第61話 湯たんぽと糸通し
ルイーズのせいで気分がもやっとする。「そんなに側仕えになりたいのなら、寮に入れば良いのに!」
ちょっと怒鳴ったらスッとした。ペイシェンスはお淑やかだけど、私にはガス抜きが必要だ。湯たんぽと縫ったカバーを布で包む。糸通しは紙に包んだよ。荷物が多くなったけど、そろそろ3時間目が終わるからマーガレット王女の部屋に行かなくてはいけない。
王宮では湯たんぽをゾフィーが持ってくれた。令嬢は荷物なんか持ってはいけないようだ。
「お母様、帰りました」
マーガレット王女もお淑やかに挨拶する。
「マーガレット、お帰りなさい。ペイシェンスも座りなさい」
マーガレット王女の横の椅子に座る。
「ペイシェンスが作った湯たんぽをお母様とジェーンにもと持ってきたの、それと糸通しもね」
ゾフィーが王妃様の前に湯たんぽを置く。
「これは、どうやって使う物かしら?」
マーガレット王女が説明してくれたよ。実際に使っているから、よく分かるね。
「夜、寝る前にここからお湯を入れておけば、お布団の中が暖かくて眠りやすいのです。その上、その中のお湯で朝は顔を洗えるのよ」
王妃様は微笑んでマーガレット王女の説明を聞いていた。
「これは魔石や薪をいっぱい買えない人々にとって良い物ですね。ペイシェンス、ありがたく頂きますわ」
流石、王妃様はすぐに貧しい人達の事を考えたんだね。私は紙に包んだ糸通しをマーガレット王女に渡す。
「これもペイシェンスが作った糸通しです。私も裁縫と刺繍の時間に使っていますが、とても便利ですわ。お母様とジェーンにもと思ったのです」
王妃様は紙を開くと糸通しを見て、使い方が分かったようだ。
「ペイシェンス、これは便利そうですわ。それにマーガレットが真面目に裁縫と刺繍の授業に取り組んでいるようで嬉しいわ」
王妃様は湯たんぽが3個あるのに気づいた。
「あら、私とジェーンの分だとマーガレットは言ったけど、これは?」
私はショタコンなので、マーカス王子の分を作ったのだけど、本当は王様の分の方が良いのかな?
「マーカス王子の湯たんぽです。弟達も夜ぐっすり眠れると言っていますから」
王様はバーンズ商会で買って貰おう。ショタを優先しちゃった。王妃様は「ほほほ」と笑う。
「ペイシェンスは自分より弱い者に優しいですね。それは素晴らしい事です」
そんな立派な理由では無かったのでお尻がむずむずしちゃうよ。
「青葉祭のグリークラブの発表の為にペイシェンスは素敵な曲を何曲も作りましたのよ」
マーガレット王女も頑張ってマナー1は合格したんだけど、やはり学園についての質問は避けたいようだ。私は何曲か弾いて、王宮から馬車で送って貰ったよ。
弟達と1晩多く過ごせるのは嬉しいね。夕食までは子供部屋で居ない間のチェックだよ。
「お姉様、頑張って学年飛び級できるように勉強します」
ナシウス、そんなに頑張らなくても良いんだよと言いたくなる。でも、初等科の授業より、中等科の方が面白いのは確かなんだよね。
「無理をしない程度にしなさいね」
ナシウスは学科は簡単だろう。実技は体育はどの先生に当たるかが大きいね。カスバート先生だと大変だと思う。ラッセルも愚痴っていたからね。
私は土曜の午後はバーンズ商会に行くので、午前中にワイヤットと契約書について話しておく。
「この契約書で問題はございません。ここに子爵様の署名とお嬢様の署名をしてお持ちになれば宜しいかと存じます」
そしてワイヤットは手帳2冊を私に差し出した。
「何かしら?」
「これはお嬢様の銀行口座の取引帳です。バーンズ商会には、この口座に振り込むように伝えたら宜しいかと。そして後1冊は小切手帳になっています」
驚いた。リリアナ伯母様からサミュエルの家庭教師代として小切手が入ったらしき封筒を貰ったけど、まさか自分がこんな物を持つとは思っていなかったからだ。
「でも、これはグレンジャー家の為に使って貰いたいの」
私が色々と錬金術で考えているのは、ほぼ弟達の為だ。
「それは菜園や温室の物や内職で十分です。本来ならお嬢様に内職など……こちらは将来の為にお使い下さい」
11歳で小切手帳を持ったけど、この銀行口座にある額しか使えないのだ。つまり今は口座を開いた100チームしかない。でも、自分で自由に使えるお金は嬉しい!
父親に署名して貰う為に書斎へ行く。
「お父様、口座と小切手帳、宜しいのでしょうか?」
未だ、私だけの署名では契約も結べない子供なのに小切手を渡しても良いの?
「ペイシェンスが考えた品で得る利益なのだから、お前が使えば良いのだ」
ワイヤットと違って理想論だけに感じるけど、まぁ、良いか。
私の署名の下に父親が署名する。意外な事だけど、とても綺麗な筆跡だ。学者って字が汚いイメージがあったけど、貴族だもんね。あっ、ナシウスとヘンリーにもカリグラフィーを教えよう。
午前中の残りは弟達と縄跳びしたり、温室の苺を摘んで過ごす。2人共大きくなったので、苺は6粒まで食べて良い事にした。前世の苺ほど大きくないしね。バーンズ公爵家に持って行くお土産の苺も摘んだよ。
約束した通り、カエサル部長が馬車で迎えに来てくれた。父親に挨拶して、私はメアリーと馬車に乗る。今回はバーンズ商会で買い物をしたいから、メアリーはワイヤットからお金を貰って来ている。令嬢はお金も持たないようだ。侍女が払うみたい。そう言えば、異世界初の買い物だね!
今回はバーンズ公爵夫人も同席されていた。凄いゴージャスな美人! カエサル部長のお母様なんだよな? カエサル部長はほぼバーンズ公爵の遺伝子だけみたいだよ。こんな華やかさは持ってないもん。
「この方が錬金術クラブに入ったペイシェンス嬢なのね。カエサルが迷惑を掛けたら、私に言うのですよ。きっちりと叱ってあげますからね」
わぁ、見た目はゴージャス美人なのに肝っ玉母さんみたいだ。カエサル部長はお母様が苦手みたいだね。首根っこを押さえつけられているみたい。
「マリアンヌはペイシェンス嬢が気に入ったようだ。珍しいのだよ、この人が若い令嬢を気に入るのは」
公爵夫人はにっこりと笑う。異世界の笑顔って怖いよ。
「貴方こそ、ペイシェンス嬢がお気に入りでしょう。でも、若い令嬢に無理をさせてはいけませんからね。カエサルは錬金術に夢中ですから、自分が平気だからと気遣いを忘れてはいけませんよ」
確かに真っ暗になっても錬金術クラブは終わらないよね。ブライスだけが気をつけてくれている。
「ありがとうございます」と応えておくよ。私も注意しなきゃいけないんだけどね。
契約書にバーンズ公爵が署名して、これで訪問の目的は達成だ。
「王立学園から糸通しの件で早く納入して欲しいと言われていたのだ。これで生産に入れる」
あっ、宣伝の効果てき面だね!
「ペイシェンス、何かしたのか?」
カエサル部長は鋭いね。
「私は裁縫と刺繍の先生に試供品を渡しただけですわ。あっ、王妃様に湯たんぽと糸通しをお渡ししたから、王宮からも注文が入るかもしれません」
バーンズ公爵の目がキラリと光る。商機を感じたんだね。すぐに動き出しそうな公爵を夫人が止める。
「ペイシェンス嬢、お茶でも……アイロス、何処へ行くつもりなのですか?」
公爵は夫人に逆らえないんだね。お茶を飲みながら歓談するよ。
「前に話していた自転車はできたのか?」
やはり、諦めていなかったんだね。カエサル部長も呆れているよ。
「父上、自転車には未だ改良の余地が残っています」
きっぱり断るつもりだろうけど、それは拙いよ。ほら、食いつかれた。
「と言うことは、ほぼ出来上がったのだな。一度、見てみたい」
ほらね! カエサル部長、今更私に頼らないでよ。私は自転車が多く売られた方が良いと考えているんだもん。いつまでも改良して遊びたくて作っているんじゃないよ。無視してお茶を飲む。良い香りだね。
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