第37話 嵐の予感

 寮に着いたけど、マーガレット王女はまだ王宮だ。

「そうだ、温室の薬草に水をあげなきゃ」

 コートを着直して、温室へ向かう。

「あらら、これは酷いわね」

 私の畝には大きくなった下級薬草がわっさりと生えている。でも、何筋かの畝の薬草は元気がないというか、枯れかけている。

「きっと金曜に水をやらずに帰ったのね」

 自分の畝だけでなく、元気の無い薬草にも水をあげたいけど、それでは薬草学の授業を受ける意味が無いのだ。

「あっ、ベンジャミンも忘れたのね。もしかしてブライスも」

 あの2人は錬金術クラブに遅くまでいたものね。私は土曜に水をやったけど、通学生は普通は来ない。

「今回だけよ」

 少し元気の無い薬草のベンジャミンとブライスの畝にも水をやっておく。

「あっ、アンドリューを忘れていたわ」

 いつもベンジャミンと喧嘩ばかりしているけど、同じクラスなので不公平は良くないよね。名札を見て、ついでに水をやっておく。

 寮に帰って冷えた身体を暖炉の前で暖めながら、法律の教科書を読む。

 ゾフィーに今回も「お着きです」と教えて貰った。うん、教科書を読むのに集中していたんだ。だって終了証書を貰いたいからね。

「ペイシェンス、リチャードお兄様から聞いたけど、貴女はパーシバルの再従兄弟なのね」

 リチャード王子の名前が出たので、ドキッとした。

「ええ、私の大叔母がモラン伯爵家に嫁いだそうです」

 マーガレット王女は少し考えて笑う。

「つまり、とても遠い血縁なのね」

 この話はどこに続くのか分からない。

「ええ、かなり血は遠いです」

 パーシバルみたいに超ハンサムはきっとモラン伯爵家の血筋だよ。ナシウスもヘンリーも可愛いけど、パーシバルみたいな誰もが見惚れるような美青年にはならないと思う。私がその分愛してあげるからね!

「ふうん、ならペイシェンスはパーシバルと結婚するのに何の問題も無いのね」

 私はゾフィーの淹れてくれた紅茶を飲んでいたのだが、咽せてしまった。

「申し訳ありません。結婚なんか、あるわけありませんわ」

 マーガレット王女は不審そうな目で私を見る。

「あら、そうなの。お兄様はパーシバルがペイシェンスを高く評価していると話されたわ。だから……でも、勘違いなのね。残念だわ」

 何が残念なのか聞きたく無いよ。きっと、キャサリン達が夢中なパーシバルが私と良い仲なら面白いとか何とかだろう。

「それよりグリークラブへの新曲を何曲か作って来ました」

 音楽ラブのマーガレット王女は、目を輝かせる。

「まぁ、何曲も! やはりいつもはサボっていたのね」

「違います。今回は従兄弟のサミュエルに楽譜を書いて貰ったのです。まだ清書はしていませんが、ほら私の書く楽譜と違いますでしょ」

 楽譜を見て「ペイシェンスのより勢い良く書いているみたいね」とサミュエルが一気に書いたのを察知した。

「サミュエルは一度聞けば、弾けると言ってたわね。という事は、この楽譜も貴女が一度弾いたのを聞いて書いたのね。本当にサミュエルは天才だわ!」

 御免、サミュエル。楽譜係になりそうだよ。

「これからは譜面に起こすのはサミュエルに任せたらどうかしら? そうすれば、何曲でも新曲を楽しめるわ」

 マーガレット王女に憧れているサミュエルなら、直接頼めば断りはしないだろう。でも、土日がそれで毎回潰れるのは嫌だよ。

「さぁ、サミュエルは乗馬クラブにも入ったようですから忙しいと思います」

 あっ、しまった。クラブの掛け持ちは禁句だった。マーガレット王女の眉が少し上がる。

「歌詞はアルバート部長にお任せしますが、新曲を弾いてみますね」

 あたふたとハノンに逃げた。

「まぁ、素晴らしい曲ばかりだわ。グリークラブにあげるのは勿体ないわね。他にも作ったらどう?」

 マーガレット王女の気紛れにはついていけないよ。

「清書してアルバート部長に渡しますわ。歌詞をつけて貰わないといけませんもの」

 ここからはアルバート部長に任せると決めた。後は、騎士クラブのごたごたについてマーガレット王女に話すかどうかだ。

 話したら、きっと叱られる。そんな暇があったならもっと新曲が作れた筈だと。

「マーガレット様、少し面倒なお話があるのです」

 私の顔を見て、マーガレット王女は何となく察したようだ。

「もしかして騎士クラブの件かしら。それは解決したと思っていたけど……そうね、卒業されたお兄様がパーシバルと会うなんて変ですもの」

 マーガレット王女も変だと思ってパーシバルと私の関係を探ったのかもしれない。あれこれ訊かれたよ。

「この1週間は嵐になりそうですわ。なるべく嵐に巻き込まれないようにしたいです」

 言ってても自分で信じてないので、虚しいよ。

「キースは大騒ぎしそうね。なるべく気に触る事はしないでね」

 えっ、私ですか? なんか不本意ですが、嵐が過ぎ去るまでは大人しくしておこう。


 そう決意したのに、夕食でばったり会ってしまった。だから、もっと早く食堂に行こうとマーガレット王女に言ったのに、新曲を自分で弾きたがったからだと内心で愚痴る。

「姉上、一緒に食べませんか?」

 側にはラルフやヒューゴもいる。マーガレット王女、断って欲しいな。

「ええ、でも貴方の学友も一緒に食べましょう」

 ああ、ラルフとヒューゴ、そんな顔しないでよ。元々、そちらはキース王子と一緒でしょ。あれっ、これって私がキース王子と揉めるのを心配しているのかな? マジ? そうなの?

 夕食は嵐の前の静けさだった。マーガレット王女は、特別室に帰ると溜息をつく。

「こんなの耐えられないわ。いつ、騎士クラブの廃部をルーファス学生会長は公表するの?」

「私は具体的な話は何も……リチャード王子にお聞き下さい」

 早く騎士クラブのごたごたがおさまり、キース王子が平常に戻りますようにと願う。


 月曜のホームルームは少し騒ついていた。それにカスバート先生は明らかに不機嫌さを隠してもいなかった。騎士クラブの廃部が公表されるのだ。私は騎士コースの男子は知り合いがいないが、文官コース、魔法使いコースのクラスメイトの顔はわかる。知らない騎士コースの男子が怒りを抑えきれない様子で椅子に座っている。

 30人ほどの教室で、15人が女学生、後が男子学生で、魔法使いコースは3人、文官コースが7人、そして騎士コースが5人だ。1年Aクラスは男子が20人と多かったのはキース王子の学友にさせようと、数ヶ月早い子や遅い子も生年月日を誤魔化して、同じ学年に入ったからだ。4年A組はマーガレット王女の友だちになりたい女学生が多い。やはり女の子の生年月日を誤魔化して同学年にしたのかな? でも、キース王子のクラスほど性別の差はない。

 王立学園には貴族の子は全員通うのが決まりだ。そして試験を受けて合格した平民もいる。そのCクラスは男子学生が多い。それと噂で地方貴族や下級貴族は庶子の女子は入学させない事が多いと聞いた。庶子でも男子は入学させないと良い職が得られないからさせる。では入学させて貰えなかった庶子の女子はどうなるのか? 「そこらへんの金持ちの商人に嫁がされたり、地方の貴族の妾ね」異世界で女の子の扱いは低い。

 こんな事を考えているのは、カスバート先生から「学生会からの通達だ。騎士クラブは他のクラブの自主制を阻害したので罰として廃部にする。以上だ」と通達を読み上げたからだ。蜂の巣を突いたようになっている。まぁ、女子も驚いてはいるが、男子、とくに騎士コースの5人は内々に何か処分があると聞いていたのだろうが「信じられない!」「嘘だろ!」と大声で叫ぶ。

「カスバート先生、何かの間違いです。伝統ある騎士クラブが廃部だなんて。1週間の活動停止とかではないのですか」

 どうやらカスバート先生は騎士クラブの顧問みたいだ。脳筋だからハモンド部長のやっている事に気づかなかったのか、気づいても止める必要を感じなかったのかもしれない。本来は騒ぎを静めるべき担任が騎士クラブのメンバーと一緒に怒っている。

「マーガレット様は国語、育児学でしたね。昼からのマナーは王宮でのお茶会を思い出して書かれたら合格ですよ。私は外交学と世界史ですから、教室を移動しませんと」

「ペイシェンス、貴女とても冷静ね。私は昼食が怖いわ」

「私もキース王子がどれほどショックを受けられるか心配です。お昼を抜くのありかもしれません」

 マーガレット王女も一瞬抜こうかと考えたが、首を横に振る。

「いいえ、キースが馬鹿な事をしないように監督しなくてはいけませんもの。お昼は一緒に食べましょう」

 1時間目の鐘が鳴ってもカスバート先生の周りの男子学生達は騒いでいる。でも、文官コースや魔法使いコースの何人かの学生は席を立った。生憎、この教室で国語を受ける学生は残るしかない。国語の先生がカスバート先生を追い出してくれるだろう。 

 外交学、世界史の授業中も何となく学生が上の空で先生に叱られる場面も多かった。

「カザリア帝国の初期、帝国を発展させた4賢帝について調べて来たことを発表して貰うぞ。前回窓際に座っていた学生は1賢帝のフラピオ。次の列は2賢帝のバブリス。真ん中の列と隣りは3賢帝のルキウス。廊下側の席は4賢帝のマキシムだ。フラピオ帝から発表してくれ!」

 流石に発表は調べてきたことを読むのだから、皆ちゃんとできた。私は2賢帝のバブリスだ。図書館で調べようと思ったけど、先に借りられていた。こんな時は家の図書室が立派で良かったよ。私も調べてきた事はちゃんと発表した。

「皆、上の空だな! どうしたのだ?」

 発表はちゃんとするが、人の発表を聞く態度がふわふわしている。私も、これからの嵐のことばかり考えていた。

「来週はもう少し気合を入れてくれたまえ」

 先生も騎士クラブの話は知っているようだ。でも、それと授業は別だよね。反省!


 ああ、上級食堂サロンへ行かなくてはいけない。胃が重たいよ。

「何? これは?」

 いつもは優雅な雰囲気の中で上級貴族の学生が談笑しながら昼食を取る場所が、諍いの場になっている。

「ペイシェンス、こちらよ」

 マーガレット王女は先に上級食堂サロンに着き、衝立を設置させていた。だが、青葉祭とは違って食堂の3分の1程を囲い込ませている。

「あの騒動に巻き込まれたくない女学生や学生の避難場所を作らせたの。少しは落ち着いて食べられるかと思って」

 衝立の中では、騎士クラブの廃部の騒動に不安そうな女学生達が普段より大人しく昼食を取っていた。

「一応、キース達の席も確保しておきますが、きっと昼食どころでは無いでしょう」

 衝立の中は凪いでいるが、外の嵐の激しさがビリビリ伝わってくるので、食が進まない。

「おお、良い席が残っていた。マーガレット様、同席しても良いですか? あちらは食事を取る雰囲気ではありません」

 アルバート部長とルパート、そして音楽クラブのメンバーも逃げ込んで来る。

「ええ、こちらであの問題を口にしなければどなたでも席について宜しいですわ」

 サミュエル達1年生も逃げて来ている。

「サミュエル、ここでは乗馬クラブの話題も駄目ですからね」

 一応、注意しておく。騎士クラブが廃部になったのは乗馬クラブと魔法クラブに強引な干渉をしたからだ。

「ああ、分かっている」

 サミュエルの表情で、騎士クラブの学生とやり合ったのだと分かった。

「さぁ、昼食を摂りなさい」

 音楽クラブの1年も食べだしたので、マーガレット王女もホッとする。

「後の方は自ら望んで激論に参加されているのでしょうから、放置しておきましょう」

 かなり昼食の時間が経ったがキース王子は来なかった。つまり、大騒ぎして昼食どころでは無いのだろう。

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