第78話 熱気球を飛ばすよ!

 ゲイツ様が人工岩を一つ外して、線を繋ぎ直したみたい。ちゃんと扉の開閉もできるし、魔導灯も明るいままだったので、蓄魔式人工魔石も一つ取り出した。


「駄目です。扉が開きません!」


 ガイウスの丘にハートリッジ様が待機して、動力源との間をノースコート伯爵の護衛が行き来して連絡を取っているのだけど、一つ外したら繋がらなくなってしまった。


「うむ、蓄魔式人工魔石は取り出すのは無理なのか?」


 横で「お願いですから、元に戻して下さい!」とヴォルフガングが騒いで大変だったとベンジャミンから聞いたよ。


 前世の電池の繋ぎ方でも、一個、取り出したら駄目な場合もあったからね。


「そうか、一個では駄目なのだ。一列取り出して、繋ぎ直そう!」


 ずっと蓄魔式人工魔石の埋まっている所を眺めていたと思ったら、そうゲイツ様が言ったのだから、ヴォルフガングは気絶しそうになって、ユーリとフィリップスは大変だったと聞いたよ。


「カザリア帝国の文明を支えし、人工魔石よ。一列我が手に来い。そして、失われた一列を飛ばして繋ぎなおせ!」


 この厨二病的な詠唱は、ミハイルがメモしていて教えてくれたけど、前よりは少しは短くなっていない?


 結果としては、扉の開閉も魔導灯も動いたよ。


「これを研究すれば!」


 グースは泣き出したそうだけど、ヴォルフガングは微妙な顔をしていたそうだ。動くから文句は言えないけど、元のままにして置きたかったのかもね。


「リチャード王子はとても優れたお方だ」


 浮かれるグース達と共に帰って来たカエサルが、事の顛末を話してくれたけど、最後にポツンとつぶやいた。


「騒ぐグースを目で制して、気絶しそうなヴォルフガングに喝を送られていたよ。そして、ゲイツ様を信じて、扉が動かなくなった時も一言も責められなかった」


 まぁ、リチャード王子が優秀なのはよく知っているよ。




 昼食後、サロンで皆で寛いでいると、ゲイツ様が悲しそうな顔でやってきた。


「明日は、王都に帰らなくてはいけなくなりました。だから、今日、熱気球を飛ばしましょう!」


 あの人工岩と蓄魔式人工魔石は王都に運ばれる事になったのだけど、その護衛係にゲイツ様はリチャード王子から命じられたみたい。


「そうだな! お祝いにちょうど良い!」


 ベンジャミン、ただ単に飛ばしたいだけでしょ! そこにリチャード王子もサロンへ来たよ。調査隊のメンバーは手書き写しと、人工岩と蓄魔式人工魔石の監視を二手に分かれてしている。グースなんか頬ずりしそうだから、食事の時間でも側を離れないね。まぁ、ヴォルフガングも同じだけど、古文書の写しもしなくちゃいけないから、身体が二つ欲しいと嘆いている。


「私も熱気球とやらに乗りたい。私も明日には離宮に戻るから、飛ばせるのなら乗せて欲しい」


 リチャード王子も若いね。興味はあったみたい。


「では、熱気球を飛ばそう!」


 カエサル達も、残り僅かになった夏休みを楽しみたい様だね!


 染め場から運び出した熱気球を横にして、気球に風を送る。本当は風を送る機械とバーナーとが欲しかったけど、ここは魔法があるからね。魔法で風を送って気球がある程度膨らんでから、バーナーをつける。


「横になったままで良いのか?」


 リチャード王子に説明した熱気球の絵は、縦になっていたからね。


「すぐに中の空気が温まって、気球は立ち上がりますわ。それより、この杭で大丈夫かしら?」


 杭にロープを繋いでいるけど、抜けたらどこまで飛んでいくか不安だよ。


「大丈夫ですよ。少し強化しておきますから」


 こんな時は、ゲイツ様は役に立つんだよね。うん、こうするんだね。覚えておこう!


「おお、気球が立ち上がったぞ!」


 ベンジャミンの大声で、地面の杭を見ていた目を上げると、私が考える気球の姿になっていた。


「二人、いや三人乗れるな!」


 誰が一番に乗るか? 何故か、私とリチャード王子とゲイツ様になったよ。普通、身分の高い人は危険な試作品に乗らないんじゃないの?


「私がいるのに、ペイシェンス様やリチャード王子が危険な目に遭うわけがありません!」


 そうなんだ! でも、考えを読むのはやめて欲しい。


「ペイシェンス、大丈夫か? 怖いなら代わってやるぞ!」


 馬は怖いけど、気球は怖くないよ。ベンジャミン!


「いえ、私が思いついたのだから、乗ってみますわ」


 バーナーの音が凄いのは、前世と一緒だ。


「おお、浮いたぞ!」


 リチャード王子も年相応な顔をして喜んでいる。


「魔導船ができたら、この様な風景が眺められるのですね!」


 私も空からの景色を楽しむ。海がキラキラ青く光っている。明日は海水浴に行こう!


「もう、降りなくてはいけません!」


 バーナーを止めても風の音で叫ばないと聞こえない。この綱を引いたら、気球の上に穴が開く筈だ。


「ええええ、もっと飛んでいたいです!」


 約一名が騒いでいるけど、他のメンバーも乗りたがっているし、弟達やサミュエルにも乗せてあげたいんだ。


 ゆっくりと降りていく間も、周りの風景を楽しんだ。


「ペイシェンス! やったな! これなら青葉祭で入部する新メンバーがいっぱい集まるかもしれない!」


 カエサルは部長として、錬金術クラブを廃部にしたくないのだ。再来年にはカエサルとアーサーが卒業してしまう。ベンジャミン、ブライス、ミハイル、私……また廃部の危機だよ!


「今度は、カエサル様、アーサー様、ベンジャミン様ね!」


 私達は、下から気球が上がるのを見ている。


「やはり、もっとカラフルな方が良いわ。青葉祭までに巨大毒蛙の皮を染めましょう!」


 乗っていると気にならなかったけど、薄いベージュ色に緑の斑点は可愛くない。蛙のまんまだもん!


「自転車より上り下りに時間が掛かるから、二機、いや三機は必要かも? それと、これは中庭では無理だ。もっと広い場所の確保をしなくてはいけないな」


 ブライスは青葉祭の計画を立てながら、順番を待っている。次は、ブライス、ミハイル、サミュエルだ。本当はサミュエルは、ナシウスとヘンリーと乗りたいみたいだけど、降りる為に綱を引いたりしなくてはいけないからね。


「短すぎる!」なんて文句を言いながら、ベンジャミンが気球から降りた。次が待っているんだよ!


「サミュエル、いってらっしゃい!」


 ナシウスがサミュエルに手を振っている。最後になっちゃったけど、一緒に乗ろうね!


「お姉様、凄いです! 空を飛んでいます!」


 ヘンリー、可愛いよ。鳥になった気分だよね。あれ? ナシウスは無口だけど、大丈夫?


「お姉様は凄いです。こんな熱気球を思い付かれるなんて……私はいつかお姉様を支えて行けるのでしょうか?」


 私はぎゅっとナシウスを抱きしめる。こんなのを思いついたのは、前世の知識があるからだよ。


「ナシウスにはナシウスだけの良い所がいっぱいあります。私より思慮深いし、本からの知識もいっぱい得ていますわ。それに、私よりも乗馬が上手いですしね」


 乗馬とは縁を切りたいよ。ナシウスもヘンリーも「お姉様にも苦手なものがありますね!」と笑ったよ。


 下に降りたら、フィリップスとノースコート伯爵夫妻が待っていた。カエサルが降りる遣り方を、フィリップスと伯父様に教えている。


「これは良いな!」


 自転車やフロートにも飛びついたけど、伯父様は結構新しい物が好きみたいだ。伯母様も空からの風景を楽しんだみたい。


「サイモン達も乗れば良いのに……」


 常に付き添ってくれているメアリーは、勧めても「いいえ!」と青い顔で拒否されたけど、錬金術学科なら乗りたいんじゃないかな?


「呼びに行かせた」リチャード王子も気が利くね!


 私は、弟達を無視されるのが嫌なので、二人を連れて気球の場を離れる。


「お姉様、いつかは仲良くなれますよ」


 ヘンリーの優しい言葉が身に染みるよ。


「ええ、今日は楽しかったわね! ノースコートに滞在するのも今週末までだから、明日は海水浴に行きましょう!」


 二人の弟達エンジェルの笑顔が可愛くて、キスしちゃった!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る