第13話 ノースコート港見学に行こう!

 アンジェラが来るまで、いつも通りの夏休みを過ごそうと考えていた。午前中は勉強、昼からは海水浴や、まぁ嫌だけど乗馬。そしてサミュエルや弟達が剣術訓練している時は刺繍とラシーヌが持ってきた色鮮やかな布を染めてみようかなと思っていたのだ。

「このままでも使える生地もあるけど、やはりローレンス王国では人気が出そうも無い生地もあるわね」

 多色使いされている生地は、服にもインテリアにも向かない。

「これに紅色を上から染め足したらどうなるのかしら? 薄い茶色だと渋くならないかな? ブルーだと赤は紫になるのかしら?」

 サティスフォード領に行けば、染色の道具なども揃えてくれるだろうけど、先ずは自分の好奇心を試したい。面白そうなんだもん。

「リリアナ伯母様に染める道具があるか聞いてみないといけないわ」

 できたら染料を煮出す窯もあると良いのだけど、そこまでは期待しないで尋ねた。

「染め物の道具ならあると思いますわ。前は兵士や使用人の服などは染めていた筈ですもの」

 あるんだ! やってみたいけど、良いかな?

「ラシーヌ様から頂いた布を染めてみたいのです。道具を使っていいでしょうか?」

 リリアナ伯母様は「良いですよ」と簡単に許可をくれた。

「でも、染料は古くなっているかもしれませんわ。染めるより、染めた布を買う方が手間がかかりませんからね」

 私は、メアリーと一緒に元染め場に案内して貰った。

「まぁ、とても広いのね!」

 私が想像していたのより広くて驚いた。

「お嬢様、お気をつけて。地面に壺が埋めてあります。多分、染料の壺ですわ」

 ノースコートの召使いや兵士達の制服をここで染めていたのだろう。本当に染め物工房みたいだ。

「でも、中身は無いのね」

 藍染みたいなのも良いなぁと思ったのに、壺の中は空っぽだった。残念!

「布を数枚染めたいの。染料は窯で煮たら良いのかしら?」

 まだ染色は習っている途中だ。メアリーの方が詳しいかもしれない。

「確か煮出す染料もあります。それより染料はどうされるのですか? 棚に小さい壺が並んでいますが、古くなっているかもしれません」

 そうだね。染料が無くては染められない。棚を探してみよう。

「ええっと、これはインディゴかしら? 古くなっているけど使えたら良いのだけど」

 何個か染料の残りは見かけたけど、かなり年代物だ。

「染料は古くなると上手く染められませんよ」

 染色や織物には肯定的なメアリーだけに、古い染料はお勧めできない感が真に迫っている。リリアナ伯母様に気まぐれで思いついた物にお金を払って買って貰う程では無い。

「染料になる材料を育てられたら良いのだけど……」

 染色の授業で使った植物を思い出す。玉ねぎの皮は捨てる物だから良いよね。それと紅茶の葉っぱも使った後のでも良い。庶民に売るなら、安い染料じゃなきゃ駄目だ。

「そうだわ! ノースコートの町で染料になる植物の種を買えば良いのよ」

 黄色系と茶色系は玉ねぎの皮と紅茶で良いけど、赤や青や緑も欲しい。材料は染色で習っている。それに町で買い物をしてみたいんだ。

「欲しい種があるなら、私が買って来ます」

 メアリー的には令嬢は町で買い物などしないみたい。でも、負けないぞ。弟達にも買い物させてあげたいんだ。あれっ、貴族の子息もそんなの必要ないのかな? いや、私は何事も体験で学ぶ派だよ。

「折角、ノースコートまで来たのですもの。町も見学してみたいわ」

 なのにメアリーは一歩も引かない。頑固なんだから! こうなったらリリアナ伯母様を説得した方が早い。

「伯母様、一度ノースコートの町を見学してみたいですわ。弟達はロマノから出るの初めてですもの。お土産も買いたいし」

 あれっ、リリアナ伯母様も良い顔をしない。困ったなぁ。

「お土産ならこちらで用意致しますわ」なんて言ってくるよ。どう説得したら良いのかな? 私は貴族の生活がよく分かっていない。転生して2年目だけど、貧乏貴族生活と寮生活しか知らないからね。確かに何十人も使用人がいるのに令嬢が自分で買い物に行く必要は無いのかもしれない。

 でも、意外な所から応援があった。ノースコート伯爵って初めは冷たい印象だったんだけどさ。意外と面倒見が良いんだ。剣術指南とかもしているしね。

「明日、私は港に用事で出かけるから、連れて行ってあげよう」

「まぁ、エリオット、貴方はお仕事で港に行かれるのでしょう? 大丈夫ですの?」

 それに、こんなにラブラブ夫婦だとも思わなかったよ。油断するとイチャイチャに巻き込まれちゃう。

「リリアナ、大丈夫だよ。それにサミュエルにもノースコート港を見学させたいと思っていたから、良い機会だよ」

 熱いなぁ、まぁリリアナ伯母様は美人だからね。それに港の見学が出来るのは嬉しい。

「ナシウス、ヘンリー、明日は港の見学だ!」

 サミュエルときたら、すっかりうちの弟達の兄貴気取りなんだから。私がお姉ちゃんなんだよ。でも、まぁ姉達とは年齢も離れているし、嫁いでいるからね。一人っ子みたいに育てられたから、兄弟ができた感じなんだろうね。


 次の日は朝から港へ馬車でお出かけだ。今日は午前中の勉強は無し。弟達に10ローム金貨を1枚渡したよ。

「これが10ローム?」

 ナシウスもヘンリーもお金を持つのは初めてみたいだ。えっ、私はメアリーがいつも支払いをするから……そう、私もお金を使うのは初めてだよ。

「自らお金など払われなくても宜しいのに」

 メアリーは渋い顔をしているけど、ノースコート伯爵は私の意図に気づいたのか、それともサミュエルにもお小遣いをあげたかっただけなのかは分からないけど、10ローム金貨を渡していた。

「これで、何が買えるのだろう?」

 サミュエルもお買い物なんかした事ないんだね。

「サミュエルも知らないの?」

 ヘンリーに聞かれて、サミュエルも困っている。

「普通、買い物は従僕がしてくれるからな」

 まぁ、それが普通かもね。

「サミュエルもロマノ大学に行ったら、自分でお金の管理をしなくてはいけない。友達との付き合いもあるが、無駄遣いは駄目だ。だが、ケチだと評判になってはいけない。なかなか難しいのだ」

 そうか、王立学園では教科書も無料だし、教材も無料だ。上級食堂サロン以外ならほぼ金は必要ない。せいぜいノートやインク代程度だ。

 今は上級食堂サロンの代金は保護者が支払っているが、大学は自分で一食ずつ払うのだろう。教科書代もいるのか、やはり節約しなくてはね!

 なんて思いながら馬車でノースコート港に向かう。一台目はノースコート伯爵と私とサミュエルと弟達。これで十分じゃないかと思うけど、二台目にメアリーとサミュエルの従僕といつも弟達の世話をしてくれている召使いが一人ついてきている。夏の離宮には二人ついて来ていたけど、流石に二人はいないよ。

「サミュエル、あそこが港の管理所だ。兵士達の詰所も兼ねている」

 前の港湾管理組合みたいな物なのかな。それと警察と漁業組合を兼ねているのかも。ノースコート港には商船も停泊しているが、漁船も多い。

 伯爵はここで話があるみたいで、馬車から降りる。後ろをゾロゾロとついて建物に入るけど、管理事務所に入るのはサミュエルと私だけだった。弟達は従僕達が港を案内してくれている。

「伯爵様、ようこそお越し下さいました」

 管理している男の人達が出迎えたよ。

「ガンバード、今日は息子のサミュエルと姪のペイシェンス・グレンジャーを連れて来たのだ。手短に問題を話してくれ」

 ガンバードって人が責任者みたいだね。大きな部屋の奥の部屋に案内された。ノースコート伯爵の横に私とサミュエルが座る。

「今日は荷物下ろしの手数料の値上げの件ですが、やはり隣の港と同額では競争になりません」

 私達は黙って聞いているだけだ。隣の港ってサティスフォード子爵の治めている所だよね。あちらは商売繁盛っぽい雰囲気がするよ。

「サティスフォード港は、こちらより地理的に有利だからな。商船を増やしたいのはやまやまなのだが、彼方からの方がロマノに近い」

 荷下ろしの手数料を値上げしたら、収入は増えるけど、サティスフォード港と同額だと競争にならないんだね。私達は二人の話し合いを黙って聞いていた。

「では、サティスフォード港より少し安い値段までさげよう」

 サミュエルも黙って聞いていたけど、弟達と合流したくてお尻がむずむずしている感じだ。いつかは相続して、この港も治めるんだよ。しっかり聞いておかないと、なんて思っているけど、本音は私も早く弟達と一緒に港の見学をしたいよ。

「サミュエル、ペイシェンス、待たせたな。さぁ、港の見学をしよう」

 やったね、やっと港の見学だ!

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