア帝国の遺跡の絵とかペナントとか良いと思うな。食べ物は保存の問題があるけど、海が近いから魚の干物とかは駄目なのかな? スペイン料理でもタラの干物を戻したスープとか高級品だったはず。遺跡煎餅とか遺跡饅頭は無理かな?


「ペイシェンス、また何か考えているのだな」


 ベンジャミンに呆れられたよ。


「ええ、でもノースコート伯爵にお任せしなくてはいけませんもの」


 少し自重しなくちゃいけないからね。ああ、でもこういう事を考えるの好きだなぁ!


「ペイシェンスは外交官より、商品を開発する方が向いていると思う。バーンズ商会に就職したいなら、父上やパウエルも大歓迎するぞ」


 うっ、確かにそうかも! 私は考えが顔に出やすいみたいだし、腹の探り合いなんかできるのかな?


「そんなのはロマノ大学で勉強してから決めたら良いのさ! 自分が何をしたいか、よく考える時間はある。若いんだからな!」


 ベンジャミンの楽天的な考え方は好きだな。今は外交官としての資質があるのか疑問だけど、チャレンジして駄目だった時にまた考えたら良いんだよね! 前世ではチャレンジする前に諦めちゃったから、今度はやるだけやってみたいんだ。


「それより、防衛魔法をちゃんと学ばないと、外国になんか行けないぞ。まぁ、パーシバルが護ってくれるのか? だが、それに甘えていては駄目だ」


 えっ、カエサルまでパーシバルとの縁談を知っているの? 頬が赤くなるよ。


「チェッ! 色男パーシバルに女学生は夢中だな。ペイシェンスまでもか!」


 ベンジャミンも嫉妬とかするんだね。初めて見た気がする。


「ハハハ……ペイシェンスはモテモテだから、ベンジャミン頑張らないとな!」


 えっ、ベンジャミンの顔が真っ赤なんだけど……えええ、違うよね?


「ふん、まだお子様だからな。だが、ペイシェンスの事は好きだ」


 ええええ……これってツンデレ?


「そんな捻くれた態度だと逃げられるぞ。私は素直に言うよ。ペイシェンス、もう少し大人になってからで良いから、私との結婚も考えて欲しい」


 ベンジャミンが顎が外れそうな大きな口を開けて驚いている。カエサルの告白より、そっちに意識がいっちゃった。


「カエサル様がそんな事を言うなんて!」


「先に言い出したのはベンジャミンじゃないか!」


 従兄弟同士がふざけだしたので、息を止めていたメアリーも呼吸したよ。あっ、期待しないと良いんだけど……メアリーは私が良い所に嫁に行くのを夢見ているからね。

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