第51話 雨の日の調査隊
ノースコート伯爵館の家政婦のマルシェの天気予報は当たった。朝からしとしと雨が降っている。前世でも古傷が痛むとかで天気予報できる人がいたけど、異世界は魔法のある世界だからね。よく当たるみたい。
「今日は調査もお休みでしょう」
メアリーに髪の毛を整えて貰いながら、私はスケジュールを考えていた。午前中は勉強、そして午後からは染め場であれこれ作ろう。
週末に夏の離宮に行くなら、ボディボードとフロートを持って行こう。それをまたノースコート伯爵館に持って帰るのもケチ臭いからプレゼントしようと考えたのだ。女準男爵バロネテスにしてもらったお礼にはしょぼいけど、気は心だよ。
「ねぇ、マーガレット王女とジェーン王女なら何のフロートが良いかしら」
メアリーに尋ねても、首を捻るだけだ。こういうのはアンジェラがセンス良いんだよね。朝食の時に聞いても良いし、調査隊や錬金術クラブのメンバーが多かったら、勉強時間に聞こうかな? なんて、呑気な事を考えながら食堂へ向かった。
カエサル達が来てから、朝食は各自が自由に食べている。でも、私はいつも弟達と一緒だけどね。今朝は、リリアナ伯母様はベッドに運んできて貰っているようで居ない。
「お姉様、おはようございます」
ナシウスとヘンリーと朝の挨拶を交わす。やはり寮生活より、自宅から通いたいと思う瞬間だよ。挨拶と同時に軽く頬にキスできるからね。朝から幸せ度アップ!
「伯父様、サミュエル、おはようございます」
あれっ? カエサル達と調査隊のメンバーがいないね。まぁ、寝坊しているのかも。昨日、着いたばかりなのに、お茶もしないで夕食まで地下通路やカザリア帝国の遺跡を調査していたもの。お疲れだよね!
「おはようございます」
今朝のアンジェラはツインテールだ。とっても綺麗なくるくるになっている。ミアが髪の毛を整えたのかな? 寮に入るなら練習しないといけないけど、まぁ、夏休みだからサボりたい気持ちも分かるよ。それに厳しいラシーヌがサティスフォードに帰ったから、息抜きしたいのかもね。
「アンジェラ、おはようございます。とても素敵な髪型ね」
アンジェラが嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。これは私が整えたのです。リボンはミアに結んで貰いましたが、ペイシェンス様に生活魔法を教えて頂いたお陰ですわ」
へぇ、凄く上達している。
「とても、上手にできているわ。アンジェラ、頑張っているのね!」
私なんか、寮以外ではメアリーに任せっきりだよ。偉いね!
「いいえ、まだリボンは上手く結べないのです」
わぁ、謙虚なところも可愛いよ。私はショタコンだけど、小さな子全体が好きなのかもね。
「あっ、アンジェラはどう思う? 今週末に夏の離宮に招待されているけど、王女様方と王子様方に水着とフロートをお土産に持っていこうと思っているの。フロートは何の形が良いかしら?」
アンジェラは頬に手を当てて小首を傾げて考える。こういう所作が美少女キャラっぽいよ! 真似しよう!
「マーガレット王女様にはお花のフロート、ジェーン王女様には天馬のフロートが宜しいのでは? 王子様方はあまり存じあげないので分かりませんわ」
そうだね、奇抜で無くてもぷかぷか浮かんでいれば良いのだ。
「キース王子はビックボアが良いのでは無いか? 中等科になったら秋の討伐隊に参加したいと話されていたからな」
サミュエルの提案で、ビックボアにするよ。ヘンリーのより大きいのにしよう。二人乗ってもひっくり返らない様なバランスにしたいな。
「マーカス王子様にはイルカドルフィンはどうでしょう。子供部屋にイルカドルフィンに乗って冒険する物語が置いてありました」
海の神の子トリトンの冒険物語だね。あれっ、名前が前世の神と被っているけど? 偶然なのかな?
「良いかもしれませんね!」
これで作るフロートは決まったね。お花、天馬、ビックボア、イルカだ。それと私の白鳥とアンジェラの花も作るよ。一緒にぷかぷかしたいからね。
後はボディボードを何個か作れば良いね! とスッキリした気分で、朝食を食べ終わったら、どんよりした雰囲気のカエサル達と意気込んだ調査隊のメンバーが食堂へやってきた。
「すまない、ペイシェンス! バレた!」
ベンジャミンが謝っているけど、何がバレたの? あれこれやらかしているから、どれがバレたのか分からず困惑しちゃうよ。
「ペイシェンス嬢、貴女が古文書を新品同様にして保護されたのですね! その上、一言一句違わない写しを作られたのか! 王立学園などに置いておくのは勿体ない。是非、ロマノ大学の歴史学科に秋学期から編入して下さい」
私の前にジャンピング片膝をついて、乞うヴォルフガングをフィリップスが何とか立ち上がらせてくれたよ。憧れの教授なのに、フィリップスには幻滅させちゃったかな。
「ヴォルフガング教授、貴族は王立学園を卒業しなくてはいけないのをお忘れですか?」
遠回りだけど厳しい口調で注意している。
「そんなの何とでもなる! 古文書の保護だけでは無さそうだ。それにペイシェンス様は錬金術クラブのメンバーだ。ロマノ大学の錬金術学科に貰うぞ!」
私の手を取ろうとしたグース教授をサイモンが庇ってくれた。
「ペイシェンス様は、ロマノ大学の学長になられるグレンジャー子爵の令嬢ですよ。無体な真似をされると、うちの研究室の予算を削減されます」
うちの父親にそんな芸当ができるとは思えないけど、抑止力になるなら使わせて貰う。
「そうか、学問のグレンジャー家か! という事は、サイモンの従姉妹だな。お前がペイシェンス様を我が学科に引き入れるのだ!」
いや、ケープコット伯爵家とは絶縁関係なのです。昨日、弟達にも説明したのだけど、こんなにあからさまにされると困るよ。
「ペイシェンス、私の写しを作って貰ったせいで、迷惑をかけるな。すまない!」
カエサルに謝られるけど、写しの手間代は貰ったから良いんだよ。それに必要だと思ったから作ったんだしね!
「ペイシェンス嬢、本当に生活魔法しか使えないのですか? あの古文書の修復は賢者クロムエルでも使えたかどうかの大魔法では無いでしょうか?」
ヴォルフガングは嫌な事に気づいたね。
「ええ、教会で能力判定した時に生活魔法の石しか反応致しませんでしたわ」
はっきりと言い切るよ。だって本当だもの。私だって他の魔法が使えたら、金儲けに便利だと何百回も考えたんだからね。アイテムボックスとかさぁ、異世界転生物語の定番じゃん! あっ、ナシウスは転移させられたんだよね。でも、弟達限定では使えないよぉ!
「では、ナシウス君をどうやって地下通路から救出したのだ? 一瞬しか扉は開かないというのに?」
やはり魔法関係は、錬金術学科のグースの方が追求が厳しいな。
「あれは、エステナ神に心から祈ったからです。愛しい弟を我が元にお返しくださいと!」
だって、本当だもの。ナシウスがいなくなったとフィリップスに聞いた瞬間から、ずっと神に祈っていた。
「そんな馬鹿な! エステナ神に祈ってナシウス君を助けただなんて」
グースは納得していないみたいだけど、実際にその通りなんだからね。
「そう言えば、ペイシェンス嬢はずっと祈っておられました。エステナ神は祈りに応えて下さったのですね!」
フィリップスはナシウスが居なくなった時の焦燥感と助かった時を思い出して、神の御加護だと感激しているけど、他の人達は信じていないみたい。特に、ヴォルフガングとグースの目は疑いの色が強い。
「皆様、朝食にして下さい」
私を取り囲んでいた調査隊と錬金術クラブのメンバーは、ノースコート伯爵の声で渋々席に着いたよ。
「ペイシェンス嬢、ヴォルフガング教授にはお気をつけて下さい。そして助手のユーリ様にも」
フィリップスは私に囁いてから食卓についた。ヴォルフガングの助手のユーリ・マカギャバンについては何も印象が無かった。それは、グースのもう一人の助手のマイケル・コリンズも同じだよ。サイモンに気持ちがいっていたからね。
二人ともヴォルフガングやグース程の特徴は無いごく普通の学生に見える。ユーリの方がサイモンよりも薄い色の金髪で、マイケルの方が茶髪ってだけの違いだよ。
「雨なんか降るから、あの人達は暇なのだわ」
地下通路にでも行けば、私の事なんか忘れてくれるんじゃ無いかと呑気に考えていた。学者って執念深いんだって事を忘れていたんだ。特にヴォルフガングは、過去の小さな遺物から、色々な仮説を組み立てるのが得意みたい。
私のやらかした事のほぼ全部を見通していたのかもね。
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