第65話 ナシウスとヘンリーは天才だよ!

 前からグレンジャー家は信仰深く無いなと感じていたけど、ローレンス王国も教会と仲良く無いのかな? どうだろう?

 王都にも立派な教会が建っていたし、私や弟達もそこで能力判定を受けて魔法が使える様になったのだけど……もしかしたら、能力判定だけ必要で教義には無関心な人が多いのかも?

 世界史を勉強していると、カザリア帝国が滅亡してから千年近くの暗黒の戦国時代、エステナ聖皇国はかなり悪どいことをやらかしている。戦争を裏から煽ったり、直接、他国を滅ぼしたり策略を巡らし、元のカザリア帝国復興を謀っている。

 まぁ、上手くいかなくて現在は小さなエステナ聖皇国として、元帝都リアン付近だけが領土になっているんだけどね。

「ペイシェンス様? あんなエステナ聖皇国の事より、この動力源について考えて下さい」

 私が真剣に考えているのに、ゲイツ様ときたら! まぁ、でも私が考えるまでもなく、教会やエステナ聖皇国についてはローレンス王国はあれこれ手を打っていると思う。そこは大人に任せよう!

「あの人工岩とあそこの蓄魔式人工魔石を一個取り出して、研究したいのです」

 えっ、それは駄目なんじゃないの?

「それは困ります!」

 ヴォルフガングが必死で止めているよ。

「だが、一つ取り出しても線を繋げれば稼働するのではないか? あれを研究できれば、画期的だ!」

 グースは取り出して研究したいみたい。ゲイツ様も此方側だね。

「あのう、ここはノースコート伯爵領です。だから、勝手な事はしない方が良いのでは?」

 ゲイツ様がどれほど偉いかは聞いたけど、筋は通すべきだと思うよ。

「それは……陛下に許可を得ないと何とも言えない」

 確かに、万が一、取り出して動かなくなったら大変だもんね。この遺跡はノースコート領にあるけど、これ程の文化遺産を破壊する危険は冒したくない伯父様の気持ちは理解できるよ。

「そんなまどろっこしい!」

 文句を大声で叫ぶ一名と、それに乗っかるグース達と、ヴォルフガング達が一触即発になる。

「お姉様、明日は夏の離宮に行くのですよね。陛下に尋ねてみたら良いのでは?」

 ヘンリーの無邪気な言葉で救われたよ。

「そうだな! サミュエルに手紙を持っていって貰おう」

 つまり、今日は手を付けない事が決まったのだけど、ゲイツ様はブツブツ文句を言っている。

「そんな呑気な! これほどの動力源を目の前にして」

 そうだね! ゲイツ様は長期間は王都ロマノを離れてはいけないみたいだし、文句を言うのは理解できるけど、私は伯父様の考えを支持するよ。だって、弟達を使って私を呼び出したのをまだ怒っているからね。

「ペイシェンス様、この人工岩だけでも一個外せませんか?」

 必死に説得されるけど……そんな事して動かなくなったら困るよ。まぁ、前世の配線図と同じだとしたら、人工岩を一個抜いて、そこの線を繋ぎ直せばいけるかもしれない。でも、ここは異世界だし、違うかもしれない。

「できると考えられているのですよね!」

 しまった! ゲイツ様は考えている事がぼんやりとだけど察知できるのだ。迂闊だったな。

「ペイシェンス、本当に一つ取り出しても大丈夫だと考えているのか?」

 ベンジャミン、今は口出しして欲しくないよ。これ以上、ややこしくしないで!

「もし取り出して調べる事ができたら……この動力源を解明できれば、全人類が恩恵を受けるのです!」

 グースが横で騒ぐ。大声二人組に囲まれて、頭が痛くなるよ。

「お二方、この件は陛下にお伺いをたてると決めました」

 伯父様、助かったよ。なんて思ったのは甘かったね!

「それでペイシェンスは一つ取り出しても大丈夫だと考えているのか? それは何故なのだ?」

 えええ、伯父様にも質問されたよ。此方では電気配線とか無いのかな? トイレの下水道はあるけど……大きな屋敷や王宮でも魔導灯は一つずつ魔石を入れて管理しているのかな? 確かに王立学園でも、一つずつ魔石を入れているね。前世の乾電池みたい。

「ここの動力源から線が延びていて、それで扉の開閉や魔導灯を動かしています。所々、その線が途切れ掛けていたから、執政官の館跡の方には動力があまり行っていなかったけど、繋ぎ直したらちゃんと動き出しましたわ。だから、繋ぎ直せば大丈夫かもしれません」

 全員の注目を集めているけど、こんなのは推測に過ぎないからね。

「だから、人工岩を一つ外し、あの蓄魔式人工魔石を一つ外せば、研究ができるのですよ!」

 人工岩の方は大丈夫かもしれないけど、人工魔石はどうだろう? 乾電池を一個外して動かなくなったら困るよ。

「蓄魔式人工魔石はどうかしら? 固まった光にしか見えないので、1個取り出しても良いかどうか分かりませんわ」

 ゲイツ様は、少し考えて口を開く。

「なら、もう少し調査しなくてはいけませんね。明日、私も夏の離宮に行きます」

 えええ! 私達が夏の離宮に行くのは、王女や王子達と遊ぶ為だよ。

「それは……夏の離宮には招待されていない方は行っては駄目だと聞きましたが……」

 伯父様も困惑しているし、私も嫌だよ! 王妃様の考え次第だけど、水着やフロートを持っていくのだから海水浴したいんだもの。それに、陛下がジェーン王女を気遣っていたのが心の奥に沈澱している。

 パァッと海水浴をして気晴らしして欲しいんだ。

「そうか、では私の手紙も持って行って貰おう!」

 この前、陛下が来られてから動力源を見つけたし、太陽光を集めている人工岩から積もった土や枯葉を退けたら地下通路の魔導灯も明るくなった。ゲイツ様が来てからは小部屋を見つけたし、執政官の館跡の出入り口も使えるようになった。

「調査隊の報告書も届けて欲しいです! ユーリ君、纏めてあるよな?」

 ヴォルフガングは、グースやゲイツ様の言うなりの調査を陛下に止めて欲しいみたい。

「なら、私の報告書も! マイケル君、サイモン君、纏めているだろ?」

 助手って大変そうだよね。なんて呑気な事を考えていたら飛び火した。

「ペイシェンス様、あの様な事をして貴重な遺跡を破壊するのに反対して下さいますよね。陛下にもそうお伝え下さい」

 ヴォルフガング達は夏の離宮に行けないので、私達に遺跡保護のロビー活動させるつもりだ。それを黙って見ているグース達ではない。

「ペイシェンス様は人工岩を一つとっても動くかもしれないと考えておられるのですよね。それを陛下に説明して欲しいのです」

 そんなの自分の報告書に書いたら良いじゃん! あっ、ナシウスがゲイツ様に捕まっている。助け出さなきゃ!

「ナシウス君は生活魔法も使えます。一度、扉の開閉にチャレンジしてみませんか? 姉君を助ける事にもなると思うのです」

 また私を利用してナシウスを自分に取り込もうとしているの? でも、ナシウスが生活魔法を使えるなら、確かに便利なんだよね。寮に入るなら必要だし……いや、父親がロマノ大学に馬車で毎日通うならナシウスも一緒に乗せて貰えば良いだけなのか? そうしたらヘンリーだけにならなくても良い。なんて考えてて止めるのが遅れたよ。

「はい! やってみたいです!」

 なんだかナシウスがゲイツ様に手懐けられた気分だよ。フィリップスにくっついている方が安心なんだけどね。

「それにヘンリー君の身体強化も普通ではありませんね。少し見せて貰いたいから、館に帰ってから剣術の稽古をしてみましょう」

 えっ、剣術の稽古? ゲイツ様はしなやかな動きをされるから、身体を鍛えている様な感じはしたけど、王宮魔法師なんだよね? 剣術とか大丈夫なのかな?

「ペイシェンス様の考えは伝わりやすいですね。私の波長と同調しやすいのでしょうか? これでも王立学園を優秀な成績で卒業しているのですよ。剣術や馬術も必須ですからね」

 各教授と助手達と伯父様は、明日の離宮行きに報告書を間に合わせようと先に帰った。私達と何故かカエサル達は、ガイウスの丘の入口に集まっている。

「さぁ、ペイシェンス様、開けて見せて下さい。ナシウス君は、よく見ておく様に!」

 自分でも開けれるくせに! とは思うけど、ナシウスの為の見本なら何百回でも開けて見せるよ。

「開け!」

 もう、何処が開くのか分かっているから凹みを棒で突いたりしないで、手で押して唱える。

「これで分かるものかしら?」

 ナシウスが最初に執政官の館跡の入口から落ちたのは、ゲイツ様は生活魔法が発動したからだと言われるけど「開け!」なんて考えていなかったと思う。なんらかの事故じゃないの?

「ペイシェンス様、閉めて下さい。では、ナシウス君、開けてみましょう」

 えっ、ナシウスの背中にゲイツ様がピッタリとくっついているよ。

「私の魔力に同調して下さい」

 ナシウス、大丈夫? そんなに真剣な顔をしているけど、無理していないの?

「開け!」凹みを押しながら、ナシウスが唱えるとゴゴゴゴゴ……と開いた。

「ナシウス! 凄いわ!」

 私が喜んでいるけど、ナシウスは首を傾げる。

「さっきのはゲイツ様が開けたのではないでしょうか? 私はそれに同調しただけに感じます」

 それじゃあ意味が無いのでは? 私が睨みつけるのに、ゲイツ様は笑う。

「やはりナシウス君は優秀だね。でも、今度は一人でも出来るはずだよ。やってごらん」

 ナシウスは何か決心した様な顔で、凹みを押しながら「閉まれ!」と唱えた。

 ゴゴゴゴゴ……と扉が閉まった。

「ナシウス、できたのね!」

 私はナシウスを抱きしめる。

「ええ、何となくコツが掴めた気がします。もう一度、開けてみます」

 無理しないでね! と思うけど、ナシウスの真剣な灰色の目に負けた。

「開け!」ゴゴゴゴゴ……「閉じろ!」ゴゴゴゴゴ……

「完全にマスターしましたね。これで扉の開閉は大丈夫そうです。他のペイシェンス様の技も出来るか試したいですね」

 遠巻きにして見ていたカエサル達が大きな溜息をついたと思ったら、叫び出す。

「ナシウス、凄いぞ!」

 ベンジャミンはうるさいね。

「ゲイツ様、私達も扉の開閉ができるようになるでしょうか?」

 カエサル、そんなに必死にならなくても良いんじゃないの? 調査隊の生活魔法の使い手がいずれ王都から来ると思うよ。

「ううん? カエサル君はどうだろう? あっ、そこの赤毛の子! 君なら頑張れば扉が開けられるかもね?」

 ミハイルにカエサル達の羨望の目が向けられる。

「えっ、私ですか? どうすれば良いのか全く分かりませんけど?」

 ゲイツ様、言い出したからには教えてあげるのでしょうね!

「ペイシェンス様に教えて貰えば、いつかは開けられるかもしれません」

 えっ、私に丸投げですか? 他のメンバー達も教えて欲しいって顔をしている。

「そうだ! ヘンリー君も開けられそうだね。君の身体強化もかなりペイシェンス様の影響を受けているからね」

 ヘンリーが私の顔を見上げて「教えて!」と目で訴えている。お姉ちゃんの弱味を突いてくるね。そんな子犬の様な目で見られたら、教えるに決まっているよ。

「ヘンリー、一緒に開けてみましょう!」

 ヘンリーを背中から抱きこんで、一緒に凹みを押しながら「開け!」ゴゴゴゴゴ……「閉まれ!」ゴゴゴゴゴ……何回か繰り返すよ。

「お姉様、一度、私だけでやってみます!」

 ヘンリーは何か掴んだみたい。自分でやれるかチャレンジしたいんだね。男の子らしいよ!

「やってみなさい。ヘンリーならできるわ!」

 ヘンリーは真面目な顔で凹みを押しながら「開け!」と唱えると、ゴゴゴゴゴ……と開いた。

「やったな!」ナシウスがヘンリーを抱きしめて喜んでいる。

「よく出来ましたね!」

 私は弟達を二人とも抱きしめたよ。ナシウスとヘンリーはマジ天才だよ! 兄弟三人で良い雰囲気なのに、じっとりとした視線を感じる。

「ペイシェンス、私にも教えて欲しい!」

 サミュエルを筆頭にカエサル達が押しかける。

「皆、ペイシェンス様に簡単に教えて貰おうなんて百年早いです。先ずは自分で扉を開ける努力をしてからです」

 ゲイツ様、さっきはミハイルに私が教える様な事を言っていたくせに、自分が除け者にされるのが嫌なだけだね。お子様なんだから!

 でも、ゲイツ様が止めてくれなかったら、生活魔法の指南で夏休みの後半を終えてしまうところだったよ。それだけは感謝かな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る