第74話 リチャード王子とゲイツ様

 お茶の後、籠を組み立てて、金属の細い枠で補強する。それと扉も作ったよ。男の人は籠を跨いで乗れるけど、私はちょっとね。女の人は扉があった方が乗り降りが楽だもの。


「明日は、バーナーを作ってそれを気球に取り付けて、燃え難い巨大毒蛙の皮で綱を編んで取り付けましょう!」


 本当は夜のうちに皮で綱を編みたい気分だけど、メアリーが煩いからね。夜更かしには厳しいんだ。


「明日は朝から綱を編むから、ゲイツ様やカエサル様達は遺跡に行かれても良いのですよ」


 このメンバーに命を託す綱を編ませる気にはならないもん。私は弟達とサミュエルの勉強を見ながら、綱を編む予定だ。


「私は生活魔法も使えますから、お手伝いしますよ」


 大きな猫が懐いてくる。まぁ、時間が余ったら弟達に魔法を教えて貰おう! あれっ? そんなに暇なら私に防衛魔法を教えてくれたら良いんじゃないの? そうしたら、忙しくなりそうな秋学期に王宮まで習いに行かなくて済むじゃん!


「ゲイツ様……」と口を開きかけたら「駄目です!」と先に断られた。本当に薄ぼんやりとしか考えを読めないのだろうか?


「そんなに簡単に防衛魔法を身につけられるなんて考えてはいけません。命を護る魔法なのですから、しっかりと身につけなくてはね!」


 私以外の全員が頷いている。ショックなのは、ナシウスやヘンリーも同意している事だよ。


「お姉様、御自分の身を護る術すべを身につけて下さい」


「防衛魔法を習って!」


 二人に言われると弱いよ。それに、私も危険な目には遭いたくないしね。


「ええ、防衛魔法を習って、最強のお姉様になりますから安心してね」


 真面目に言っているのに、ナシウスとヘンリー以外は爆笑するんだよ。ぷんぷん!




 でも、やはり予定は予定でしかないんだよね。リチャード王子が調査隊の監督にいらっしゃる事になったんだ。まぁ、私は子供部屋で弟達に勉強をさせながら、巨大毒蛙の皮を細く切ったり、それを編んで丈夫な綱を作っているよ。だって、リチャード王子が到着されるのは昼前だから、時間が勿体無いじゃん!


「ナシウス、もう少し強く持っていてね!」


 ナシウスはもう一年のは終わって、二年のもかなり進めているから手伝ってくれている。ヘンリーも「手伝いたいです!」と言うから、細く切った皮を手渡して貰う。


 二人とも勉強はもう充分だね。後は……そうか! 家で教えてくれていた父親はいなくなるんだ。秋学期はナシウスがヘンリーの勉強を見てくれるけど……どうしよう?


「お姉様、どうされたのですか?」


 突然、綱を編んでいた手が止まったので、ナシウスが驚いている。


「お父様が学長になられたら、勉強を教えて下さる時間が無くなるのに気づいたの。来年まではナシウスがヘンリーに教えてくれるけど、その後はどうしましょう……」


 普通の貴族なら家庭教師を雇うのだろう。でも、父親が働きだしたばかりのグレンジャー家には貯蓄も無い。そんな余裕があるのだろうか?


「それは考えていませんでした」


 ナシウスも悩んでいるみたい。


「私が寮に入らなかったら、ヘンリーの勉強を見てあげられますが、それでも夕方までは一人にさせてしまいます」


 そうなんだよね。それに、寮に入らなくてもナシウスは読書クラブと歴史研究クラブに入りたいと言っているから、その日は帰宅するのは遅くなる。


「やはり家庭教師を雇う事を考えましょう。お父様と相談してみますわ」


 正確に言うとワイヤットと相談するんだけどね。家に帰ったら、相談する事が多いよ。


「先ずはお父様から話を聞いてから、お祝いを言わなくてはいけませんね!」


 弟達と就職祝いの相談もする。あちらが内緒にしているから、驚いてあげなくてはね!


 話しながら綱を編んでいると、リチャード王子の先触れが着いた。今回は全員でお出迎えするとリリアナ伯母様から言われている。ヘンリーは子供部屋だよ。午前中にゲイツ様と調査隊も動力源や扉の開閉や執政官の館跡などの視察の順路を決める為に出かけていたが、もう帰ってきている。


 サミュエルは、今回も嫡男として挨拶を仕込まれたみたい。大変だね。私とナシウスは、滞在客に過ぎないから、ベンジャミンやカエサル達と一緒に出迎えようとしていた。


「ペイシェンスはリチャード王子と顔見知りだから、サミュエルと一緒に挨拶をしなさい」


 まぁ、一年間、マーガレット王女の側仕えとして一緒に上級食堂サロンで昼食を取っていたけどね。


「いや、ペイシェンス様とナシウス君は私の横にいなさい。ナシウス君には魔法を教えているのだから、弟子とおなじですよ」


 私が横にいるのは友達設定なのだろうか? 伯父様が「そうしなさい!」と言うので従うよ。サミュエルの横でもゲイツ様の横でも一緒だもの。前一列目なんだ! 後ろのカエサル達と並びたかったよ。だって、背筋をシャンと伸ばして立っているの疲れるんだもの。


「ペイシェンス様、呼吸方法を意識されると疲れませんよ」


 やっぱり、ゲイツ様はかなり私の考えが読めるんじゃないかな?


「いえ、何故か繋がりやすいのです。これは運命の相手なのかもしれませんね」


 絶対に違う! そう思いたいよ。


「ペイシェンス、お行儀よくしてね」


 リリアナ伯母様に注意されちゃったよ。解せぬ! 少し丹田呼吸に集中しておこう。ゲイツ様が喋っているだけなのに、私のせいにされちゃったんだもん。


 吸って、吸って、丹田に魔素を取り込む。そして、ゆっくり、ゆっくりと吐き出す。うん、確かに背筋がピンと伸びる感じだ。朝の体操とこの呼吸法は続けよう!


 横のゲイツ様が「上手いですね!」と褒めているけど、呼吸法を続けていると相手にしなくて良い。これも利点だね。


「おお、リチャード王子がお着きになられたぞ」


 ノースコート伯爵の声で、全員が歓迎体制になった。


「ようこそ、ノースコートに!」


 リチャード王子が馬車から降りると、伯父様が出迎える。


「ノースコート伯爵、この度は世話になる。調査隊のメンバーも滞在している上に迷惑をかけるな。その上、ゲイツ様まで滞在しているとは!」


 やはりリチャード王子は、ビシッと口にするね。


「ノースコート伯爵夫人にはお世話になります」


 リリアナ伯母様の手をとってキスをしている。うん? こんなキャラだったかな? やはり婚約者が決まって大人っぽくなられたのかも?


 サミュエルが挨拶するのを受けてから、ゲイツ様を振り返って、横の私を見て笑う。何故、笑われているの? 意味不明で不安だ。


「ゲイツ様は、王都で父上の留守を護っておられると考えていましたが、まぁ、来てしまわれたのですから仕方ないですね」


 あれっ? 私が知っているリチャード王子なら、もっとビシッとゲイツ様を叱責しそうだと思っていたんだけど……まぁ、私は昼食の場でしか知らないから、王宮では違う顔があるのかもしれない。


「私の部下にちゃんと留守を護らせていますよ。ご安心下さい」


 うん、ゲイツ様の部下にだけはなりたくないね。ここまでは良かったんだ。


「それにノースコートに来たから、ペイシェンス様と知り合えて友達になれましたからね」


 リチャード王子の笑顔が怖いよ。これは王妃様に似たんだね。


「そうか、ノースコートの滞在を楽しんでいる様で良かったです。でも、遺跡の調査隊は揉めているそうですね。その調整などは放棄して、若い女の子とお友達になられたのですか?」


 そうだよね! もっと言ってやって!


「調査隊の監督は、リチャード王子が適任です。私はグースの意見寄りですからね」


 うっ、その通りなんだよ。ヴォルフガングが「その通りです」と頷いている。そうなるとグースも黙っていない。


「あれほどの動力源を調査しないなんて、ローレンス王国の損失です」


 玄関先で議論になりそうだけど、そこはリチャード王子が止める。


「その件は後で聞こう。伯爵夫人、お手をどうぞ! そして、ペイシェンスにも色々と聞かなくてはいけないな」


 最後にさらりと釘を刺された気分だよ。リリアナ伯母様をエスコートして、屋敷に入るリチャード王子の後をゲイツ様にエスコートされて付いて行く。私としては子ども席が気楽で良いんだけどね。このままでは、リチャード王子の席の近くになりそうだ。




 嫌な予感はよく当たる。リチャード王子の横だよ。片方の横はリリアナ伯母様だ。まぁ、女性が少ないから仕方ないけど、私の横はゲイツ様だし、ヴォルフガングやグースも近い。爆薬庫の側に座っている気分だ。


 お願いだから二人には行儀良くしてて欲しい。リチャード王子の威圧はキツいんだ。それにもてなしているリリアナ伯母様の顔を立てて欲しいよ!


 昼食の間はマナーはかろうじて守られていたのだけど、デザートにアイスクリームが出た辺りから暗雲が立ち込めてきた。


「これがバーンズ商会で売り出しているアイスクリームメーカーで作ったデザートだな」


 リチャード王子? 夏の離宮でもアイスクリームが出る筈だけど、話題として振ったのかな?


「これもペイシェンス様が考えられたみたいですよ。来年の青葉祭には私も招待して貰いたいのです」


 もう来る気満々だね。やれやれ!


 ここまでは、まだ平和だったのに、苛々してグースが口を開く。


「リチャード王子、ペイシェンス様をロマノ大学の錬金術学科に編入させて下さい。王立学園で学ばせておくのは才能の損失です」


 そんな事を言ったら、ヴォルフガングも黙っていない。


「何を言い出すのだ。ペイシェンス様の能力が生かせるのは歴史学科だ!」


 リリアナ伯母様の片眉が上がるよ。そして、リチャード王子は食卓でのマナー違反を許す気は無い。


「お二人とも、マナーが守れないならノースコート伯爵の館から出て、港の宿屋に滞在しなさい。調査隊の面倒を見て下さっているノースコート伯爵夫妻にこれ以上の迷惑は掛けられません」


 わぁ、リチャード王子を怒らせると怖いね!


「話は視察を終えてから、何方からも聴きます」


 うん、二人の調停役はこのくらい強く出ないと無理だよね。他人事として聞いていたのに、こちらにも飛び火したよ。


「それとペイシェンスとも話す時間が欲しい。ゲイツ様から防衛魔法を学ぶとは聞いたが、少し護衛が必要みたいだからね」


 えっ、護衛を雇う余裕なんてグレンジャー家にはありませんよ! 馬丁と下男と下女と家庭教師も雇わないといけないのです。


「ペイシェンス様、リチャード王子はグレンジャー家に護衛を雇えなんて言われていませんよ。何なら私が護衛になっても良いです」


 リチャード王子が「それは困ります!」と即座に否定してくれた。ホッとしたよ。


「まぁ、それは後で話します。では、視察に行きましょう」


 リリアナ伯母様に、昼食のお礼を言って、素早くリチャード王子はノースコート伯爵とサミュエルと調査隊とゲイツ様と視察に行った。扉の開閉係はハートリッジ様とゲイツ様に任せる。




 今回はカエサル達は残ったよ。だって気球を作らなきゃいけないからね。それに、リチャード王子が決めるまでは、動力源の調査もすすまない。


「もう、綱は作ったのか?」


 染め場に行きながら、話し合う。


「ええ、後はバーナーを作るのですが、気球の口を広げて、バーナーを取り付ける金具も必要です。中に空気を入れてから熱したいのです」


 染め場で説明する。前世の熱気球は初めは横になってて空気がいっぱいになったら熱して、気球が持ち上がる感じだったんだよね。


「ふむ、なら先に空気を送る魔法陣も必要だな。そして気球がある程度膨らんでから中の空気を熱するのか……」


 魔法陣とバーナーはカエサル達に任せて、私は気球の口の金具を作る。そこにバーナーも置けるようにする。何か忘れて無いかな?


「空気を熱して上に行く! あれっ、下に降りるのは……バーナーを消すと下に降りるけど……あっ、空気を抜く穴を忘れていた!」


 子供の頃、家族旅行で行った北海道で熱気球に乗せて貰ったんだ! バーナーの音が凄かったのと、下の風景が小さくなっていくのを覚えている。観光気球だから、すぐに下に降りた。何か紐を引っ張ったら気球の上から空気が抜けて、スルスルと下に降りたんだよ。


「えっ、このままだと降りれないのか?」


 ベンジャミンが私の独り言に反応したけど、図を書いて説明するよ。


「バーナーを消したら、そのうち下に降りるけど、青葉祭だと何人も乗りたがるでしょうから、間隔を短くするには、ここから空気を抜く穴を作って、紐で調整しなくてはいけないと思うの」


 気球のてっぺんに丸い小さな穴が空いていたのは覚えているんだけど、どうやって紐を引いて開けたのかは分からない。でも、機能を説明したらミハイルが「滑車を使えばできますね!」と設計図を書いてくれた。ミハイルって天才じゃない?


 それからは、バーナー部隊と気球のてっぺん部分の穴の調整部隊、そして気球と籠を結ぶ部隊とに分かれて作る。


 ミハイルと私は穴の調整部隊だ。バーナーはカエサルとベンジャミン。そして、気球と籠を結ぶのはアーサーとブライスと弟達。一番作業量が多いからお手伝いしている。


「気球と籠を連結させる部品を作ろう!」


 アーサーとブライスなら任せても大丈夫だし、弟達にも綱を測る手伝いをさせてくれている。やはり、ブライスは優しいね!


 私は、ミハイルの設計図を見ながら、滑車を作ったり、バーナーを設置する口の部分を作る。


「ペイシェンス様はいとも簡単に部品を作られますね」


 ミハイルに褒められたけど、私の錬金術は少し変だと皆に言われているんだよね。その点は、ゲイツ様に教えて貰いたい点なんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る