第21話 音楽会で浮き浮き

 相変わらずラフォーレ公爵家の屋敷は巨大だね。前に立ち寄った時は王妃様や王子様や王女様が一緒だったから、ラフォーレ公爵や召使い達が総出でお出迎えだったけど、今回は違うよ。


 馬車が屋敷の前に止まると、執事が出迎えてくれた。ノースコート伯爵が先に降りて、リリアナ伯母様に手を差し出す。その後、サミュエルが降りて私をエスコートしてくれた。


 勉強嫌いを拗らせていたサミュエルも凄く成長したよね。親戚のお姉ちゃんとして嬉しいよ。


 応接室にはダニエル・キンバリーとバルディシュ・マクファーレンとクラウス・アーチャー達が家族と共に着いていた。彼らはラフォーレ公爵家と縁続きだと聞いていたから、近くに住んでいるのかも。


「ペイシェンス、よく来てくれたな!」


 豪華な服を着たラフォーレ公爵に熱烈歓迎されたけど、ここはノースコート伯爵夫妻の後ろに控えておこう。あっ、チャールズ様が招待した伯爵夫妻をスルーして私を手招きしているラフォーレ公爵を笑顔で止めて、ノースコート伯爵夫妻と挨拶している。笑顔って怖いものなんだね。


 アルバートはダニエル達と夏休みに新曲を作ったか熱心に話していて、私達が到着したのも気づいていない。ほら、リリアナ伯母様、アルバートは駄目でしょ!


 チャールズ様がキンバリー伯爵夫妻、マクファーレン子爵夫妻、アーチャー子爵夫妻にノースコート伯爵夫妻を紹介している。本来ならホストのラフォーレ公爵がするべきなんだけどさ。


「ペイシェンス、新曲をつくったのか?」


 ラフォーレ公爵は音楽にしか興味がない。そして、それを咎められるのはチャールズ様だけみたい。


「父上、そろそろ食事にしましょう」


 今すぐにでもハノンを弾いて欲しそうなラフォーレ公爵だったが「食事会の後は音楽会ですよ」と言われると「さっさと食べよう」と席を立った。


 チャールズ様に目で合図されたのをアルバートが奇跡的に気づいて、私をエスコートしに来た。もしかして、家ではアルバートはチャールズ様にかなり厳しくされているのかな? できる兄を持つ弟、何だかキース王子を思い出したよ。でも、アルバートは兄ラブブラコンじゃなさそうだけどね。


 お陰でラフォーレ公爵にエスコートされる事なく、食堂に着いた。


 食堂の長テーブル、ラフォーレ公爵が招待者の席だ。本来なら反対側はラフォーレ公爵夫人が着くが、そこにはチャールズ様が座る。


 上座にノースコート伯爵夫妻、キンバリー伯爵夫妻が両側に座り、マクファーレン子爵夫妻、アーチャー子爵夫妻、そしてその次にアルバートと私、サミュエル、向いにダニエル達だ。まぁ、男が多いのは仕方ないね。


 本当はチャールズ様は、ラフォーレ公爵の側に座ってフォローしたいみたいだけど、何とかノースコート伯爵夫妻とキンバリー伯爵夫妻が控え目にだけど場を仕切って和気藹々と食事会は進んだ。ラフォーレ公爵は、早く食事会を終えて音楽会を開きたいのか無口で食べている。後で、チャールズ様にやんわりと叱られそう。


 アルバートは近くにチャールズ様がいるのでお行儀が良い。いや、いつも食事のマナーとかは良いよ。時々、爆弾発言をするだけだ。勿論、私達もお行儀よく食事をしているよ。若い子は大人に話しかけられるまで、口を開かないのがマナーだ。


「ペイシェンス様の父上はウィリアム・グレンジャー子爵でしたね。秋からロマノ大学の学長になられると聞きました。ローレンス王国の学問の発展に尽くされるのですね」


 おおっと! そんな重要な情報が! 本当なら嬉しい。


「チャールズ様、本当でしょうか?」


 前にカザリア帝国の遺跡で、パーシバルからロマノ大学に芸術部門の学科が開設されると聞いてから、チャールズ様は王都であれこれ探らせたのだろう。意外と負けず嫌いだね。それか弟アルバートの為に音楽科について調べさせて、副産物で知ったのかも?


「ええ、私もロマノ大学に属していますから、グレンジャー子爵が学長に就かれるのをとても楽しみにしているのです」


 わぁ、嬉しい! 泣くのはマナー違反だけど、うるうるしちゃうよ。それに、王宮で他の貴族と争うより、学者肌の父親には学長の方が相応しいと思う。先走った策を奉じて、反対勢力の反発を招き、また免職になるのは嫌だからね。


「チャールズ様、教えて頂きありがとうございます」


 何とか涙を堪えて、お行儀良くお礼を言う。ペイシェンスも久しぶりに『嬉しい!』とはしゃいでいるよ。早く、ノースコート伯爵家に帰って、弟達にも教えてあげたい。


「ペイシェンス、良かったな」


 我慢していたのに、アルバートの一言で涙が溢れた。ナプキンでサッと拭いたから、上座の大人達には気づかれなかったと思う。


「ありがとうございます」と礼を返す時には微笑んでいたと思うよ。少しわざとらしかったかも。だって、にまにまが止まらないんだもの。


 この前、夏の離宮で教えてくれても良かったのにと王妃様に内心で愚痴る。でも、まぁ本当に就任するまでは、なるべく内緒にしておいた方が良いのかな?


 兎に角、父親が働いてくれるのだ! 本当に嬉しいよ! 食事は上の空だったけど、身についたマナー通りに食べていた。


「さぁ、音楽会だ!」


 まだ、お茶とデザートの途中だよ。まぁ、ここにいる皆がラフォーレ公爵の音楽愛は知っている。


「デザートを楽しみたい方はどうぞごゆっくりして下さい」


 ああ、今夜はチャールズ様の説教タイムだね。でも、全員がラフォーレ公爵の言葉に従ったよ。砂糖ザリザリのケーキに手を出したのは、サミュエルだけだったしね。


 なんと、ラフォーレ公爵家には音楽の為にコンサートホールがあった。音楽サロンっぽいのを考えていた私と音楽クラブの一年生達は動揺しちゃった。それに、ラフォーレ公爵家の楽士達もスタンバイしている。


「さぁ、音楽会を始めよう!」


 公爵は一番前の椅子に座る。チャールズ様が招待客を席に案内している。


「ペイシェンスやサミュエルやダニエル達は彼方だ」


 昼食会の間は行儀良く黙っていたアルバートが仕切り出す。まぁ、誰かに仕切って貰った方が楽だから良いんだけどね。


 舞台に出入りする楽屋口に近い席に私達は座る。


「では、音楽を!」


 私達が座るのを待っていた公爵が、楽士に命じる。あっ、これはグリークラブの演目だよ。


 前世のミュージカル曲のパクリだけど、メロディラインしか覚えてなかったので、かなり編曲されている。


「この譜面はアルバートから貰ったのだが、元はペイシェンスが作ったそうだな。私は、音楽家を保護するべきだと思っているし、聖皇国に取られるのは業腹だ。だから、この楽譜を買い取ることにした」


 えっ、楽譜を買ってくれるの? 前世では楽譜を売っていたけど、ここではどうなっているか知らない。


 私が戸惑って目をパチパチしているのが可笑しいと、チャールズ様とアルバートが笑う。


「ローレンス王国の芸術を保護するのも貴族の勤めだ。学者や芸術家のパトロンになるのも大事だし、劇場を建てたり、美術館を建てたりするのも良いが、楽譜の販売は大衆にも音楽を広める意義があると思う」


 あら? チャールズ様は音楽保護に反対していないんだね。まぁ、育った環境からして音楽漬けだろうし。


「まぁ、大衆に音楽を理解できるかは分からないが、裾野を広げる方が良いのは同意だ。それに、新曲を音楽クラブで発表しても、それを世間に知らしめないと無駄だからな」


 アルバート部長がまともな事を言っているよ。


「そこら辺の法の整備も必要だが、先ずは楽譜をラフォーレ公爵家で売り出す事にしたのだ」


 私達が話しているのを苛々して聞いていたラフォーレ公爵が、楽士に次の曲をと命じる。


「この次は、ペイシェンスだ。何か他のメンバーが知らない曲を弾いてくれるか?」


 アルバートに耳元で囁かれると、ドキドキしちゃう。父親の就職と楽譜が売れて、気分が浮き浮きしているから、何とは無くアルバートに好意を持っちゃった。金に弱いのは駄目だな。


「わかりましたわ」とお上品に答えるけど、頭の中では楽譜で幾ら儲かるのか金計算していた。

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