第66話 三度目の夏の離宮行き

 館に帰って、ゲイツ様がヘンリーに剣術指南をするので、私は冷や冷やしながら見学した。だって、サリエス卿やパーシバルや伯父様なら安心できるけど、自称剣術も得意な王宮魔法師だからね。

 魔法を教えるなら安心だけど、剣術はどうなの? って半分疑っていたのだけど、素人目に見ても上手い。

 そりゃ、第一騎士団のサリエス卿と闘ったら、魔法抜きではキツいかもしれないけど、かなり動きがスピーディーだ。少しだけ見直したよ。口だけかと思っていたからね。

「ほら、よく私の動きを見なさい! そして、その先を読むのだ!」

 そんなの難しいよ! 前世の時代劇みたいな事を言っていると呆れたけど、ヘンリーの動きが少しずつ変わっていく。

「凄い! ヘンリー頑張れ!」

「そこだ! ヘンリー」

 ナシウスとサミュエルが応援している。ゲイツ様の動きがどんどん加速するのに、ヘンリーはついていっている。

「ここまで出来たら、今日のところは良いでしょう」

 ヘンリーは夢中で息が上がっているけど、何故かゲイツ様は普通通りだ。あれっ、これって呼吸方法に秘密があるんじゃない?

「そう、ペイシェンス様には気づかれましたね。私達は呼吸によって魔素を身体に取り込んでいるのです。それを身体強化に使えば、より効果的に動けます。ペイシェンス様も少し体力強化に使う様にすれば良いと思いますよ」

 ヘンリーが「そうか!」と青い目を真ん丸にして叫ぶ。

「呼吸方法かぁ」

 ナシウスとサミュエルも何か考え込んでいる。男の子は強さに憧れるからね。

「鼻で深く吸って、鼻からゆっくりと吐く。これを続けるだけでも体力強化になりますよ」

 あれっ、これって前世のヨガの呼吸方法と同じだ。OL生活で運動不足だったから、週一で通っていたんだよ。

「深く吸って、ゆっくりと吐くのですね」

 ペイシェンスは体力が無い。何でもやってみよう! 私は、ゆっくりと吸ってお腹の中に溜まる感覚を掴み、そしてソッとゆっくりと吐き出す。

「そう、身体に魔素が溜まる感覚をもう習得されましたね。それを繰り返していけば、ペイシェンス様の体力も強化できますよ」

 ゲイツ様に会ってから、初めて感謝するよ。

「ありがとうございます!」

 なのに、やはりゲイツ様はゲイツ様だね。

「感謝して下さるなら、小部屋で見つかった古文書だけでなく、格納庫の古文書の写しも作って欲しいのですが……睨まないで下さい!」

 感謝も吹き飛んだよ! それに、小部屋の古文書も写しを作らなきゃいけないのを思い出して、うんざりだ。

「それは、陛下と伯父様の許可を得て下さい」

 そう言い切って、部屋へと下がる。夕食の為に着替えなくてはいけないし、馬に乗ったからサッとでも良いからお風呂に入りたい。生活魔法で綺麗にはできるけど、やっぱりね!


 夕食は無事に終わった。ゲイツ様も小部屋で古文書を見つけたのと、画期的な動力源を調査して機嫌が良かったみたい。アンジェラに聞いていた昼食の態度とは大違いで良かったよ。

 リリアナ伯母様が席を立ったので、女性と子供は食堂からサロンへと移動する。今回はゲイツ様も食堂に教授や助手達と残ったので、サロンはリリアナ伯母様とハートリッジ様と私とアンジェラ、そしてサミュエルとナシウスとカエサル達だ。

 私は、カエサルが前の時みたいに食堂でノースコート伯爵と古文書の写しについて交渉するのではないかと考えていたので、サロンに来たのが不思議だった。

「明日は離宮行きなので、子供達は早く寝た方が良いわ」

 食後のプチケーキとお茶を飲んで、私はそそくさと部屋に帰ろうとしたのに、タイミング悪く男性陣がサロンにやってきた。後ちょっと遅かったら、部屋に戻っていたのにね。残念!

 ヴォルフガングとグースがこちらに向かってくるよ。離宮に行く私達に報告書を託すだけじゃなく、一言でも良いから自分達に有利な発言を求めているのだろう。困るよ! 

 私も微妙なんだよね。遺跡としては、ヴォルフガングの主張通りだと思うし、魔石に代わる動力源の研究をしたいと言うグースの主張も理解できる。

 だって転生した時、グレンジャー家は魔石を買うお金が無かったから、トイレもオマルだったんだもん。あれは御免だね! それに魔導灯に慣れてしまって、蝋燭では読書も勉強も手仕事も遣り難い。蝋燭の灯はロマンチックだけど、揺れるんだよ。それもシャンデリアみたいに一杯の蝋燭なら何とかなるのかもしれないけど、一本だからね。

 一応は貴族のグレンジャー家ですら、こんなに魔石が買えないと不便な生活だったのに、庶民はどうしているのだろう。夜になったら寝る、朝早くから働く生活なのかな?

 あの太陽光を蓄魔式人工魔石で蓄えるシステムができたら、王都の街を照らす事ができるし、線を引けば各家にも灯りを供給できる。トイレもね!

 でも、ゲイツ様の言う通りに人工岩と蓄魔式人工魔石を一つ取り出しても、今のように稼働するかどうかは分からないんだよね。

 カエサル達は、グース側だ。研究したくて仕方ないみたい。そして、フィリップスはヴォルフガング側だ。大人達だけでなく、彼らも離宮に行く私達を自分の意見に賛同させたくて、あれこれと説得してくる。

「皆様、どうなさったのですか? ハートリッジ様、ごめんなさいね。いつもは和やかに音楽を聴いたりして過ごすのですよ」

 王都から着いたばかりのハートリッジ様の事を忘れていたよ。

「いえいえ、調査隊の方々は遺跡について議論されているのでしょう」

 ゲイツ様と違ってハートリッジ様は大人だね。まぁ、年齢も上だけど、精神年齢がって事だよ。

 伯爵夫人に注意されたので、皆は大人しくなった。私とサミュエルとアンジェラはハノンを弾いたり、リュートと合奏したりする。

「ふうん、ペイシェンス様は音楽の才能にも恵まれているのか!」

 一応、ゲイツ様からも褒められたよ。でも、何故か私だけなんだよね。サミュエルとアンジェラも褒めるのが大人でしょう!

「子ども達はそろそろ休みなさい」

 やっと部屋に下がれる。明日は早昼を食べてから離宮に向かう予定だ。そうしたら、あちらに昼食後に着くからね。

「お嬢様、このドレスで良いでしょうか? 本当に海水浴をされるのですか?」

 メアリーが出してくれたドレスは、ペパーミント色で涼しそうだ。

「ええ、それで良いわ」

 水着や着替えの用意もメアリー任せだ。この点は侍女システムに感謝する。前世の旅行の前のパッキング、苦手だったんだ。必要かもしれないと荷物が多くなり過ぎたんだよね。

「明日は海水浴をされるのでしたら、体力を消耗しますから、早くお休み下さい」

 メアリーに体力の無さを心配されたけど、これからはゲイツ様に習った呼吸方法で体力強化するよ。でも、今日は疲れたから寝よう!


 夏の離宮行きも三度目なので、リリアナ伯母様も前程はあれこれ注意はされなかった。その代わり、二人の教授とゲイツ様があれこれ馬車が出るまで言っていたけどね。そんな事しないで、遺跡の調査をしたら良いのに!

「やっと馬車が出て、ホッとしましたわ」

 アンジェラも色々と言われたようだ。

「調査隊とゲイツ様は報告書や手紙を書かれたみたいですから、私達は何もしなくても良いと思いますわ」

 私がそう言うと、アンジェラはホッと肩の力を抜いた。

「フロートは彼方でふくらませるのですね! 海水浴ができると良いのですが……」

 アンジェラもジェーン王女から愚痴を聞いているのかもしれない。あれから三週間近く空いている。ラフォーレ公爵家やモラン伯爵家に行ったのが、かなり前に感じる。あれから、カエサル達が来て、ナシウスが地下通路に落ちて、入口を開けて格納庫を見つけたんだ。そして、陛下が視察に来られて、私とサミュエルが準男爵に叙されたんだよね。

「陛下はまだ離宮にいらっしゃるのかしら? 去年は二週間ほどしか滞在されなかったのよ」

 そろそろ二週間が経つ頃だ。でも、調査隊やゲイツ様はいらっしゃると思ってサミュエルに報告書や手紙を託したのだから、いらっしゃるのだろう。少しは王妃様の目が緩んでいると良いなと考えながら馬車に揺られていた。

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