第47話 女準男爵!
私がメアリーに髪の毛を結って貰っている間、陛下は壁画の視察を終えて、ノースコート伯爵と話し合ったみたい。その後に、錬金術クラブメンバーとフィリップスともね。
「この古文書を献上してくれるのか! 千年以上前の古文書なのに、触っても大丈夫そうに見える。魔法の残滓を感じるが、何かしたのか?」
運び出したファイルキャビネットを見て、保存状態が良い事を凄く喜ばれたと伯父様から聞いたよ。伯父様は、私が保護魔法を掛けた事や写しを取っていると伝えたみたい。そして写しも見せたようだ。馬鹿正直だよ! そのせいで、私が晩餐前に呼ばれる羽目になったんだ。
「おお、ペイシェンス! ユリアンヌにそっくりになってきたな。とても美しい」
褒めてくれるのは嬉しいけど、嫌な予感しかしない。
「この古文書に掛けた魔法は生活魔法なのか? そして、この一言一句違わない写しも生活魔法なのか?」
陛下の前じゃなきゃ、大きな溜息を吐くところだよ。そんなに正直に全部見せなくても良いじゃん! 内心で、伯父様に文句を言うよ。でも、何か隠していると王家から疑われるのは拙いのかもね。サミュエルの為だと思って、溜息と文句を飲み込む。
「はい、私は生活魔法しか使えませんから」
陛下は、腕を組んで考えている。悪い予感で、背筋がゾクっとした。
「ペイシェンス、頼みがある」
わぁ、来ちゃったよ! 断る選択肢は無いんですね。
「写しを、もう一部作って欲しい。それと、ロマノに帰ってからで良いから、一度、王宮に来て欲しいのだ」
写しを作るのは人海戦術が必要なんだよね。一人でしたら、何日も掛かるよ。
「ペイシェンスが前に写しを作った時は、錬金術クラブメンバーの皆様とフィリップ様が手伝っていました。一人では負担が大きいでしょう」
伯父様の助言で、カエサル達も手伝う事になった。その見返りに、調査隊に参加させて貰える。前の話し合いでは、少し見学が許される程度だったみたい。
「ノースコート伯爵の表裏ない忠義には、感服した。嫡子のサミュエルに準男爵バロネットの爵位を授けよう」
準男爵バロネット? 伯爵家の嫡男なのだから、いずれは伯爵になるのに必要ないじゃん? しょぼい褒美だねと思ったけど、違ったみたい。
「ありがとうございます。ノースコート伯爵家の名誉でございます」
ええっと、これってサミュエルは準男爵バロネットで、いずれは伯爵になるって事? なるほど、ラフォーレ公爵家が何個も爵位を持っているとリリアナ伯母様が前に言ったのは、こういうことなんだね。
「そして、ペイシェンスにも準男爵の爵位を授けよう」
それは、ナシウスになの? えっ、もしかしてヘンリーへなの? なんて考えたけど、違ったよ。
「ペイシェンスが女準男爵バロネテスに!」
伯父様が驚いている。私もびっくりだよ! まだ子供だし、女なのに有りなの?
「私がですか?」
あまりに驚き過ぎて、聞き返しちゃったよ。マナー違反だね。
「海水塩の製造方法、そして今回の地下通路の発見に古文書の保護と写し。これだけの貢献は、どの貴族にも負けていない。女準男爵バロネテスでは不満かな?」
いえ、不満など無いですが……良いのでしょうか? まだ11歳なのですけど? 横にいる伯父様の顔を見る。
「ペイシェンス、こんな栄誉を断るなんて許されない。女準男爵バロネテス、素晴らしいよ!」
伯父様は、凄く喜んでいるので、受けて良いんだよね。でも、本当はヘンリーに譲りたいよ。
「ありがとうございます」
サミュエルも呼ばれて、二人で簡単な叙勲を受けた。サミュエルもびっくりしていたけど、ちゃんと作法通りに跪いて肩に剣を受けている。私も真似して、なんとか女準男爵バロネテスになったよ。
「これで、ペイシェンスは社交界デビューの心配をしなくて良くなるな。ドレスぐらいは作れるだろう」
和やかな陛下だけど、意味が不明だ。伯父様がフォローしてくれる。
「準男爵は領地は頂けないが、年金は出るから感謝しなさい。実際に女準男爵バロネテスと名乗るのは、社交界デビューして成人の仲間入りしてからだがな」
つまり、法衣貴族だね。準男爵でも、お金で土地を買えば領地持ちになるのかな?
つまり子爵家のグレンジャー家には準男爵より多くの年金が出ていたの? モンテラシード伯爵家が飢饉の時にお金を貸したとはいえ、貧乏過ぎない? もしかして、母親の治療費が凄く高額で借金したの? いや、やっぱり父親が書籍に使い過ぎているんじゃない? 嬉しいのと腹が立つのとで、頭がグルグルだよ。
陛下は、晩餐を軽く食べられると夏の離宮に戻られた。何とはなく、ジェーン王女を心配されて、早めに帰られた気がする。やばそうな感じだ。
ノースコート伯爵がサミュエルと私が準男爵の爵位を賜った事を発表した。
カエサル達も凄く喜んでくれたよ。勿論、ナシウスもね!
「ペイシェンス、おめでとう」
「良いのでしょうか? まだ子どもなのに爵位だなんて……」
「そんなの私は生まれた時から持っているぞ。まぁ、それは先祖のお陰で、ペイシェンスの様に自分で勝ち取ったものでは無いがな」
よく聞くとカエサルとアーサーとベンジャミンは既に爵位を持っているみたい。まだ成人前だから、使わないけどね。特に、カエサルとベンジャミンは一人っ子だから、産まれた時から跡取りの称号としての爵位を持っているみたい。だからかな、魔法使いコースでもベンジャミンは少し違う扱いだったのは? でも、勉強ができるのと、魔力が強いのと、あとはキャラクターだよね。ライオン丸だもの。
「お姉様、おめでとうございます。女準男爵バロネテスになられたのですね」
わっ、嬉しいよ! 何だか、ナシウスに祝福されて実感が湧いてきた。
「ありがとう!」頬にキスしたよ。私がナシウスと喜びを分かち合っているのに、ベンジャミンったら、邪魔しないでよ。
「それで調査隊はいつから来ると言っておられたのだ!」
錬金術クラブメンバーと歴史研究クラブのフィリップスの関心は、調査隊のメンバーといつから調査が始まるかだ。準男爵なんか忘れられている。まぁ、それは良いんだけどね。ナシウスがサミュエルにお祝いを言いに、私の側から離れた方がショックだよ。お姉ちゃんより友だちを選ぶ年頃になったんだ。グッスン! でも、それが成長ってものなんだよね。
「ロマノ大学の歴史学者が選ばれると良いのですが……できればヴォルフガング教授だと嬉しいです」
フィリップスの期待は、カエサル達に却下される。
「今回の地下通路には、錬金術関係の大発見が多い。ロマノ大学の錬金術師が派遣されるに決まっている!」
どちらも派遣されると思うよ。だって、錬金術師だけだと、開閉システムを調査するのに熱中して、破壊しそうだもの。そのストッパー役として歴史学者も派遣しそう。
「それまでに写しを一部作っておいた方が良いですな。調査隊と一緒に行動したいならね」
伯父様が、喧々轟々の議論を止めた。サロンが殺伐としてきたからだ。フィリップスはいつもは紳士的で優しいけど、歴史関係になるとマジ切れしちゃう。それにディベートも上手いから、カエサル達もマジで反論する。
「そうだな! 明日中には写しを作ろう!」
写しを作らないと、調査隊に参加できないとベンジャミンが吠える。
「いえ、明日はアンジェラと刺繍をする予定なのですが……はい、はい、分かりました」
そんなに早く調査隊が来るのかな? なんて、私はまだ呑気に考えていた。この発見された地下通路の重要性がまだピンときていなかったのだ。
「ペイシェンス様、女準男爵バロネテスおめでとうございます」
男子に囲まれていたので近づき難かったアンジェラが祝福してくれたよ。本当に良い子だね。
「ありがとう」
その夜は、サロンで簡単な祝賀会をしたよ。なんと、少しの間ならヘンリーも降りてきて良いとリリアナ伯母様が許可してくれた。
「お姉様、おめでとうございます」
ヘンリーは、子供部屋でメアリーから聞いたみたい。抱きついて、頬にキスしてくれた。わぁ、嬉しいよ!
壁際に子守として控えているメアリーの目に涙が浮かんでいる。それを見て、私も泣きそうになったけど、グッと我慢したよ。レディは人前で取り乱したりしないのがマナーだからね。
次の日は、朝から古文書の写しを作るから、早めに祝賀会は終わったよ。
部屋に帰ろうとした時「ペイシェンス、おめでとう」とサミュエルにお祝いを言われたので、私もお祝いを言う。
「サミュエルもおめでとう」
サミュエルは、少し肩を竦めた。
「私は、父上が古文書を王家に献上したからだ。ペイシェンスは、自らの働きで女準男爵バロネテスに叙されたのだから誇って良い」
わっ、サミュエルって良い子だよね。頬にキスしちゃおう!
なのに、サミュエルときたら、察知して逃げちゃった。この年頃になると親戚のお姉ちゃんにキスされるのは恥ずかしいのかな? ナシウスも恥ずかしがる年頃になったし、いずれはヘンリーもなのかな。寂しいよぉ!
夜、ベッドで一人っきりになった時『おめでとう』とペイシェンスが祝福してくれた。色々とやらかしてしまったけど、ペイシェンスが認めてくれた気がしてホッとしたよ。
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