第33話 アンガス伯爵家で
ラルフとヒューゴと話し合う為にアンガス伯爵家に行くことが、リチャード王子により決定した。でも、私は令嬢なのだ。屋敷の応接室で話すなら父親の許可を得て、再従兄弟のパーシバルが同席すれば十分だが、外に連れ出すのには手順が必要だ。
父親にリチャード王子が許可を得て、メアリーが侍女として付き添う。それに私にはアンガス伯爵家を訪問するにあたって何か手土産も必要なのだ。ジョージに薔薇を花束にして貰いメアリーが持つ。やれやれ、外出するのも大変だ。
リチャード王子はお忍びだ。だから馬車はパーシバルのモラン伯爵家のだ。うん、家の馬車より立派だね。この時の馬車の席順はリチャード王子が1番の上座、その横がなんと私。子爵令嬢なのに伯爵子息のパーシバルより上座なんだね。彼等は紳士だからレディファーストなのだ。そして、反対向きにパーシバルと付き添いのメアリー。メアリー、口が真一文字だよ。緊張しているんだね。
「ペイシェンス、本当にすまない」本当だよ! 折角、弟達と遊ぼうとしていたのにさ。
「いえ、私でお役に立つのか分かりませんが、ラルフ様やヒューゴ様と話してみますわ」
それだけ話すだけで馬車はアンガス伯爵家に着いた。本当に近いよ。と言うかグレンジャー子爵家の屋敷って本当に王都の一等地にあるんだね。売ったら、ナシウス大学に行けるよね? もう少し王宮から遠い小さな屋敷に引っ越したい気分だよ。
「えっ、リチャード王子」
リチャード王子にエスコートされてアンガス伯爵家に入る。ここにもお忍びだと連絡していたのか、玄関先でも大袈裟な出迎は無かった。ホッとするよ。でも、玄関にはアンガス伯爵とヒューゴとラルフが出迎えに立っていた。
「リチャード王子、ペイシェンス様、パーシバル様、ようこそお越し下さいました」
和やかなアンガス伯爵、ヒューゴの大人版だね。今回は騎士クラブの話だと分かっているのか伯爵夫人は同席されていない。私も令嬢なのだから、同席は遠慮したいよ。挨拶が済み、伯爵家の執事にメアリーが花束を渡している。
「これはペイシェンス嬢、見事な薔薇ですな。家の温室では冬場にはこれほどの薔薇は咲きません」
知ってるよ、だから高く売れるんだもん。
応接室は暖かった。うん、この暖かさ良いな。リチャード王子の横に座らされたよ。メアリーは他の部屋でもてなされるみたい。なら、侍女の付き添いって要らないんじゃないかな?
アンガス伯爵とリチャード王子が話している間、私もラルフもヒューゴもパーシバルも口を開かない。香り高い紅茶と砂糖ザリザリのケーキがサービスされた。ケーキはパスだよ。
一通りの社交辞令が終わり、リチャード王子が話を切り出す。
「アンガス伯爵、ここにラルフを呼んだのは、騎士クラブについて話したいからだ」
アンガス伯爵もヒューゴから話は聞いているのか、頷いて話の先を促す。
「ハモンド部長はキースの弱みにつけ込み利用しようとしている。キースは青葉祭の騎士クラブの試合に出たくて仕方ないのだ」
ラルフもヒューゴも頷く。彼等も注意はしたのだろう。
「それは若い王子様なら仕方が無いでしょう。騎士クラブの試合は青葉祭のメインイベントとも言えますからな」
アンガス伯爵も王立学園に通ったので事情は知っている。
「だが、初等科の学生は身体が成長し切っていない。だから騎士クラブでは試合に出るのは中等科の学生だけと決まっていたのだ」
それもアンガス伯爵は知っている。
「なのにハモンド部長がキース王子を試合に出してやると言って、利用しようとされているのですね」
そう、試合が問題では無いのだ。それを利用しているのが問題だし、それに利用されているキース王子が大問題なのだ。
「あのう、私は騎士クラブについては何も知りません。初等科の学生が試合に出られないのは、身体が出来上がって無いからだと説明を受けましたが、何かできないのでしょうか? 剣の形を披露するとか、初等科同士の練習試合とか?」
パーシバルは難しい顔をする。騎士クラブの伝統を崩したく無いのかもしれない。うん、私は部外者だから黙るよ。
「パーシバル様、ペイシェンスの案を考えて下さい。キース王子をハモンド部長の言いなりにしたく無いのです」
ヒューゴが口を開いた。やはり、キース王子に忠告はしていたんだね。
「剣の形の披露なら、身体が出来上がって無い初等科でも大丈夫なのではありませんか?」
ラルフも説得に失敗したんだね。パーシバルを説得しているよ。
「そんなにキースを甘やかすな。前から思っていたが、ペイシェンスはキースに甘すぎる。それにラルフとヒューゴもだ」
リチャード王子に叱られたよ。とんだとばっちりだ。
「まぁまぁ、ペイシェンス嬢もラルフ様もヒューゴもキース王子が利用されるのを案じての事でしょうから」
アンガス伯爵はヒューゴの大きい版かと思ったけど、やはり大人だね。リチャード王子をやんわりと嗜める。私はやっぱり居なくて良いんじゃ無いかなぁ。うん、黙っていよう。叱られるの嫌だもん。
あれっ、アンガス伯爵が私を見て微笑んでいる。私の考えを見透かしたのかな。異世界の貴族って怖いよ。
そこから数十分、リチャード王子、パーシバルとラルフ、ヒューゴでやり合う。
うん、この茶葉凄く高級だね。マーガレット王女の特別室にあるのと同じだよ。家で出した高級茶葉はどこから手に入れたのかな? そう、私とアンガス伯爵は仲良く黙ってお茶を飲んでいたんだよ。家に帰って弟達と遊びたいな。
アンガス伯爵も大変だね。なんて思っていたけど、テーブルの鈴を鳴らして執事を呼ぶ。
「リチャード王子、お茶でもいかがですか?」
同じ話の堂々巡りを、一度仕切り直そうとしたんだね。うん、アンガス伯爵は交渉が上手そうだ。見習おう。
「パーシバル様、騎士クラブには私も学生時代に所属していましたから、その伝統を守りたいと思う気持ちは理解できます。でも、それと同時に初等科の学生だった時の憧れや焦りも思い出しました。パーシバル様は如何でしたか?」
へぇ、アンガス伯爵家は当主も騎士クラブに入るんだ。ヒューゴが嫡男なのに騎士クラブに入ったのはキース王子の腰巾着だからだとばかり考えていたよ。
「それは……確かに試合に出たいと思いましたが、それを我慢するのも騎士の修行だと思っていました」
おお、パーシバルって見た目が格好良いだけじゃなく、考え方もストイックだね。
「騎士クラブの運営はハモンド部長に任すしかないか。なら、キースを利用させないようにする事だけを考えよう」
リチャード王子は学生会長だったからね。クラブ運営は各クラブの部長の采配に任すと言っていた。あれっ、これって使えない?
「リチャード王子、学生会の規則に他のクラブへの強制を禁じる規則はありませんでしたか?」
ハッとリチャード王子が目を輝かせる。
「そうだ。学生会長に選出された時に、隅から隅まで読んだのだ。他のクラブに強制したクラブは廃部だと厳しい規則があった。これは各クラブの自主性を重んじる為の規則だ。これで騎士クラブは廃部だ!」
パーシバルとラルフとヒューゴから悲鳴と抗議の声が上がる。
「そんな無茶な!」
「それは酷すぎます!」
「嫌だ!」
私は騎士クラブに興味は無いけど、それは厳し過ぎるよね。でも、魔法クラブと乗馬クラブは実害を受けている。新入生勧誘に失敗したり、クラブメンバーが退部したりね。
「パーシバル、ルーファス学生会長はこの規則をしっかり読んでいないのだろう。教えて騎士クラブを廃部にするのだ」
これでキース王子がハモンド部長の支配から逃れられるとリチャード王子はスッキリした顔だ。うん、問題が拡大しただけだよね。それにこのままでは、兄弟喧嘩になるよ。
「私はハモンド部長の遣り方には賛成できませんが、騎士クラブを廃部にする手伝いなどできません」
パーシバルの発言に何故かアンガス伯爵まで頷いている。これはリチャード王子の煽りだな。全員、引っかかっているよ。えっ、リチャード王子、私に目で合図しないで下さいよ。やれやれ
「まぁ、それではキース王子が悲しまれますわ。キース王子は入学された時から、騎士コースを選考するから、騎士クラブに入ると自己紹介された程なのです。もっと穏やかな解決策を皆様で考えてあげて下さい」
それから、ああだ、こうだと話し合いが続き、ハモンド部長に責任を取ってもらい辞任させて、廃部を免れる事に落ち着いた。
「それは私からルーファス学生会長に伝えておく。パーシバルやラルフやヒューゴは関わらない方が良い。ハモンドは武門の家の出だからな。睨まれたら後々面倒臭いぞ」
ラルフやヒューゴは、ハモンド部長が辞任したらキース王子が荒れそうだと心配している。
「学生会の規則なら本来は廃部なのだ。それをハモンド部長の辞任で済ませて貰ったのだと説得するのだな。そのくらい学友なのだから出来なくてどうする」
アンガス伯爵、結構ヒューゴに厳しいね。
「そうだな。ルーファス学生会長には一旦は廃部と宣言させよう。そして、騎士クラブからの嘆願書とハモンドの辞任を提出させて、それでやっと廃部を免れる流れが良いと伝えておこう」
そんな大嵐が吹き荒れている最中のキース王子の大騒ぎを想像して、私とラルフとヒューゴが頭を抱え込んだ。
「ペイシェンス、キースのフォローをお願いしておく。どうせ一緒に昼食を食べているのだろう。愚痴を聞いてやれ」
えっ、私に丸投げですか?
「それはラルフ様やヒューゴ様にお任せしますわ。私はマーガレット王女の側仕えとして昼食を共にしているだけですもの」
逃げるに限るよ。あっ、リチャード王子の微笑みが深くなる。怖いよ。威圧じゃないの?
「いや、ラルフやヒューゴには授業中などのフォローを頼むから、昼食時はペイシェンスに頼んでおく。マーガレットと兄弟喧嘩をされては困るからな」
私は今年の抱負に『NOと言える女になる!』を掲げるべきだったのかもしれない。
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