第79話 マギウスのマント

 一足先に館に帰ったら、アマリア伯母様から第一騎士団の予備のマントが届いていたんだ。数日後だったら、王都に送り返して貰わなくてはいけなかったので、間に合って良かったよ。


「それは、第一騎士団のマントだな!」


 気球の試乗を終えて帰ってきたカエサルの鼻息が荒い。本当に夢見ていたんだね。


「ええ、少しだけ刺繍をしてみますわ。糸が思っていたより太くなりましたから、針も作ったのですが、上手く刺せるか試してみたいのです」


 頑張れ! と激励されたので、下絵を写す。これは守護魔法の実験を板やハンカチで何回もしたから簡単だよ。後は、このマントを刺繍枠に張るかどうかだ。悩んだけど、刺繍枠には張らない事にした。もうマントに縫ってあるから、枠に嵌めにくいし、ここまで大きな枠が手元にないからだ。


「では、刺していきましょう!」


 タランチュラの糸に銀コーティングしてあるから、一本どりで良いよね?


 魔法陣が途切れるのは良くないから、本返し縫いかな? それともアウトラインステッチ? 見た目が良いからアウトラインステッチだね!


「難しいわ! やはり銀コーティングをしているからかしら?」


 なかなか進まない。ハッと思いついた。


「タランチュラの糸は魔法を乗せないと刺しにくいのだわ」


 一針、一針、魔法を乗せて守護魔法陣を刺繍していく。途中からはコツを掴んだので、生活魔法を全開で乗せていく。気がつくと、お茶の時間を過ぎていた。


 いつの間にか伯母様や伯父様やサミュエルや弟達もサロンにいた。


「ペイシェンス、何回呼んでも返事もしないなんて……まぁ、これは素晴らしいわね! サリエス卿にあげるマントなの?」


 かなり魔力を使ったみたいだ。疲れちゃったよ。一気にしなくても良かったのに、これは私の欠点だね。前世でも徹夜したりして、親に叱られたんだ。


「さぁ、お茶とサンドイッチとクッキーを食べなさい。他の方々が来られる前に、たっぷりと食べるのよ!」


 伯母様は、令嬢は殿方の前では小鳥が啄む程度にしか食べてはいけないという教育方針だけど、まだ子供だから食事は普通でも良いと言ってくれている。でも、お茶の時間はお上品にね! って言われていたんだ。身内だけの時は別だよ。


「はい!」と差し出された皿からサンドイッチを摘む。血糖値も低くなっていたのかな? 2個目を食べたら人心地ついたよ。


「ペイシェンスはもっと自分の身体を考えなくてはいけませんよ。娘達もノースコートに来たいと手紙が届きましたが、旅行は赤ちゃんを連れてや妊娠中には駄目だと諭したのです。貴女もいずれは何方かと結婚するでしょうが、自分と子供の健康を一番に考えなくてはいけません」


 だから、サミュエルの姉達はノースコートに来てなかったんだね。お陰で、私と弟達が招待されたのもしれない。それに馬車の旅は妊娠中は避けた方が良いよ。


「ペイシェンス、それは……マギウスのマントなのか!」


 手書き作業に疲れたカエサル達がサロンに休憩にやってきた。


「まだ、魔石を付けていませんわ。それにちゃんと守護魔法陣が作動するかも実験しないと……駄目ですよ。明後日は、朝早くからサティスフォードに出発するのですから……」


 一応は抵抗したけど、魔石を付けるロケットは自分達で作る、魔石も用意すると言われて、折れた。だって、これも夏休みの課題だったからね。


 カエサル達は、お茶でサンドイッチを流し込むと、染め場に走り去った。残ったのは、フィリップスだけだ。


「私は錬金術はできませんからね。それに、休憩したらヴォルフガング教授の手伝いをしなくてはいけません」


 エステナ聖皇国の遺跡に行っていた助手達もそろそろ帰国するから、フィリップスも王都に帰るというのに、ギリギリまで手伝うんだね。


「ペイシェンス、夜遅くまでは駄目ですよ」


 リリアナ伯母様に諭されたけど、そんなに時間は掛からなかった。魔石を付けるロケットは、カエサル達が銀で作ったし、小さな魔石だから、ノースコートの町でも売っていたからだ。


 私が銀糸でロケットを魔法陣の五箇所に縫い付けるのを、全員で見ているから、ちょっとやり難い。うん、ここでも魔力を通さないとタランチュラの糸は縫いにくいね。


「これで出来たと思うわ。実験をしてみましょう!」


 縦に置いた箱にマントを被せる。上手く守護魔法陣が作動すると良いのだけれど……ドキドキするよ。


「万が一、作動しなくてもマントに害が及ばない様に弱い魔法にしておこう!」


 カエサルは慎重派だ。実験は任せても安心だね。


「では、風を送ろう!」


 カエサルが弱いウィンドカッターをマントに向けて放つ。何ともないね!


「うん、次は火でも良さそうだ。ベンジャミン、弱いファイアーボールだぞ!」


 ベンジャミンの小さな火の弾がマントに当たった時、一瞬、守護魔法陣が光った気がした。


「おお、大丈夫みたいだ! マギウスのマントは、ドラゴンのブレスも防いだと言われているから平気だよな!」


 おい、ちょっと魔力が凄く集まっている気がするんだけど!


「ベンジャミン、止めろ! 少しずつだ!」


 頭をパシッと殴られて、止められたよ。


「うん、少しずつの方が良い。それに火は危険だ。土なら汚れるだけだから、バレット!」


 えっ、アーサー、その岩って少し大きくない? いつもは冷静なアーサーなのに、やはり興奮しているみたい。まぁ、何ともなかったけどね。ホッとしたよ。


「水にも守護魔法陣が効くなら、防水加工は要らないかしら?」


 こんな事を呟いたら、錬金術クラブのメンバーは侃侃諤諤の騒動になっちゃった。


「魔石の消耗度を減らす為には、防水加工をした方が良いだろう。雨の日とか魔石がすぐに駄目になりそうだからな」


 カエサルの言葉で、防水加工をする事にしたよ。第一騎士団の俸給が幾らかは知らないけど、魔石を何回も買うのは負担になるだろうからね。


「どうやって水着の撥水加工をしたのだ?」


 ベンジャミンには呆れられそうだから見せたくないけど、染め場には材料が揃っている。混ぜて、ドボンと浸けると「マギウスのマントがぁ!」と悲鳴があがったよ。


「液を吸って重たいから、お手伝い下さい」


 メアリーに頼んでも良いけど、公爵家の坊ちゃま達に遠慮して、染め場の隅にいるから、メンバーに頼んだけど、洗濯物なんかした事ないから絞り方も知らないんだね。ぼとぼと液だれしているマントに「乾け!」と生活魔法を掛けたけど、はじかれちゃった。


「メアリー、絞って干して!」


 そうか、守護魔法陣は生活魔法も弾くんだ!


「ペイシェンス、こんな貴重なマントをここに干しておくのは危険だ。部屋に持って帰ろう!」


 メアリーが絞ってくれたから、液は垂れていないけど、これを部屋に干すのは嫌だなぁ。


「私の部屋で保護する」と言うカエサルに任せるよ。

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