第36話 サミュエルとナシウスとヘンリー

 日曜の朝は弟達と勉強をした。普段は父親が勉強を見てくれているみたいだけど、私も法律と行政を勉強しなくてはいけないからね。

 ヘンリーはもう勉強に飽きたみたいだ。うん、私も集中力が落ちてきた。ナシウスはまだ集中している。うん、賢いね。

「さぁ、少し運動をしましょう」

 寒いけど、庭で縄跳びをする。だってペイシェンスは身体を鍛える必要があるんだよ。でも、ナシウスはかなり体力がついたね。乗馬訓練と剣術訓練のお陰だ。

「あっ、忘れていたわ」

 そう、いくら親戚とはいえ、サティスフォード子爵家とモンテラシード伯爵家に何かお礼をしたいと思っていたのだ。とは言え、グレンジャー家にはお金の余裕なんて無い。アマリア伯母様、従姉妹のラシーヌ、シャーロット伯母様、リリアナ伯母様の顔を思い浮かべて考える。うん、家と違って何でも持っている。貧乏過ぎて、分からないよ。

「そうだ、昼からサミュエルが来るから尋ねてみよう」

 まぁ10歳の男の子が母親が欲しがる物なんか知らないよね。サミュエルが家に来た時には、そんな事はすっかりと忘れていた。

「サミュエル、ようこそいらっしゃい」

 サミュエルは応接室のハノンを見て目を輝かせる。

「ペイシェンス、このハノンは美しいな」

 意外と見る目があるね。

「ええ、このハノンは王妃様から頂いたのよ」

「そうか、こんな美しいハノンはなかなか見られない」

 あっ、そうだ。尋ねてみよう。

「サミュエルは、リリアナ伯母様が欲しがっている物とか知らないよね」

 あっ、サミュエルが口をとんがらす。

「そのくらい知っているさ。母上は美しい物が大好きなのだ。宝石とか美しいドレスとかは幾らあっても満足されない」

 それは無理そうだ。

「そっか、リリアナ伯母様はお綺麗だからね。さぁ、サミュエル、弾いてみるから楽譜に起こすのを手伝ってね」

 気を取り直して、グリークラブの為の新曲を弾く。

「ペイシェンス、素晴らしい」

 サミュエルは聞き惚れているよ。

「サミュエル、褒めて貰うのは嬉しいけど、楽譜をかいて欲しいのよ」

 するとサミュエルはスルスルと楽譜を書き始めた。

「まぁ、サミュエルは本当に天才なんじゃない?」

 あっという間に1曲書き上げた。

「暗記すれば書けるよ。ペイシェンスは違うのか?」

「自分ができるからと言って他人ができるわけじゃないわよ。それなら次を弾くわ」

 何曲か弾いて、楽譜も書いて貰った。

「少し休憩しましょう。9歳と7歳だけど、弟達と一緒にお茶にして良いかしら?」

 サミュエルは、格好つけて「良いだろう」なんて言ったけど、嬉しそうな顔だよ。

「ナシウス、ヘンリー、こちらがノースコート伯爵家のサミュエルよ。従兄弟にご挨拶なさい」

 ナシウスとヘンリーが挨拶すると、サミュエルも挨拶を返す。

「さぁ、お茶にしましょう」

 お茶はワイヤットが何処からか調達して来た上等な茶葉だ。お菓子はサミュエルのおもたせを少しアレンジした。砂糖ジャリジャリのケーキを小さな角切りにして、苺や梨のコンポートの角切り、そしてヨーグルトと和えて、小さな器に盛ったのだ。そう、ヨーグルトがカスタードクリームならトライフルだよ。

「わぁ、綺麗なお菓子ですね」

 ヘンリーは素直だね。

「うん? これは持ってきたケーキではないか?」

 サミュエルは本当に鋭いね。

「ええ、サミュエルの手土産をアレンジしたのよ。この方が食べやすいでしょ」

「まぁ、見た目は可愛いな」

 一応、褒めているのかな? ひと匙掬って食べる。

「うん、美味しい」やれやれホッとしたよ。

 それからは男子3人で遊ばせる。

「縄跳びは面白いな。これなら1人でも遊べる」

「そんな寂しい事を言わないでよ。いつでも来て良いのよ」

 フン、とそっぽを向いたけど、サミュエルの耳が真っ赤だ。うん、拗らせ男子も可愛いよ。

 あっ、でも乗馬教師も来るんだよ。忘れていたよ。

「さあ、私は寮に行く支度をしなくてはいけないわ。ナシウスとヘンリーは乗馬訓練を頑張ってね」

 逃げようとしたのにサミュエルに捕まった。

「ペイシェンス、馬ぐらい乗れなくては困るぞ」

 ナシウスもヘンリーも私をじっと見つめている。ううう……苦手だからと逃げてはいけないよね。

「少しだけ練習するわ」

 そこからはサミュエルに厳しく駄目出しされた。こんな事なら、弟達と遊ばせたりしないで、ずっと楽譜を書かしておけば良かったなんて、思ってないよ。半分しかね。

「ナシウスももう少し頑張れば乗馬クラブに入れるぞ」

「あら、サミュエルは乗馬クラブに入ったの?」

「ああ、もう騎士クラブの馬の世話は無くなったからな。ダニエルもバルディシュもクラウスも入ったんだ。音楽クラブも楽しいし、乗馬クラブもまだ入ったばかりだけど楽しそうだ」

 学園生活をエンジョイしているようで良かったよ。

 ヘンリーは乗馬クラブは何をするのかと熱心に聞いている。割とサミュエルって面倒見良いな。ナシウスとヘンリーと楽しそうに乗馬をしている。そろそろ本当に寮に行く準備をしなくちゃ。

「サミュエル、私は寮に行くけど、もう少しナシウスとヘンリーに乗馬を教えてくれる?」

 サミュエルも本当はもっと遊びたかったようだ。

「ナシウス、ヘンリー、私が障害の跳び方を教えてやるよ」

「わあい、私も跳びたい! お姉様、いってらっしゃい」

「私も教えて欲しいです。お姉様、身体に気をつけて下さいね」

 ああ、段々とお別れがあっさりしてきているね。お姉ちゃん、寂しいよ。

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