第73話 熱気球を作ろう!

 午前中、ゲイツ様と調査隊は動力源に調査に行ったし、カエサル達も一緒について行った。なので、子供部屋で弟達とサミュエルに勉強をさせながら、私はチクチク縫い物だ。


「さっきから何を縫っているのだ?」


 本当は小さな模型を作る予定だったけど、ヘンリーは青葉祭に来れないから、二人乗りぐらいの大きさにはしたいと考えたんだ。だから、気球部分もほぼ前世で見た大きさにしている。


「これは巨大毒蛙の皮じゃないか! 前に倉庫で買っていた物だよな?」


 サミュエルは勉強に集中していない様だね。


「その問題が解けたら、次の問題をしなさい!」


 チクチクしながら、勉強させる。それにしてもミシンが欲しいな。丈夫に縫う為に本返し縫いにしているから、生活魔法を使ってもなかなか終わらない。それに皮は布より縫いにくいよ。


「なぁ、何を縫っているのか教えてくれよ」


 どうもサミュエルは、集中力に欠けるようだ。


「これは、空を飛ぶ道具ですよね!」


 ヘンリーは覚えていたんだね!


「ええ、熱気球を縫っているのよ」


 サミュエルが態度が違うと拗ねているけど、まぁ、私がヘンリーに甘いのは仕方ないよね。だってお母様の事もほとんど覚えていないんだもの。


「本当は色を染めたかったけど、時間が無いから諦めるわ」


 何とか午前中で気球は縫い上げた。うん、生活魔法を使ったからだよ。


「これをどうやって飛ばすのだ?」


 昼からは乗る籠を作るから、サミュエル達にも手伝って貰おう!


「あのね、この気球に温かい空気を入れると空に浮かぶのよ。そして籠に乗って空を飛ぶの」


 ざっとした図で説明する。


「その籠はしっかりと作らなくてはな!」


 サミュエルの食いつきも良いね!


「でも、軽くしなくてはいけないの。あまり重い籠だと空を飛ばなくなるのよ。サミュエル、強くて軽い籠を編む素材は知らない?」


 サミュエルはノースコート育ちだからね。王都育ちの私達より素材はよく知っているかも。


「なら、倉庫に行ってみよう!」


 良いかもしれない。前もタランチュラの糸や巨大毒蛙のネバネバや皮をゲットしたものね。


「お昼からは、倉庫へ行きましょう!」




 4人で浮き浮きして食堂へ行ったけど、何だか空気がどんよりしている。調査隊の不協和音とゲイツ様の我儘で、カエサル達も疲れ切っているみたい。


「やはり、ペイシェンス様がいらっしゃらないと調査が進みません!」


 誰か騒いでいるけど、私達は食事に集中するよ。それに子供は食事の場で話さないのがマナーだからね。


「父上、軽くて丈夫な木材か、籠を編む素材はありませんか?」


 サミュエルの質問に、ノースコート伯爵は少し考えているみたい。


「そうだなぁ、沼地に生える葦なら強いし軽いが……何につかうのだ?」


 おおっと、ここでは拙いよ! サミュエルったら、錬金術学科の教授や助手の前で余計な事を言わないでよ!


「ちょっと籠を編みたいのです」


 女の子が持つ籠だと思ってくれると良いな。でも、やはりベンジャミン達は勘づいたみたい。必死でウィンクして黙らせる。


「ペイシェンス様?」


 ゲイツ様も何か変だと勘づいたみたい。目をパチパチしていたら分かるよね。黙ってて!


「私は二人の喧嘩に疲れたから、昼からは館に残ろう。グース教授、何とか壊さずに掘り出す方法を考えて下さい」


 えええ、ゲイツ様は残るんだね。まぁ、良いか! 王宮魔法師の方が錬金術学科の教授や助手より見られても恥ずかしくないかもね。


 そんな事を考えていた馬鹿は私です。ゲイツ様は、魔法使いコースを全て優秀な成績で卒業したに決まっているじゃん!




「それでペイシェンス様は何を作ろうとされているのですか?」


 倉庫には、ぞろぞろとゲイツ様とカエサル達もついてくる。フィリップスも来たそうな目をしていたが、グース教授と助手達が掘り返したりしないように見張る人員として動力源の警備に連れて行かれた。ドナドナドナ♪


「来年の青葉祭で熱気球を飛ばしたいのです。その試作品を作ろうと思っているの」


 サミュエルに説明した図をゲイツ様に見せる。


「なるほどね! これは面白そうだ」


 邪魔をしないなら良いけど……少し不安になってきたよ。


「ペイシェンス、もう気球部分を作ったのか?」


 カエサルが呆れているけど、縫うだけだからね。本当はカラフルにしたいけど、今回は薄いベージュに所々緑色の斑点がある蛙のまんまだよ。


「ええ、弟達の勉強を見ながら縫いましたの。これから葦で籠を編もうと思っているのです。二人乗りぐらいの大きさを考えていますわ」


 狭くても平気だよね?


「だが、まだ空気を熱する魔法陣は書けていないだろう? それと、魔石を使わないバーナーとかは作るのか?」


 本当は魔石を使わないバーナーを作りたいけど、この異世界の燃料は薪が主流だからね。王宮とかは薪から作られた炭を使っているみたいだけど、それは高価だからグレンジャー家では見かけないよ。学園も薪だ。


 石炭や石油があると思うんだけど、地理でも炭鉱とか出てこないんだ。銅山や鉱山や金山は出てくるから、何か前世とは違うのか? それか、すごく地底深く埋まってて見つかっていないのかな? 


 そんな事を考えているうちに倉庫に着いた。


「葦を少し分けてくれ」


 領主の息子のサミュエルがいるから、話はスムーズに進む。


「これで空を飛ぶのは不安だなぁ」


 葦は細く見えるからね。でも、編むと丈夫になる筈だよ!


 ここからは人海戦術だよ。


「まずは底から作ります! 縦に葦を並べて下さい!」


 これは織物の要領で編んでいくよ。縦に並べてある葦に横に互い違いに葦を通していく。何回か通したら、ギュッと縮める。うん、この要領で横も作って欲しいな。


「私が底を作るから、他の人は横面を四面作って下さい」


 二人が充分立てる大きさの底面ができたので、ふと顔を上げたけど、まだ全然できてない。


「こんなので空を飛べないぞ」


 うん、ベンジャミンとブライスのチームのは、穴が大きいし、立てたら崩れそうだよ。


「お姉様、まだ少ししか作れていません!」


 ナシウスとヘンリーとサミュエルのは、ほんのちょっとだけだけど、まだ使えそうだ。褒めておこう。


「ペイシェンスが作るのを手伝った方が良さそうだ」


 カエサルとアーサーのは、縦に並べただけに見える。まぁ、ちゃんと並べてあるだけベンジャミンチームよりはマシかもね。


「皆さん、酷い出来ですね!」


 ゲイツ様は、他のチームを笑っているけど、一番器用なミハイルを捕まえたのが勝因だと思う。ほぼ横面が出来ている。あっ、生活魔法を使ったんだ!


「では、ゲイツ様とミハイル様はカエサル様達のを作って下さい。それと、ベンジャミン様とカエサル様は空気を熱するバーナーの魔法陣を考えて下さい。ブライス様とアーサー様はサミュエル達のを手伝って下さい」


 不器用なベンジャミンを外して、部長のカエサルと一緒に魔法陣を考えさせる。私はベンジャミンチームのを一から作り直すよ!


 何とか底面と横面ができた。これを組み合わせるのは染め場でしよう。少し細い金属枠で強化した方が安全かもしれないからね。


「ペイシェンス、これで空気を熱する魔法陣はできたと思う」


 ちょっと悔しい! 秋学期は自分で魔法陣を書けるようになりたい。


「うん? ここを、こうすればもっと効率が良いぞ」


 パッと見て、ゲイツ様が改良案の魔法陣をサラサラと書く。やっぱり凄い魔法使いなのかもね。何だか落ち込むよ。


「お嬢様、お茶の時間です」


 メアリーがいなければ、お茶の時間なんて忘れていたね。


「組み立てはお茶の後にしましょう」


 染め場に運ぶのは召使い達がやってくれるので、私は全員に「綺麗になれ!」と唱えておく。倉庫の床に座ったりしてたからね。


「やはり、ペイシェンス様の生活魔法は素晴らしいですね」


 ゲイツ様に褒められたけど……ドヨドヨな気分だ。自分の勉強不足を見せつけられたからなのか? それはカエサルやベンジャミンでも同じなのに、ゲイツ様がいとも簡単に魔法陣の改良版を書いたのがこたえたんだ。王宮魔法師なのだから、優れてて当然なのに、何とはなく錬金術は出来ないと思い込んでいた自分の馬鹿さに腹が立つ。


「秋学期は魔法陣を書けるようになりたいです!」


 サロンに向かう途中で、私の突然の宣言に全員が一瞬驚いたが、思考回路を読んだのか爆笑された。


「それより防衛魔法を覚える方を優先して貰いたいですね。魔法陣は、書ける人に任せても大丈夫ですが、いざという時に身を護るのは防衛魔法ですからね」


 ゲイツ様に諭されるなんて、ヘナヘナの気分だよ。何だか踏んだり蹴ったりだ。


「その通りだぞ!」なんてベンジャミンにも言われちゃうし……秋学期は王女や王子が留学してくるし、何だか忙しくなりそう!


「では、夏休み中に熱気球を仕上げましょう!」


 お茶の後は籠を仕上げて、少し金属の枠を作って補強しよう。そして、明日はバーナーを作って空に浮かべたいな。


「ふむ、明日も教授達に調査は任せよう!」


 えええ、遺跡の調査の為に王都からきたんでしょ? ちゃんと仕事しなきゃ駄目なんじゃない?


「サボってばかりで良いのですか?」


 これは錬金術クラブの青葉祭の出し物なんだよと、非難の目を向ける。


「どうせリチャード王子が来られるまで動力源に手をつけられませんよ。二人の喧嘩も見飽きましたからね」


 確かにそうかもしれないけど、その二人の喧嘩を止めるとかしてもいいんじゃないの?


「それに私ならバーナーとやらも簡単に作れそうですよ。ペイシェンス様は友達だから協力は惜しみません」


 カエサル達は王宮魔法師の錬金術を間近で見られると喜んでいるけど、私は玩具を取り上げられた気分だ。


「ペイシェンス様の錬金術とは少し違うかもしれませんから、よく見学すると参考になると思いますけどね」


 うっ、そうなんだよ! 私の錬金術は、他の人と違うと言われて悩んでいたんだ。うっ、心を読まれるのは困る!


「カエサル様、これは錬金術クラブの展示物になるのに良いのですか?」


 ここは部長に断って貰おうとしたんだけど、両手を上げて歓迎している。


「バーナーをどう作られるか楽しみだ! ゲイツ様、この熱気球を青葉祭で展示しても宜しいですよね?」


 えええ、元は私が言い出したのに、ゲイツ様の許可を取るの? やはり玩具を取り上げられた気分だよ。


「ええ、勿論ですよ。それに青葉祭には見学に行きたいです。ペイシェンス様、案内をお願いしますね」


 えっ、青葉祭はマーガレット王女の側仕えとしてと、錬金術クラブの展示の手伝いで忙しいのですけど……なんて答えを保留していたのに、今日のお茶にはアイスクリームが出たんだよ。バッドタイミング!


「伯爵夫人、これは初めて食べます!」


 ゲイツ様が褒めるから、リリアナ伯母様はご機嫌になってしまった。


「これはペイシェンスが錬金術クラブで作ったアイスクリームメーカーで作らせたのです。青葉祭でも好評でしたわ」


 ああ、絶対にゲイツ様は青葉祭に来そうだ!


「来年もアイスクリームを作るのですか?」


 それはカエサル部長次第だよ。来年は熱気球を飛ばす予定だからね。


「アイスクリームは好評でしたが、もうアイスクリームメーカーは販売していますからねえ」


 うん、そうだよね!


「ペイシェンス、他のスイーツを作る道具は無いのか?」


 ベンジャミンの無茶振りが来たけど……綿菓子が食べたいな! 砂糖は高価だけど、ふんわりさせて増量できるから良いんじゃないかな?


「「何か思いついたのだな!」」


 カエサルとゲイツ様の声がダブルよ。


「ええ、まぁね!」


 ベンジャミンがケタケタと笑う。


「やはりペイシェンスは錬金術クラブのエースだな!」


 それはビミョウ!

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