第67話 フロートでぷかぷか
離宮に着いたらシャーロット女官が出迎えてくれた。何とはなく私達を見てホッとした表情になった気がして、かなりマーガレット王女とジェーン王女が厳しく躾け直されているのではないかと察する。
「ペイシェンス、この報告書や手紙は誰に渡したら良いのだろう」
サミュエルは託された報告書とゲイツ様からの手紙を手に持って悩んでいたが、シャーロット女官が「陛下にお渡し致します」と引き受けてくれてホッとしたみたい。
まだ陛下は離宮にいらっしゃるんだね。なら、去年の王妃様なら滞在中はご機嫌が良くて穏やかに暮らしておられたのに、今年は厳しいままなのかな?
「ペイシェンス、フロートを膨らまさせようか?」
海水浴ができるなら、フロートを膨らませた方が良いけど、どうだろう? まぁ、見せるだけにしても、グダッとしているより使い方が分かり易いよね。
「ええ、海水浴ができないとしても、膨らませておきましょう」
従僕達がフロートを膨らませる間に、私達は王妃様に挨拶をする。サロンまでシャーロット女官に案内された。
「ペイシェンス、サミュエル、アンジェラ、ナシウス、ヘンリー、よく来てくれたな」
サロンには陛下もいらっしゃったので、私達はいつもよりも丁寧にお辞儀をしていたが「遊びに来たのだ。堅苦しいお辞儀など良い」と言われたので、顔を上げた。
「ペイシェンス、サミュエル、この度は準男爵になったそうですね。おめでとう。そう言えば、ペイシェンスからの手紙には水着とフロートやらを持参すると書いてありましたが、どの様な物なのでしょう」
王妃様も機嫌が良さそうに見えるけど、マーガレット王女の視線は何か訴え掛けているように感じる。何かな?
「はい、お目にかけて王妃様に許可して頂き、それを王子様方や王女様方がお使い下されば幸いです」
メアリーがシャーロット女官に渡していた水着を王妃様は手に取って調べる。うん、やはり女の子用の水着にはスカートが必要みたい。泳ぎ難いんだけどね。
「これなら着ても良さそうですわ。ペイシェンス、ありがとう」
うん、機嫌は悪く無さそうなんだけど?
「なら、今日は子供達は海水浴をさせたら良いと思う」
陛下がそう口にすると、ジェーン王女の目が少しだけ上を向く。やはり、かなり窮屈な思いをしていそう。
「でも、昼からは音楽が得意なペイシェンスやサミュエルやアンジェラが来るから、ジェーンにもハノンを練習させようと考えていたのですよ」
音楽好きなマーガレット王女が口を添える。
「音楽なら私が教えますわ。この水着を着てみたいわ」
マーガレット王女が音楽より海水浴を選ぶなんて、嵐が来なきゃ良いけど。でも、それほどジェーン王女は窮屈な思いをしているのだろう。
「ビクトリア、折角、ペイシェンスが水着を持って来てくれたのだ。海水浴にしたらどうだろう?」
陛下の取りなしで、海水浴になったけど……これって、マーガレット王女の音楽偏愛を治す為じゃ無いよね? 何となくビクトリア王妃様らしく無いんだもの。
「海水浴か! 人数が多いほど楽しいぞ!」
キース王子は、相変わらずだね? それとも微妙な空気を気がつかない振りをして陽気にしているのかな?
タイミングを見計らって、シャーロット女官が陛下に報告書や手紙を渡したけど、ああゲイツ様の手紙を見て眉を顰めておられるよ。やはり勝手に王都を離れてノースコートに来たんだね。
夏の離宮で休暇中の陛下なのに気の毒だと思うけど、私達は其々の部屋で水着に着替える。
「何だ! これは!」
着替えて下に降りたら、水着に着替えたキース王子がフロートを見て騒いでいる。そこまでは良かったのだけどね。
「どうせペイシェンスが考えた物なのだろう!」
まぁ、その通りなんだけど、何か腹立つ。ビックボアのフロートなんか作らなきゃ良かったよ。プンプン!
「多分、この花のフロートがマーガレット姉上のだな。名前通りの花なのはペイシェンスらしい。そして、この天馬はジェーンだろう。という事は、ビックボアが私で、イルカがマーカス用か?」
単純な発想で悪かったな! なんて腹を立てていたけど、意外な事を言われた。
「ペイシェンス、水着とフロート、感謝するぞ! それにお前達が来てくれたお陰で、ジェーンも少し息抜きができる。それに準男爵に叙されたそうだな。おめでとう!」
キース王子もジェーン王女の事を心配していたみたい。我儘王子だけど、意外と兄弟愛が強いんだよね。そこはブラコンの私としては好評価なんだ。
海まで私はマーガレット王女と一緒の馬車だ。ジェーン王女はアンジェラと、キース王子はサミュエルと、そしてマーカス王子はナシウスとヘンリーと一緒だ。其々、侍女や従僕や子守りが同乗している。
「本当に来てくれて良かったわ。それにこの水着は古着より泳ぎ易そうね」
マーガレット王女は直接は王妃様の監視が厳しいとは言われなかったけど、言外でも分かるよ。
「ペイシェンス、準男爵おめでとう。ずっと話したかったの!」
えっ、新曲なんて作る暇は本当に無かったよ! と思ったけど、違いました。ある意味では其の方が良かったかも。
「あのフロートとやらで、ゆっくり話しましょう」
侍女の前で話さない。つまり恋バナだよぉ! そうか、ラフォーレ公爵家に招待される前から会っていないんだ。それにモラン伯爵家へお泊まりした件や錬金術クラブの合宿についても話していないね。
「まぁ、泳ぎやすいわ! ペイシェンス、ありがとう!」
ジェーン王女も水着が気に入ったみたいで良かったよ。サミュエルがボディボードの遊び方をキース王子やジェーン王女やマーカス王子に説明しているから、そちらは任せる。それにナシウスとヘンリーがマーカス王子の面倒をみているから安心だよ。
「これは気持ちいいわね!」
マーガレットの花のフロートの上で、マーガレット王女が寛いでいる。私も白鳥のフロートでぷかぷかしている。
「ええ、私も大好きなのです」
ここまでは良かったのだけど、ストレスが溜まっているマーガレット王女の追求が始まったよ。
「それで、ラフォーレ公爵家では何があったの?」
「あっ、ラフォーレ公爵家では楽譜を販売するみたいですの。私の楽譜も販売対象になると言われましたわ」
おっ、凄く喜んでおられるから、恋バナから音楽談義になるかな?
「まぁ、それは良い事だわ。楽譜を販売すれば良い音楽を広める効果があるかもしれませんもの!」
うん、良い感じだよ。と思ったけど、今回は恋バナからは離れないみたい。
「では、ラフォーレ公爵家からは無事に帰れたのね。次の週はモラン伯爵家に招かれていたのでしょう? パーシバルと何か展開はあったの?」
ワクワクしているマーガレット王女には悪いけど、馬に二人乗りしたのは内緒にするよ。あれは思い出しても顔が赤くなるからね。
「モラン伯爵夫人はとても美しく賢い方でしたわ。私は、とても真似できそうになくて、それがパーシバル様との高い障害になりそうです」
マーガレット王女が「そんな話を聞きたいのでは無いのはわかっているくせに!」と海水を此方にかける。
「ペイシェンス、リチャードお兄様の婚約が決まって、私も秒読み状態なの。それに、どうやらジェーンにも縁談があるみたい。だから、お母様はあれ程厳しくされているのだわ。リュミエラ王女みたいに婚姻前から外国に行くことになるかもしれないのですもの」
えっ、そうか! リュミエラ王女はマーガレット王女より一歳歳下なのだ。あり得るよね!
「私のお相手候補は、ソニア王国の14歳のパリス王子か、デーン王国の12歳のオーディン王子ね。リュミエラ王女の弟のボルス王子は11歳だし、コルドバ王国とはリチャードお兄様とご縁が結ばれているから、多分無いと思うの」
そんな具体的な話も出ているのかと驚く。
「まぁ、ペイシェンス! これは王女として生まれたからには知っておかなくてはいけない情報よ。年齢的にはソニア王国のパリス王子が相応しいのかもしれないけど、あそこは恋愛体質の王様が多いから……今のシャルル陛下も愛妾をお持ちだと聞いたわ」
それは嫁ぎ先としては嫌かもしれない。パリス王子が父親の真似をしないとは限らないものね。
「それは困りますね。でも、デーン王国は北国ですわ」
デーン語を習っているけど、デーン王国は寒いんだよね。私は転生した時の寒さが忘れられないよ。
「ええ、それにデーン王国は、どちらかと言うとジェーンの方の縁談だと思うわ。歳上の王女を娶る事もあるけど、普通は歳下を選ぶでしょう。それに無いとは思うけど、ボルス王子もジェーンの縁談相手かもね。だから、お母様はジェーンにより厳しくされているのよ。私はパリス王子との縁談の可能性が無くなれば、国内の貴族に嫁ぐことになるわ。国内なら多少失敗したとしても許されるから気楽なのよ。他国の王妃なんて針の筵だわ」
王子達より歳下のジェーン王女の方が縁談に有利なんだね。でも、外国に嫁いで王妃になるより、マーガレット王女が国内の貴族に嫁ぐ方が気楽だと考えておられるのが分かったよ。それは私も同感だね!
「私は恋愛なんかできないの。だから、ペイシェンス! パーシバルと何があったのか教えてちょうだい!」
うん、何となくマーガレット王女が可哀想になったので、湖でボートに乗った事や、その時に優しくエスコートして貰って、お姫様気分になって嬉しかったとか話したよ。
「やはり、パーシバルにしなさいよ。アルバートの音楽好きは私的にはポイントが高いけど、ペイシェンスが自分のしたい事ができるのはパーシバルだと思うわ。でも、お父様から聞いたのだけど、ノースコート伯爵領に錬金術クラブメンバーとフィリップスが来ているのですって! 私は、あのメンバーの中では未だまともなフィリップスかブライスを推すわ」
フロートで海にぷかぷか浮きながら、マーガレット王女からより良い結婚相手を選ぶレクチャーを受けるのだった。内容はアンジェラと被っているよ。これが異世界の結婚条件の常識なのかな? あっ、そう言えばビクトリア女王時代の恋愛小説でも、結婚相手を選ぶ条件の第一は財産や爵位だったね。それをクリアしてから、容姿や性格などの好みで選ぶなんて、私の前世の結婚観とは違うから困惑しちゃうよ。
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