第22話 音楽会の後で……
楽譜がお金になる! それと、父親が秋からロマノ大学の学長になる!
私はお金に弱い。あれほど来るのが憂鬱だった音楽会なのに、気分上々だ。
それと、今までは前世の偉大な音楽家のパクリで、少し気が引けていたのに、楽譜が売れると聞いたら、本来なら余計に罪悪感を持つ筈なのに、ハノンに書き直すのはかなり苦労したから良いかなって思うようになってしまった。
良心を金に売った感はあるけど『異世界に素晴らしい曲を提供するのだから良いよね!』なんて、アルバートに影響されまくっているよ。いや、やはり金に影響されているんだ。これは気をつけなくてはいけないね。結婚相手を選ぶのに金で選びたくないもの。ああ、でも弟達には援助を続けたいし、そこは理解ある相手じゃないと無理だな。
そんな俗な事を考えながら、ハノンを弾いたり、サミュエル達と合奏して音楽会は無事に終えた。
楽屋にもアルバートが付き添ってくれたから、拉致とかは無かったよ。まぁ、チャールズ様がそんな事を公爵にさせるとは思わないけど、召使いは大勢いるからね。ノースコート伯爵夫妻の目の届かない場所にいる時、楽屋にアルバートがいてくれて安心だったのは確かだね。かなり、アルバートの株が上がったけど、音楽漬けは御免だな。
「そろそろお茶にしましょう」
かなり遅い時間のお茶になったのに、チャールズ様が言い出した時、ラフォーレ公爵は少し不満そうな顔をした。
「皆、お疲れ様だったな。休憩しよう」
アルバートも兄に賛同するので、渋々ラフォーレ公爵も席を立つ。それに、公爵は『ブラボー』とか一人で騒いでいたから、喉が渇いたのに気づいたのかもね。
リリアナ伯母様は、今回の音楽会でかなりアルバートの評価を上げたみたい。他の音楽クラブのメンバーを世話をするマメさに気づいたのだ。確かに、音楽クラブの部長としては良いんだよ。サミュエルにも曲が被らないようにとか気遣いを忘れていなかったしね。
お茶会の間も、楽士達が演奏していた。ご苦労様だけど、ラフォーレ公爵が機嫌が良いのが一番だよ。
演奏の邪魔にならないように、控え目な会話を大人達はしていたが、私達は黙ってお茶を飲んだ。
「私達は一番遠いので、そろそろお暇致します」
ティーカップを片手に、もう片手で演奏のリズムを取っていたラフォーレ公爵は、ノースコート伯爵の暇乞いに殆ど無意識に頷いた。
「では、お先に失礼致します」
チャールズ様やアルバートや他の招待客にも素早く挨拶すると、私達はラフォーレ公爵家から屋敷へと帰った。
「早く帰るのですね」
サミュエル、貴方はダニエル達ともう少し一緒にいたかったのかもしれないけど、もう少し周りを気にした方が良いよ。特に、私がラフォーレ公爵と縁続きになりたくないと思っているとか察してよ。アルバートだけなら、まだしも……あの舅とペアは無いな。音楽しか考えていないのだもの。
「これ以上遅くなると、晩餐を一緒にとか、泊まっていくようにと勧められるからな。ホストが親切に勧めるのを断るのはマナー違反になるし、勧められる様な事態になる前に帰るのが良いのだ。サミュエルも覚えておきなさい」
そう、そう! サミュエルもしっかりと貴族の付き合い方を覚えなくてはね。ノースコート伯爵は、ラフォーレ公爵が好きな音楽に没頭している隙に暇乞いをしたのだ。こういうテクニックを私もおぼえなくてはね!
「それにウィリアムがロマノ大学の学長になるなんて、とても嬉しいわ」
そうだよね! リリアナ伯母様にとっても、弟が免職中よりは嬉しいよね!
「ロマノ大学学長は、グレンジャー子爵に相応しい。めでたい事だな」
ノースコート伯爵も祝してくれた。
「なら、ナシウスもロマノ大学に行けるかな?」
ああ、サミュエルはずっとその事を心配してくれていたのだ。奨学金の事を言えなくて、可哀想な事をしたな。一緒に勉強していたら、ナシウスが賢いのは気づくものね。そのナシウスがロマノ大学に行けないかもしれないのに、自分が行くのを苦にしていたのだ。
「勿論、学長の息子が進学しないなんて有り得ませんよ」
リリアナ伯母様は、グレンジャー家の出身だからね。きっと歴代のグレンジャー家の子息はロマノ大学を出たのだろう。令嬢は進学しないで結婚したのかな? 私が進学するのを反対するのだろうか?
まぁ、それはビクトリア王妃様からの奨学金だから、反対しようもないだろうけどね。これは本当に有難いよ。
「なら、ナシウスと一緒にロマノ大学に入学できるように私も勉強を頑張らなくては!」
ナシウスは一学年下なのだけど、ノースコート伯爵夫妻も追い付かれるのは当然だと頷いている。そして追い抜かれず、一緒に入学したいと言うサミュエルに頑張れと微笑んでいた。
やはり、グレンジャー家は学問の家だからかな? 私は前世の知識があるから、中学、高校程度の勉強ができて当たり前なのだが、ナシウスはマジ天才だと思う。勿論、ヘンリーも賢い子だし、運動神経抜群だしね。弟達への愛が止まらないよ!
「リリアナ伯母様、王妃様はこの前の離宮訪問の時もロマノ大学学長の件は仰らなかったのです。弟達には教えてやりたいのですが、駄目なのでしょうか? 前に、秋には職に就けるみたいな事は言われたのですが……」
屋敷に帰ったら、すぐに弟達に教えてやりたい。でも、ぬか喜びにならないか、少し不安になってきた。
「まぁ、ラフォーレ公爵家のチャールズ様が言われたのです。もう、決まっているし、ウィリアムも学長になる為の準備を始めていると思いますよ。だから、ナシウスやヘンリーに言っても大丈夫です。ただ、他所では学長になるまでは言わないようにすれば良いだけですわ」
良かった! これを秋まで内緒にしておくのは辛かったんだ。
「それにしてもウィリアムは、こんな大切な事を家族にも話さないなんて、父親失格ですわ。ペイシェンスの苦労を知らないのかしら?」
リリアナ伯母様の弟への非難は手厳しいけど、私も同感だよ。そりゃ、学長になってから話すという気持ちも少しは理解できるけど、家族に対する思いやりを持ってほしいなど、内心で愚痴っているうちにノースコート伯爵館に着いた。屋敷というより、防衛拠点の館だよね。
かなり遅くはなったけど、夕食の時間には間に合ったと思う。時計、ロマノに帰ったら買おう! 高価だけど必要だ。
「お姉様、おかえりなさい!」
わっ、ヘンリーが館から駆け出してきた。後ろから、ナシウスも来たよ。
「ただいま!」
先ずは二人を抱きしめる。ああ、幸せ!
でも、サミュエルを意識しているナシウスはすぐに離したよ。同じ年頃の男の子の前では、子供っぽい格好はしたくないみたいだからね。
ヘンリーは、そんな事は考えないタイプかも。
「お姉様がいらっしゃらない間もちゃんと勉強していましたよ。午後からはナシウスお兄様と剣の稽古をしました」
お留守番もちゃんとできたみたい。グレンジャー家ならともかく、ノースコート伯爵家だから少しだけ心配していたんだ。メアリーも私に付いていたから、いなかったしね。
「そう、よくできましたね」
早く父親の件を言いたいけど、玄関先で話す事じゃないよね。
「あっ、ナシウス、ヘンリー! グレンジャー子爵は秋からロマノ大学の学長になられるそうだ。おめでとう!」
サミュエル、一番良いところを攫っていったね。怒るぞ!
「お姉様、本当ですか?」
ナシウスが私に質問する。やはり、サミュエルより私を信頼しているんだね。
「ええ、本当ですよ。でも、学長になるまでは、他では話さないようにしましょうね」
横で真剣に聞いていたヘンリーが飛び上がって喜ぶ。
「やったぁ! お父様が学長になられるのだ!」
ナシウスも喜びに灰色の目を輝かしているが「ヘンリー、秋までは他所で言ってはいけないよ」と注意している。本当に賢い子だよ。
「さぁ、着替えて夕食にしましょう」
馬車で往復したから、さっとお湯に浸かって、夕食の為に着替える。私は、そっとヘンリーの部屋に寄って「お父様が学長になられて嬉しいわ」とキスをしておいた。
だって、ナシウスとは夕食は一緒だけど、ヘンリーとは別なんだもの。
「私も嬉しいです!」
ヘンリーは、これからお風呂に入って、メアリーの給仕で夕食だ。本当に、この習慣はやめて欲しいな。
今夜の夕食は、身内で父親の就職祝いになった。ナシウスもとても嬉しそうだ。良かったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます