第34話 ご褒美

 リチャード王子は満足して、そしてパーシバルは複雑な顔をして、屋敷に送って貰った。私は嵐に飲み込まれないようにしたいと腰が引けた状態だよ。

「そうだ、夏に塩の生産を手伝って貰ったご褒美はもう聞いたか?」

 そう言えば、そんな話もあったね。卵やバターや砂糖が入った籠が2つになったのがご褒美かなって思っていたんだ。最初はしょぼいなんて感じたけど、継続して2つだからね。結構、ありがたいんだ。それとも冬の討伐で魔物の肉を貰ったのがご褒美だったのかな? あれ? 聞いたって違うよね。

「そうか、グレンジャー子爵は話されていないのだな。なら、私も言う訳にいかないか」

 クスクス笑うリチャード王子だけど、そんな生殺しみたいな事を言わないで下さいよ。目で訴える。

「ははは、グレンジャー子爵に聞きたまえ。私がご褒美について話していたと言えば教えてくれる筈だ」

 キース王子をハモンド部長から引き離す算段がついてご機嫌なリチャード王子と玄関の前で別れる。

「そうだ、今回のご褒美も考えておくよ」

 もうご褒美は結構だから、問題に巻き込まないで下さい。なんて言えないんだよね。


 昼食後は弟達と温室で苺狩りだ。うん、まだ赤みが薄いけど「赤くなれ!」と後押しする。

「まだ赤くなっていないのは採っては駄目よ。それは来週に置いておきましょう。それとヘンリーもう5粒食べたでしょう。その摘んだのは籠に入れてね」

 6個目を口にしようとしていたヘンリーは「はい」と残念そうに籠に入れる。うん、もう1個ぐらい食べても良いんだけど、お腹が緩くなったら困るからね。

「お姉様、薔薇をあんなに切って大丈夫なのですか?」

 ナシウスは温室の枝と葉っぱばかりになった薔薇の木を心配そうに眺める。

「大丈夫ですよ、少し魔法で後押ししておきますからね。数日経てば花が咲くでしょう」

 私はこの温室で薬草まで育てられるかな? と考える。薔薇を抜けば大丈夫そうだけど、それも可哀想な気がする。薔薇の花のお陰で助かっていたのだ。秋から冬は領地もする事が少ないからか貴族が王都ロマノに集まり、社交界が賑やかなのだ。パーティに薔薇を売って、かなり儲かっている。アンガス伯爵家でも温室はあるみたいだけど、家ほどの薔薇は咲いていないと言っていたもんね。

「もう少し広ければ良いのに!」これは願望であって魔法では無かったのに、身体から魔力が流れ出す。思わず隣にいたナシウスの肩に手を置いて、倒れそうなのを我慢した。

 ひどい目眩で目を瞑っていたが「凄い!」と騒ぐヘンリーの声で目を開ける。

「お姉様、大丈夫ですか?」ナシウスは心配そうに私の顔を見ている。あっ、視線がほぼ同じだ。

「ナシウス、大きくなったのね」

 ナシウスに呆れられたよ。

「お姉様、それどころではありません。温室が広くなりました。これはお姉様の生活魔法ですか? 私は図書室の本で調べましたが、生活魔法で物を修復したり、温室を広げたりできるなんて、どの本にも書いてありませんでした」

 うん、魔法学の教科書にも学園の図書館の本にも書いて無かったよ。調べたもん。

「これは変だわ。私は温室がもっと広ければ良いと願ったのは確かだけど、魔法を使ったつもりは無いの」

 魔法の暴走は怖い。人に悪意を持って、それが勝手に魔法で傷つけたりしたら大変だ。

「父上と話された方が良いです」

 ナシウスの灰色の目が心配そうに曇る。お姉ちゃん、失格だよ。弟に心配掛けるなんてね。なんて考えていたら、ナシウスは私の斜め上を行っていた。

「私は姉上をお守りしたいのです。無理をしないで下さい」

 あれっ、お姉様から姉上に変わったね。ナシウスも大人になっていくんだ。嬉しいような悲しいような。お姉ちゃん複雑だよ。なんて考えている場合じゃ無いよ。


 私は父親に相談する為に、篭っている書斎の前に来た。うん、職員室に入るのと同じ感じがする。つまり苦手なんだよ。でも、気になるからノックする。

「誰だい?」

「お父様、ペイシェンスです。少し時間を頂けますか?」

 許可を得て中に入る。うん、読書の最中だったみたいだね。本に栞を挟んで、机の上に置いたよ。書斎は狭いから暖炉の小さな火でも暖かい。私もここにお篭りしたいよ。

「ペイシェンス、お前から話があるなんて珍しいな。そこに座りなさい」

 そうだったかな? そうかもしれない。父親から書斎に呼ばれるだけで、私から話に来た事は無かったかも。

「実は、私の魔法が勝手に温室を広げたのです。広くなれば良いなと考えたのは確かですが、魔法を掛けたつもりは無かったのです。だから、魔法が暴走するのではと心配になって相談に来たのです」

 父親は最後まで真剣に聞いてくれた。

「私は生活魔法に詳しくない。それで本で調べたのだが、ペイシェンスのような生活魔法についての記述は何処にも無かった。

だが、お前を見て魔法の暴走は感じない。身体が成長するにつれて魔力が増えるのはよく聞く話しだが、ペイシェンスの魔力は凄い勢いで増えているように感じる。自覚して、落ち着くまでは無詠唱で魔法を使うのは止めておきなさい」

 そうか、ペイシェンスの身体は成長期で背もグングン伸びている。成長期なのだ。そして魔力も増えている。それは感じていたよ。

「お父様、あの詠唱は少し恥ずかしいのですが……」

 父親に爆笑された。おっ、父親もこんな風に笑うんだね。

「ああ、すまない。恥ずかしい程の詠唱はしなくても良いだろう。だが、魔法を使う時ははっきりと意識して、魔法の名前ぐらいは唱えなさい。無意識で魔法を使うのを癖にしてはいけないよ」

 うっ、思い当たる事が沢山ある。

「私は縫い物や刺繍や織物をしていると無意識で魔法を使ってしまうのです。どうすれば良いのでしょう」

 生活魔法は詳しく無いと断って父親はアドバイスしてくれた。

「ペイシェンスが無意識でも生活魔法を使うのは、魔法を使う方が早かったり、綺麗にできるからでは無いか? なら、初めから意識して生活魔法を掛けるか、絶対に使わず手仕事をするか決めてやりなさい。それに成長期が終わり、魔力の拡大も穏やかになれば魔法の暴走など無くなるさ」

 私は手仕事に熱中して無意識に生活魔法を使う感覚が好きだったので、少しがっかりした。初めから生活魔法を使うのは、少し違うんだよ。内職は別だけどね。

 私がガッタリしたのが分かったのか、それともリチャード王子の訪問で思い出したのか、父親がご褒美について話してくれた。

「ペイシェンスは海水から塩を作る遣り方をリチャード王子と考えたそうだね。そのご褒美としてお前のロマノ大学の奨学金を頂いたよ。王立学園を卒業したら、ロマノ大学に入学しなさい」

 えっ、それがご褒美だったんだ。でも、それならナシウスに譲りたい。

「お父様、その奨学金はナシウスに譲りますわ」

 父親が厳しい顔をした。初めて見る顔だよ。

「ペイシェンス、これはお前に下さったご褒美だ。ナシウスに譲ったりしてはいけない」

 ビシッと言われてしまったよ。凄く残念だ。あれっ、父親の唇がブルブル震えている。怒りを抑えているのかな?

「ぷふぁ! ペイシェンス、ナシウスの事は心配しなくても良い。王妃様からお前がマーガレット王女の側仕えで苦労しているのを労ってご褒美を貰っているのだ。その手紙には『弟想いのペイシェンスにはこれが嬉しいでしょう』と書いてあった。ナシウスの奨学金も貰っているのだ。だが、ナシウスには中等科になるまで内緒だぞ」

 笑いながら話す父親を睨みつける。ぷんぷん!

「お父様、本気で譲れないのかと心配したのに酷いですわ。大学を出たら官僚になれるのかしら?」

 父親は笑うのを止めた。そして真剣な顔をして私を見つめる。

「官僚に本当になりたいのか、中等科で真剣に考えてみなさい。他の道を選んでも良いのだよ。それに大学で別の道を見つけるかもしれない」

 そうだね。まだペイシェンスは11歳なのだ。官僚に決める必要は無い。あれっ、異世界の親って娘に大学なんか勧めるかな? まぁ、持参金ないし、職業につくなら大学へ行った方が有利かもね。それに大学に入学する時、ペイシェンスは14歳だもの。結婚には未だ早いと考えているのかもしれない。

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