第56話 荒れる昼食

 昼食の為に一旦館に戻る。あの急斜面をランチボックスを持っては登れないからね。いや、護衛の人達なら馬に積んで登れるかもしれないけど、斜面でランチボックスを食べるのも大変だよ。座る場所も……格納庫の天井部分から座れそうだけど、スライドして分かれると分かっている場所に座るのってお尻がむずむずしそうだよね。


 調査隊は昼からも行くみたいだけど、私は弟達と海水浴に行きたいな! 今日は素晴らしい天気なんだもの。なんて呑気な事を考えていたけど、昼食の場は嵐の前の静けさだ。


「なぁ、ペイシェンス。調査隊のメンバーがお前を見ている気がするぞ」


 調査隊が来てからは、何とは無く子供組は固まって食べている。そしてカエサル達も、調査隊もだ。


 全員が貴族なので、ノースコート伯爵夫人の前で無作法な真似はしないが、食事をしながらも私にチラチラと視線を送っている。サミュエルに言われるまでも無く、気づいているよ。


「それより、昼からは海水浴に行きませんか? こんなに良い天気なのですもの」


「それは良いな!」


「まぁ、海水浴ですか? 楽しみですわ」


「海水浴だぁ!」


「こら、ヘンリー声が大きいよ」


 子供組は小声で話しているんだよ。上座の調査隊とは関係ないでしょ。なのに二人の教授は地獄耳だ。


「ペイシェンス様、昼からも御同行願いたい」


 グースには悪いけど、乗馬を日に二回もしたくない。たとえ、手綱を引いてもらったとしてもね。私の顔から拒否を察したヴォルフガングは攻め口を変える。


「ペイシェンス嬢、現場に行かれないのなら、館で良いですから、エネルギーと充魔式人工魔石についてお話し下さい。私はちゃんと聞いておりませんから」


 ヴォルフガングにぐいぐい迫られる。おじ様は私の趣味じゃないんだよ。それに、こんな良い天気なのに、部屋に篭りたく無いよ。夏休みなんだよ!


「ヴォルフガング教授、ペイシェンス様を囲い込むおつもりか!」


 あっ、グースがマナー違反して吠えだしたよ。リリアナ伯母様の片眉が上がる。


「皆様、どうされたのですか?」


 伯母様の片眉にノースコート伯爵が反応したよ。奥方のご機嫌を損ねるのは駄目みたい。


「いや、申し訳ありません。ペイシェンス嬢の素晴らしい仮説をお聞きしたいと思っただけです」


「そんな事を言っても、本音は洩れているぞ!」


 ヴォルフガングは、物腰柔らかに謝罪したが、グースの鼻息は荒い。ここら辺が錬金術師が嫌われる理由なのかな? 私も反省しよう。何か思いついても、すぐに口にしないとかね。




 ノースコート伯爵家の執事もタイミングを見計らっていたのか、揉めている教授達に銀のお盆にのせた手紙を差し出す。


「うむ、やっと生活魔法の使い手が来るようだ!」


 グースとしては、自分が思う通りに調査を進めたいのに、私やアンジェラに配慮しなくてはいけないのが焦ったかったみたい。まぁ、これで扉の開閉係から解放されるのは嬉しいよ。


「でも、扉を開けられるかは分かりませんよ。どの程度の生活魔法が使えるか書いてありませんから」


 ヴォルフガングは慎重派だ。でも、まぁ大丈夫なんじゃないかな! 私は楽天家だよ。じゃないとグレンジャー家では生きていけない。


 いや、食糧の備蓄に関しては慎重派だね! ああ、夏休みは野菜をいっぱい作る計画だったのに……ノースコートに弟達と来た事に後悔は無いけど、少しサボり気味だ。遊ぶ道具ばかり優先していたよ。


 海の近くなのだから、保存食に必要な塩を確保したい。ちょっと良い方法を思いついたから、昼から試してみよう!


「ペイシェンス、また何かやらかすつもりだな!」


 ベンジャミンは勘が鋭いね。海水浴に行って、ちょこっと自宅用の塩を作ろうとしただけだよ。


「まぁ、やらかすだなんて……海で試してみるだけです」


 ベンジャミンは、ナイフとフォークを置いて、少し考えてから口を開く。


「では、私も海水浴に行こう!」


 えっ、調査隊と一緒に動力源を調べたら良いじゃん。ベンジャミンと一緒だと遣り難いよ。


「なら、私も午後からは海水浴にしよう! 折角、海の近くにいるのだからな」


 えっ、カエサルまで? なんて思っていたら、アーサーもブライスもミハイルも海水浴に参加すると言い出した。


「ペイシェンス嬢、私も海水浴に連れて行って下さい」


 フィリップスまで! 私が何をするのか気になるみたいだ。


「そんな大した事はしませんよ。ちょっとした実験だけですから、動力源を見に行かれたら良いのに……どうぞ、ご勝手になさって下さい」


 錬金術クラブメンバーとフィリップに疑いの目で見られて降参する。それに海水塩の作り方は、リチャード王子が陛下に報告済みだから平気だよね。


「ペイシェンス様、私も海水浴に連れて行って貰えないでしょうか? お恥ずかしい話ですが、ケープコットには海がありませんから、泳ぐのが下手なのです」


 えっ、サイモンが従兄弟枠を切ってきたよ。絶縁中なのにね。


「でも、水着の用意は?」


 あまりサイモンには来て欲しくない。だってグースの息がかかっているからね。


「サイモン様には私の水着をお貸ししよう。背も同じぐらいだからね」


 伯父様、余計な事を!


「ノースコート伯爵、有り難くお借り致します」


 そんな事を言ったら、他の助手達も海水浴に行きたいなんて言い出したよ。特に、ヴォルフガングの助手のユーリは、絶対に海水浴に行くと言い切る始末だ。かなりヴォルフガングの意図を汲んでいるのだろう。


 マイケルとユーリの水着は無いからと断ろうとしたけど、古い服で泳ぐから大丈夫だと引かない。確かに、水着は作ったばかりだし、それまでは古い服で泳いでいたんだよね。


「ペイシェンス、日焼けには気をつけるのですよ」


 美容に関する注意は受けたが、リリアナ伯母様は預かっている子息達が穴に籠ったりするより海水浴をしてくれる方が健康的だと微笑んでくれた。


 私は、部屋に帰って水着に着替えるのは自分でするからと、メアリーを染め場に向かわせる。水着に着替えたら、染め場で大きな鍋を洗っているメアリーを手伝うよ。


「綺麗になれ!」


 ここで、ピカピカの大鍋と小鍋を二つ用意したよ。へへへ、保存食に必要な塩をゲットしよう!


 荷馬車にはフロートがいっぱい積んである。空気を抜くのが面倒くさいから、膨らませたまんまだよ。


「これは、何ですか?」


 サイモンとマイケルがフロートを見て騒いでいる。錬金術学科だからね。興味あるのは当然だよ。


「ああ、これはペイシェンスが作ったフロートとボディボードです。海で遊ぶと楽しいですよ」


 サミュエルがホストとして説明しているけど、サイモンとマイケルの視線が痛い。穴が開きそうだよ。


「この素材は……スライム粉か?」


「ああ、スライム粉と珪素だと思うが、他の素材が無くてはこんな感触にはならないだろう」


 錬金術学科の助手だけあって、良いところまで推察している。あのねばねばは思いつかないみたいだけどね。


「ペイシェンス様、この素材についてお聞きしても宜しいのでしょうか? もう、特許は申請されていますか?」


 サイモンは様付けで他人行儀な癖に、ぐいぐい攻めてくるね。


「ええ、バーンズ商会を通して特許を申請しましたわ。だからお教えしても宜しいですが、少し考えてみても面白いですわよ」


 少し意地悪しちゃうよ。だって、私だけなら良いけど、弟達も従兄弟なのに親しく接しようとしていないんだもん。フンだ!


 それにグース教授の回し者だからね。親切にしてあげる義理は無いよ。とはいうものの、メアリーはサイモンに甘いからね。あまり塩対応もし難いんだよ。


 もう少し、ナシウスとヘンリーに親しく接してくれたら、こっちだって優しくしてあげるけどね。


 馬車の中でサミュエルが微妙な事に口を出す。


「ペイシェンス、サイモン様に厳しくないか?」


 えっ、サミュエルに分かるぐらいの塩対応だった? かなり甘いと思うんだけど?


「そうかしら? ケープコット家はグレンジャー家と絶縁しているのですもの。これでも良い対応だと思っていますわ」


 サミュエルが爆笑するよ。


「ペイシェンスも意地悪をするのだな! 初めて見たよ!」


 止めてよ! ナシウスとヘンリーの目がまん丸になっているよ。


「お姉様は意地悪などされません。サイモン様に考えるようにと言われただけです。前にカエサル様やベンジャミン様にも同じ様にされていましたよ」


 ナシウス、本当に優しい良い子だよ。サミュエルの前じゃなかったら、キスしちゃう。


「サミュエル様、それは間違っていますわ。サイモン様はペイシェンス様に都合が良い時だけ質問されたりしているのです。それに答える義務などありません。まして、ナシウス様やヘンリー様を無視なさっているのですから! 従兄弟なのに失礼なのは、彼方ですわ」


 アンジェラの弁護で、サミュエルは黙ったよ。でも、ヘンリーの目が悲しそうなんだ。だって、サイモンは自分にそっくりなんだもんね。


「ヘンリー、サイモン様が私達に親しくしないのは、お父様がケープコット伯爵家の寄親であるカッパフィールド老侯爵の貴族至上主義的な考えに真っ向から反対したからです。今の新しいカッパフィールド侯爵は貴族至上主義者ではなく、国王陛下のお考えに従われるそうですから、いずれはケープコッド伯爵家とも和解できるかもしれません。でも、それまではサイモン様は、私達の従兄弟ですが親しくはできないのですよ」


 ヘンリーは、少し考えてから頷いた。


「いつかは、サイモン様と仲良くなれたら良いですね!」


 マジ可愛い! 抱きしめてキスしちゃおう!


「ええ、そうなると良いですね」


 サミュエルが唇を尖らせる。


「ナシウスとヘンリーには私という従兄弟がいるじゃないか!」


 ナシウスとヘンリーが笑った。


「そうだね!」とナシウスとサミュエルが拳をぶつけ合っているのに、ヘンリーも参加する。


 何だか、サイモンに会ってから、一応は説明したけど、もやもやしていたのが吹っ飛んだ気がするよ。サミュエルの空気が読めないのも偶には役に立つね!

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