第62話 初ショッピング
バーンズ公爵夫妻とのお茶を終えて、私はカエサル部長にバーンズ商会に連れて行って貰う。口座とかの手続きはパウエルさんがするそうだ。
へへへ、嬉しいな。初ショッピングだ! にまにましていたらメアリーに袖を引っ張られた。令嬢らしく無いみたい。
「ペイシェンス、何か変だぞ」
カエサル部長にも不審がられたよ。
「私、初めての買い物なのです。いつもはメアリーに買ってきて貰うので」
「貴族の令嬢ならそれが普通だろう」だなんて、カエサル部長は分かってないね。
前世でもネットショッピングもあったけど、自分で見て選ぶのが良いんだよ!
バーンズ商会に着いた。先ずは支配人のパウエルさんに会いに3階まで上がる。ふぅ、これだけでも息が切れるって、本当に体力強化しなくちゃね。
「ペイシェンス、大丈夫か?」
カエサル部長にも呆れられたよ。メアリーは平気そうだ。やはり、体力が無さすぎだ。
「パウエルさん、この口座に使用料は振り込んで頂きたいのです」
新品の銀行取引手帳を差し出す。
「お前、こんなの持っているのか?」
「今回の件で作って下さったのです」
パウエルさんは、口座の番号を帳面に書き込んだ。薄利多売を目指して欲しいので、そんなに利益は無いだろうけど、自分の自由に使えるお金は嬉しいね。
「後は買い物をしたいので、カエサル部長は屋敷に帰って貰っても良いのですが……」なんて言ったら、カエサル部長に睨まれちゃったよ。
「グレンジャー子爵からペイシェンスを預かったのだ。そんな途中で放り出したりはできない」
異世界のマナーは大変だね。と言う事で、3人でバーンズ商会を見て回る。
「何が買いたいのだ?」
もう、カエサル部長ときたら、何を買うかだけじゃなくて、あれこれ見てから買う物を決めるんだよ。分かってないな。
「下男のジョージのマントを買いたいのです」
カエサル部長だけでなくメアリーまで変な顔をする。
「そんな物をお前が買わなくても良いのでは?」
メアリーも頷いている。
「私はマントに撥水加工をしたいと考えているのです。雨や雪の日も濡れなくて済むでしょう?」
カエサル部長が頭を抱え込んだ。
「また、お前は突拍子も無いことを言い出すんだな。そんな物が出来たら、どれだけの商品が開発できるか分からないのか?」
「そのくらい分かっていますよ。だから、実験してみたいのです。上手くいけば荷馬車の天幕やテントなどにも利用できますわ」
カエサル部長の目が光る。あっ、アルバート部長みたいだ。
「そんな事を口にするのは、何か思いついているからだな。言ってみろ!」
凄い迫力に、思わずメアリーの後ろに逃げ込むよ。
「未だ実験をしてみないと、上手く出来るかわかりませんわ。ただ、思いついただけですもの」
メアリーを挟んで言い合う。
「では、思いついた事を言ってみろ。これからベンジャミンも呼び出して実験をしよう!」
もう、こうなったら手伝ってもらおう。自分だけでは配合とか面倒だもの。
「スライム粉は水を加えると固まるでしょう。それに何かを足して撥水力をつけたのを、布に塗れば良いと思ったのです」
「ううむ」と唸りだしたので、私はメアリーの後ろから出る。
前世の撥水スプレーはシリコン樹脂だった筈。ズックやスェードの靴を買ったら防水スプレーをしていたから、内容もチェックして知っているよ。
そのシリコンは二酸化ケイ素から作られるんだよね。それは石英や水晶の中にあるって、化学の授業で聞いたけど、異世界では如何なのかな? あっ!
「あのう、ガラスの素材の珪砂はありますか?」
私って馬鹿だ。珪砂は石英が砕かれた二酸化ケイ素じゃん。化学をもっと勉強すべきだったよ。
「それなら錬金術クラブにあるぞ。スライム粉もな」
「それなら、マントを買ったら良いだけですわ。他にも実験をしたい事がいっぱいあるから、刺繍糸も買わないといけませんわ。魔石も必要かも?」
サリエス卿のマントに守護魔法陣の刺繍をしたいけど、やはり魔石が無いと無理だと思う。あの資料の中にも英雄のマントには魔石が縫い付けられていたとの記述があったから。魔法陣を動かすのは魔石だからね。
「なぁ、ペイシェンス、何を考えているのか、教えてくれないか? 撥水加工だけでは無いのだろう」
魔石でカエサル部長は、守護魔法陣の刺繍付きマントに勘づいたようだ。
「これはキューブリック先生から頂いた資料にあった物なのです。守護魔法陣の刺繍のついたマントを英雄が羽織っていたとか……」
わっ、カエサル部長の顔が近いよ。思わずメアリーの後ろに逃げ込む。
「それは
メアリー越しに叫んでいるよ。男の子って英雄物語が好きだよね。ペイシェンスも読んだ事あるみたいだけど、そんなに興奮はしなかったよ。メアリーは私を庇うように手を横に広げて立っている。
「ええ、キューブリック先生の資料にもそう書いてありましたわ。でも、それが本当かどうかは分かりませんのよ。第一騎士団に所属している従兄弟が弟達の剣術指南をしてくれているから、お礼に作りたいと思っているだけです」
「馬鹿か! そんなレベルの話では無いだろ!」
カエサル部長はそう叫ぶと、その場に座り込んでしまった。具合が悪いんじゃ無ければ良いけど……パウエルさんがやってきたよ。令嬢を侍女越しに怒鳴ったりしたら、人目を引くよね。
「カエサル様、ここで騒がれては困ります。どうか、支配人室に……」
すっくっと立ち上がったカエサル部長は、大きく深呼吸して、私に謝った。
「ペイシェンス、大きな声を出して、申し訳ない。興奮し過ぎたようだ。守護魔法陣のマントは私の憧れだったから、理性を無くしてしまった。侍女にも迷惑を掛けたな。何か欲しい物は無いのか、償いをしたい」
私が後ろに隠れたから、メアリーは真正面からカエサル部長に怒鳴られたのだ。
「メアリー、御免なさい」私も謝るよ。
「いえ、宜しいのです」と少し青い顔をして頷く。うん、今度からはメアリーを盾にしないよ。
「メアリー、お詫びに魔法灯を買ってあげるわ。針仕事は蝋燭よりしやすいでしょう。それと魔石はカエサル部長に買って貰いましょう」
カエサル部長はそれでお詫びになるのならと魔石を何個も買ってくれた。
「これで当分は魔法灯が使えるわね」
メアリーは「良いのですか?」と目で尋ねる。
「迷惑を掛けたお詫びですもの。受け取って」
後、男物の大きなマントに魔石に刺繍糸もいっぱい買ったよ。刺繍屋さんで買っても良かったけど、パウエルさんが社員割引してくれるって言うから。
「その魔法灯は私が払う」なんてカエサル部長が言うから、断るのに難儀したよ。でも、これは私が払うよ。メアリーを盾にしたのは反省しなきゃいけないからね。それにしてもパウエルさん、値引きし過ぎじゃない?
「あのう、これでは魔法灯だけの値段ですわ」
「いえ、これからもお付き合いが長くなりそうですから」
なんてにっこり笑うパウエルさんだけど、きっとカエサル部長の迷惑料も含まれているのだろう。
「ありがとうございます」
ここは好意は有り難く受けておこう。撥水加工の生地ができたら、販売は任せよう!
ショッピングは終わって、馬車で家まで送って貰う。でも、カエサル部長は諦めが悪いんだよね。
「ペイシェンス、撥水加工はいつ試すのだ? それと守護魔法陣のマントはいつから作るのだ?」
メアリーが呆れているよ。
「撥水加工は錬金術クラブで色々と試して見ようと考えています。守護魔法陣のマントは魔法陣はキューブリック先生の資料で良いと思うのですが、刺繍糸はこれから考えなくてはいけないと思っています。資料も少ないし、紙や石に書くのなら動きませんが、マントははためきますから、刺繍糸に魔力を通す性質が必要かもしれません。それに魔石を付ける遣り方も考えなくては……だから、そんなに急にはできませんよ」
カエサル部長は最後まで私の言葉を遮らず聞いた。この点は良いよね。あのお母様に仕込まれたのかも。さっきは忘れていたようだけど……
「そんな資料を持っているのにキューブリック先生は私に何故見せてくれなかったのだろう」
悔しそうなカエサル部長だ。
「それはキューブリック先生に尋ねてみた事が無いからでは? それと染色と刺繍が出来ないからだと思いますわ。糸の加工が問題だと思いますもの」
カエサル部長はフッと笑った。
「染色と刺繍か……それは私には無理だな。だが、ペイシェンス、その資料を私にも見せてくれないか? キューブリック先生には私から許可を貰うから」
勝手に見せるのはどうかと思うけど、キューブリック先生が許可するなら良いよ。
「ええ、私も未だ考え始めたばかりですから、カエサル部長にも手伝っていただけると嬉しいですわ」
パッと顔を綻ばせたカエサル部長は、結構ハンサムだと今時分になって気づいたよ。
「頑張ってマギウスのマントを作ろう!」
わっ、大変そうだよ。洗濯機、自転車、アイスクリームメーカー、撥水加工、守護魔法陣のマント、ヘアアイロン。うん、錬金術クラブにハマったようだ。
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