第57話 へんてこな海水浴

 こうして、午後からは海水浴になったけど……何故、黒マント姿のグースやスーツ姿のヴォルフガングまで、テントの下でジュースを飲んでいるの? 調査隊なんでしょ! 調査したら良いじゃん!


「サイモン様は、泳ぐのが下手だと言われたけど……かなり上手いのでは?」


 私の八つ当たり気味の文句を聞きつけたメアリーが笑う。


「ケープコットには大きな川がありますからね。そこで川遊びをされたのでしょう」


 メアリーは、サイモン坊ちゃまに甘い。私が何故フロートでぷかぷか浮いていないのか? 私の白鳥にはマイケルが乗っているし、お花のフロートにはユーリが乗っているし、天馬のフロートにはサイモンが乗っている。少しボディボードを弟達としている間に取られたのだ。アンジェラは、私より体力があるから、まだボディボードで遊んでいるけど、私は疲れちゃった。白鳥のフロートでまったりしたいのに、女の子のフロートを取るなんて酷いよね! 


 私は、全く助手達の意図を掴み損ねていた。


「それでペイシェンス嬢、エネルギーとは何でしょう?」


 ヴォルフガングに訊かれて、助手のユーリがアンジェラの花のフロートに乗っている意味が分かったよ。


「蓄魔式人工魔石とは、どんな発想なのだ


?」


 グースの助手のマイケルとサイモンが私の白鳥のフロートと天馬のフロートを占有している理由もね!


「エネルギーとは、物質を働かせる力ですわ。こうして私たちが動いたり、考えたりできるのも食物を食べてエネルギーを得ているからです。あの人工岩で太陽光からエネルギーを得て、それを人工魔石に溜めているのではと、私は考えただけです。そろそろ、白鳥のフロートを返して下さい」


 グースが指を鳴らすと、マイケルが白鳥のフロートから降り、サイモンとユーリも天馬とお花のフロートから海に飛び込んだ。こんな海千山千の教授達と、うちの父親、やっていけるのかな? 凄く不安! またすぐにクビになったりしないよね? 白鳥のフロートに乗って考える。


「やはり、食糧の備蓄は大切だわ。お父様が学長になるからと言っても当てにできないかも。それに転生した年みたいに極寒かもしれないわ。弟達を飢えさせたり、凍えさせたりは二度としないと誓ったのよ!」


 私は白鳥のフロートから降りると、テントの中にいるメアリー呼んで、染め場で使っていた大鍋を海まで運んでもらう。


「お嬢様、こんな海辺で何をされるのですか? もしかして海水塩ですか? でも竈がありませんけど?」


 昨年の夏休み、リチャード王子と海水塩を作るのを見ていたメアリーは、竃をきょろきょろと探す。


「今回は、違う方法で塩を作ろうと思うの。メアリー、その鍋に海水を汲んでちょうだい!」


 へへへ、海水を汲む用の小鍋を二つ持ってきたよ。メアリーと一緒に大鍋を海水でいっぱいにする。


「塩はこちらの小鍋に集まれ!」


 私が持っている小鍋に塩が少し集まった。


「やはりある程度は煮詰めた方が効率的かもね。でも、家で使う塩ぐらいなら、このやり方で良いでしょう!」


 ふふふ、これでキャベツの塩漬けや、トマトソースを作って貰うよ! 岩塩より、海水塩の方がミネラルが多くて美味しい気がするんだよね。


「ペイシェンス! やはり、やらかしたな!」


 ベンジャミンがこちらに駆けてくる。


「やらかしただなんて、人聞きの悪い」


 カエサルまでやってきて、私の小鍋を取り上げたよ。指に摘んで舐めて「辛い!」と吐き出す。


「これは塩ではないか!」


 そうだよ。えっ、知らなかったの?


「去年、夏の離宮でリチャード王子様と一緒に海水から塩を作ったのです。そのご褒美にロマノ大学の奨学金と、この前、女準男爵バロネテスにして頂きましたわ」


 カエサルが頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「なぁ、ペイシェンス! リチャード王子は、こんな風に塩と水を分離させる方法を考えつかれたのか? 違うんじゃないのか?」


 この方法は一般的では無いよね。


「ええ、海水を平たい鍋に入れて加熱する方法ですわ。それなら魔力が無くても塩をつくれますからね!」


 それに改良を重ねたけど、基本はそうだよ。カエサルが立ち上がって、私の顔をガン見する。


「では、今回の塩を分離させたのは、リチャード王子様もご存知ないのだな」


「ええ、多分ね。魔法使いにさせてみれば良いと提案しましたが、塩を作るのに優れた王宮魔法師を使えないと笑われましたわ」


 二人が大きな溜息をつく。


「当たり前だ! ゲイツ様に塩作りなどさせられるか! だが、この分離はどうやってしたのだ?」


 ベンジャミン、声が大きいよ。テントで私の仮説を考えていた教授達がこちらを見ているじゃん!


「錬金術ですわ! 物質と物質を分けるのは、錬金術でしょ?」


 錬金術クラブの部長のカエサルに睨まれたよ。


「前から感じていたが、ペイシェンスの錬金術は私達のと違うのでは無いだろうか? これは錬金術ではなく、小さな転移ではないか?」


 えええ? 錬金術ではないの? ショック!!


「では、錬金術クラブを辞めないといけませんの? 来年の青葉祭には熱気球を飛ばしたかったのに……」


 錬金術クラブ、楽しいのになぁとガッカリしていたら、ベンジャミンに笑われたよ。


「まさか! ペイシェンスは錬金術クラブのエースじゃないか!」


 褒め言葉なんだろうけど、微妙な気がするよ。変人確定した気分!


「ペイシェンス、もう一度、やってみてくれないか?」


 カエサルに頼まれなくても何回もするよ。これだけでは保存食作りに足りないからね。


「海水汲みを手伝って下さるなら、何十回でも見せてあげますわ」


 考えてみれば、公爵家や侯爵家の嫡男に海水汲みをさせるなんて、失礼なのかもね。でも、二人なら大鍋に海水を汲んで運んで来てくれるから楽ちんだよ。


「塩はこちらの小鍋に集まれ!」


 私の持っている小鍋に塩が増えたよ。まだまだ必要だね。大鍋に二杯は最低でも確保したい。


「こちらは、水だ!」


「凄いぞ! 飲める!」


 ベンジャミンが大鍋の水を舐めて叫ぶ。当たり前じゃん! 海水から塩を取ったら、水になるよね! あっ、カエサル! 飲まない方が良いよ。お腹壊しても知らないよ。浄化はしてないからね。


「ペイシェンス嬢、この騒ぎは何ですか?」


 ほら、カエサルとベンジャミンが騒ぐから、フィリップと錬金術メンバーが集まって来たじゃん! あれれ、弟達やサミュエルやアンジェラまで来たよ。折角の海水浴なのに失敗したな。こっそりとしたかったのにね。


「お姉様、塩を作っているのですね! お手伝いします」


「私もお手伝いします!」


 ナシウスとヘンリー! 可愛いよぉ!


「ええ、二人にはお手伝いして貰いましょうね。これで冬の保存食をエバに作って貰わないといけませんからね」


 二人が大鍋に海水を汲んで、ヨタヨタ運ぼうとしているのを見かねて、フィリップスとブライスが代わる。


「まだ二人には重たいでしょう」


 あっ、弟達とわちゃわちゃ作りたかったな。


「お手伝いしたかったのに……」


 ヘンリーが悲しそうな目をしている。親切心から余計な手出しをしちゃったフィリップスとブライスも困っているよ。


「ヘンリー、塩はまだまだ作らなきゃいけないから、次は中鍋を二つ持ってきましょうね。それで大鍋に海水汲んで貰うわ」


 パッと微笑んで「はい!」と言うヘンリー! マジ天使だよ。ナシウスもそんなヘンリーを見て笑っている。


「塩はこちらの小鍋に集まれ!」


 これで小鍋に半分の塩が溜まったよ。できれば大鍋二杯分の塩があれば、買わなくて済むんだけどなぁ。なんて考えていたら、いつの間にかグースが私の横に立っていた。神出鬼没だよ。


「これは小さな転移魔法だ。錬金術とは違う!」


 やはりロマノ大学の錬金術学科の教授だけあるね。違いを見抜いたみたい。私は錬金術だと思って使ったんだけど、カエサル達は違うと言っていたからね。やっぱり、そうなんだね、少しショック。


「転移魔法! それは賢者クロムエルが使ったと言われている大魔法ですよね!」


 フィリップスは歴史が大好きだからね。興奮しちゃっているよ。


「やはり、ナシウス君を救い出したのは転移魔法なのだな。ペイシェンス様は賢者クロムエル以来初の転移魔法使いだ!」


 グースが興奮して騒ぐから、ヴォルフガングまでやってきたよ。


「賢者クロムエルの名前が聞こえたが……まさか、この塩を海水から作ったのか!」


「そうだ。だから、ペイシェンス様は錬金術学科で学ぶべきなのだ!」


「いや、古文書を保護できるペイシェンス嬢は、歴史学科が相応しい」


 ああ、二人の言い争いを聞くのが嫌になった。私は、自分の進路は自分で決めるよ!


 ザバン! と水が入っている大鍋をひっくり返して空にする。


「この大鍋いっぱいに塩よ、集まれ!」


 腹が立って、無茶しちゃったな。魔力がどんどん流れ出ていく。


「お姉様、大丈夫ですか?」


 心配そうなナシウスとヘンリーに微笑むけど、目眩がするよ。


「ペイシェンス、無茶するなよ!」


 ベンジャミンに身体を支えてもらうけど、大鍋が重たくてよろめく。


「大鍋を誰か受け取って!」


 大鍋には満杯の塩があった。その大鍋をカエサルは受け取って、横のブライスに渡す。


「もう、どこから突っ込めば良いのか分からないな。でも、教授方、ペイシェンスは陛下から女準男爵バロネテスに叙されているのです。その意味をよくお考え下さい」


 バーンズ公爵家嫡男としての重みのある言葉で、二人は口を閉じた。


「お姉様、一緒に塩を作ろうと言われたのに……」


 あっ、ヘンリー忘れていないよ。いや、カッとなった一瞬は忘れていたけど、今は思い出しているって意味だけどね。


「冬中の保存食を作るには、まだまだ塩は必要ですわ。ヘンリーにもナシウスにも手伝って貰いますよ。あの遣り方は疲れてしまいますからね」


「はい、お手伝いします!」と良い返事のヘンリーを抱きしめる。


「いや、保存食の塩なんかだからじゃないだろう!」


 ベンジャミンが呆れているけど、飢えた事がない人の意見なんて、聞く気は無いよ。それにしても、ブチ切れ2回目だ! 短気になったのかな?

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