第38話 錬金術クラブで特許

 月曜の午後からは魔法使いコースの選択科目ばかりだ。魔法使いコースも騎士クラブ廃部の話題で騒いでいる。でも、どちらかと言うと「良い気味だ!」という感じの意見が多いみたいだ。魔法クラブも被害を受けていたから当然な反応なのかも。

「あら、ベンジャミン様は錬金術2は飛び級されたのでは?」

 私はもっと魔法灯を作りたいのと、錬金術3が今の時間割のどこにも入れられないので、キューブリック先生に頼んで錬金術2の授業に来たのだ。

「まぁ、ここへはペイシェンスを迎えに来たんだ。金曜は閉門ギリギリまで粘って明るさの調整ができる魔法陣を考えていたのさ。やっとできたからペイシェンスを呼びに来たわけだ」

「えっ、できたのですか? でも……」

 私が躊躇っていると、キューブリック先生は笑って「行ってこい!」と言ってくれた。

「元々、ペイシェンスは錬金術2は合格なのだ。秋学期に錬金術3を取るのを忘れるなよ」

 許可も出たので、錬金術クラブに行く。カエサルが待っていた。

「よう、ペイシェンスよく来たな」

 カエサルは本当にいつも錬金術クラブにいるようだ。

「カエサル部長は授業を受けなくて良いのですか?」

 心配になるよ。必須のダンスも履修届けを忘れていたしね。

「あっ、ペイシェンスにも言っておくが月曜と水曜の午前中はいないぞ。薬草学と薬学の単位が取れていないのだ」

 うん? カエサルは5年生だよね。

「薬学2と薬草学2では?」

 ベンジャミンが嬉しそうに笑う。

「カエサル様も薬学と薬草学には苦労しているのさ」

 フン、と横を向くカエサルは、意外と幼く見える。そっか14歳か15歳なんだもんね。でも、背がひょろりと高いからショタの守備範囲では無いんだよね。

「そんなことより、ほら明るさの調整ができる灯の魔法陣を書いたのだ。試してみよう!」

 金曜の錬金術クラブで基礎とガラスのカバーは作っている。

「ツマミはこれで良いのでしょうか?」

「駄目なら、また考えて作れば良いのさ。早く魔法陣で上手く明るさの調整できるか知りたいんだ」

 わざわざ私を待っててくれたんだね。では、組み立てるよ。

「基礎にこの魔法陣を置いて、ツマミをセットする。点くかどうかチェックしますね」

「点くのは分かっているが、明かりの調整ができるかが問題なのだ。ツマミを回してみろ」

 ツマミをぐるっと回すと明るくなった。そして、これからが問題だ。

「少しずつツマミを戻すんだ」

 少しツマミを逆に回したら、少し暗くなった。そして、もう少し回したら、もっと暗くなった。

「あっ、これなら眠るのに邪魔にならない明るさだわ」

 フン! と鼻を鳴らしたカエサルだが、凄く嬉しそうだ。そんな点は可愛いな。

 私はガラスのドーム型のカバーを取り付ける。

「完成だわ! これでヘンリーも寝る時に怖くないでしょう。私が家にいる時は、お休みの挨拶をした後、少し経ってから蝋燭を消しに行っていましたが、寮に入ったので心配していたのです」

 カエサル部長とベンジャミンが変な顔をして私を見ている。

「それは子守の仕事では無いのか?」

 ベンジャミンが不思議そうに質問する。お坊ちゃんだもんね。

「我家には子守はいませんわ。メイドと私で弟達の面倒をみていますの」

 カエサル部長は、何か察したみたいだが、話題を変える。

「ペイシェンス、他に作りたい物は無いのか?」

「作りたい物はいっぱい有りますが、それを作るには魔法陣の知識が無さすぎます。秋学期には魔法陣2を取って勉強しなくてはいけませんわ」

 この魔法灯もほぼカエサル部長のお陰で出来上がったのだ。

「そんなに作りたい物があるのか? ペイシェンス、言ってみろよ」

 カエサル部長が新曲を欲しがるアルバート部長に見えてしまう。

「そうだぞ! もうペイシェンスは錬金術クラブのメンバーなのだ。新しい魔道具のアイデアが有ったら、皆で作り出すのが錬金術クラブの真髄ではないか!」

 わぁ、ベンジャミンの髪が逆立ってきている。ライオン丸になりそう。

「私が欲しい物で良いのなら」

 あれば便利だと思う物はいっぱいあるよ。

「それで良いさ! さぁ、言うんだ!」

 まるで恐喝だね。では、いっぱい言うよ。

「私は生活魔法が使えますけど、使えない人の方が多いのです。だから、洗濯機が欲しいです。それと掃除機もね。あっ、お菓子を作る時に、私がいれば卵や生クリームを泡立てるのは簡単ですが、泡立て器も欲しいです。髪の毛を乾かすドライヤーも必要だわ。そして、去年の青葉祭で見た扇風機、あれに冷たい風が出る機能も付いた冷風機が欲しいわ。あと……」

 ベンジャミンに口を手で塞がれた。

「ちょっと待ってくれ! そんなに一気に言われても、混乱するだけだ」

 カエサル部長は「洗濯機とは何だ? 掃除機って何をする物だ? 泡立て器? ドライヤー? 冷たい風?」と混乱状態だったが、私に向かって一つずつ質問し始める。

「洗濯機は箱の中に水と洗剤を入れてかき混ぜて、汚れを落とす箱です。あっ、このかき回すのは扇風機の応用でできませんか?」

 説明してもわかり難そうなので、絵で描く。

「なるほど、これは扇風機の応用の魔法陣でできそうだ。だが、水を入れる魔法陣も必要だし、排水もいるな」

 あっ、このままでは洗濯物はびしょびしょのままだ。ええっと、全自動洗濯機の前の二層式洗濯機なら脱水もできるよね。

「これより良い洗濯機を思いつきましたわ。この洗濯機に脱水機能をつけるのです。洗濯槽と脱水槽に分けるのよ」

 2人とも全く理解していない顔だ。そうか、洗濯なんてした事も無ければ、している所を見た事も無いのだ。

「洗濯は水と洗剤でする事ぐらいは知っていますね?」

 かろうじて知っているみたいだ。2人が頷く。

「それはとても重労働なのです。それに洗剤は高いので、二層式だと節約できるのです」

 あっ、全く意味が通じてない。それから私は、二層式洗濯機の使い方を薬草学の時間まで説明した。

「なるほど、先ずは汚れの少ない洗濯物を大きい方の洗濯槽で洗剤を入れて洗う。そして、それを脱水槽に入れて脱水する。その間に汚れの多い洗濯物を洗濯槽で洗う。そこで、それを取り出し、汚くなった洗濯水を排水する。そこに脱水槽から汚れの少なかった洗濯物を洗濯槽に入れ、水を流しながらすすぐ。それが終わったら、脱水槽から汚れの多い洗濯物を出して、洗濯槽で濯ぐ」

 一気に2度使いを説明したのは間違えたかな?

「汚れの少なかった洗濯物を濯いだ後に脱水槽に入れるのを忘れていますよ。それに汚れが多かった洗濯物も濯いだ後に脱水槽で脱水しなくてはいけません」

 2人は溜息をついた。

「洗濯がこんなに大変だとは知らなかった」

「カエサル部長、これでお終いでは有りませんよ。干して乾かさないといけません。そして、アイロンも掛けないとくちゃくちゃですわ。あっ、アイロンの魔道具も絶対に欲しいです! 今のは中に炭を入れるから重くて、手が疲れてしまうの」

 ベンジャミンに呆れられる。

「ペイシェンスは本当に貴族の令嬢なのか?」

「まぁ、アイロンは王立学園の裁縫の時間でも使いますのよ。それに私は生活魔法が使えますから、洗濯などしたことはございませんわ。侍女のメアリーも許してくれないでしょうから」

 カエサル部長は、からからと笑った。

「私達にはペイシェンスが必要だったのだ。生活に必要な物を知らなすぎる」

 ベンジャミンは髪の毛を掻きむしっている。ライオン丸がこうして出来上がるんだね。

「二層式洗濯機の使い方が未だ理解できない」

 初めに2度使いを説明したのは失敗かも。

「二層式洗濯機の洗剤と水を節約する遣り方を考えて、複雑にしすぎましたわ。普通に使うなら、洗濯槽に水と洗剤と洗濯物を入れて回します。そして洗濯物を取り出して、脱水槽で脱水する間に洗濯槽の汚れた洗剤水を排水します。脱水し終わった洗濯物を洗濯槽に戻し、水を出しっぱなしで濯ぐ。濯ぎ水が綺麗になったら、脱水槽に洗濯物を入れて脱水するだけです」

 それでも複雑だとベンジャミンは眉を顰めるが、カエサル部長は完全に理解したようだ。

「ペイシェンス、洗濯機ができたら特許が取れるぞ。頑張ろう!」

「特許……でも、私には作れませんわ」

 ガッカリだよ。アイデアはあっても、魔法陣を作る能力が無いんだもん。

「何を言っている。特許にはアイデアが重要なのだ。これから皆で洗濯機を作るぞ!」

 気合いの入ったカエサル部長とベンジャミンだけど無情にも『カラ〜ン、カラ〜ン』と3時間目の終わりの鐘が鳴る。

「薬草学2の授業ですわ。温室まで行かなくては」

 私が椅子から立とうとすると、カエサル部長が「他の掃除機や泡立て器やアイロンやドライヤーや冷風機はどうするのだ」と引き止める。

「カエサル部長、私の欲しい物はもっともっと有ります。だから、時間を掛けて作りましょう」

 カエサル部長が唖然としているうちに、私は温室へと急ぐ。私よりかなり後から錬金術クラブを出た筈のベンジャミンにすぐに追いつかれてしまった。

「ペイシェンス、魔法使いコースに変更しないか?」なんて勧誘してこないでよ。もう!

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