第19話 気の重たい王宮行き

 経済学の後は上級食堂サロンでいつものメンバーで昼食を取る。私は王宮行きがズシンと重くのしかかっている気がして、食欲が無い。だからメニューを見て軽そうなメインにした。つまり魚だよ。

「私は蒸し鶏にするわ」

 あっ、それもサッパリしているかも。でも魚の気分になっている。

「私は魚のポアレにします」

 キース王子とは1席分空いているのに聞き咎める。

「ペイシェンスは魚が好きだな」

 失言レーダーが『変な女だ』と察知したが、それ以上は口を開かなかった。キース王子も少しは成長したようで良かったよ。

 デザートを食べる元気は無いので、手を付けずに残した。卵とバターと砂糖が勿体無いよ。こう言うの精神的に辛い。

 貧乏な暮らしで節約生活しているからだ。前世ではフードロスとか騒いでいたけど、捨てちゃう食べ物は多かった。一人暮らしだと食材を使いきれなかったんだ。異世界に来てから凄く敏感になったのは、飢えた経験があるからだよ。

「ペイシェンス、次は刺繍よ。貴女は得意そうだけど、私は不安だわ。なるべく飛び級しないでね」

 マーガレット王女の無茶振りが来た。

「ええ、私は刺繍をいっぱい楽しみたいので、できる限り飛び級にならないようにします」

 隣でキース王子が呆れている。

「ペイシェンスは中等科でも飛び級しているのか? 何科目したのだ?」

 そんなの答えたく無いよ。キース王子のライバル視線は苦手なんだ。

「ペイシェンスはダンスと美容と料理は終了証書を貰ったわ。それとマナーと錬金術は飛び級したのよ。どう、私の側仕えは凄いでしょ」

 あっ、そんな事を言ったらと心配したが意外な反応が返ってきた。

「そうか、ペイシェンスは頑張っているな。偉いぞ」

 あれっ、褒められたよ。

「私は学友が優れているのを受け入れる度量があるのだ。そしてペイシェンスは姉上の側仕えだから、優れていて当然なのだ」

 マーガレット王女も驚いている。

「まぁ、キース。王族として立派な態度だわ」

 キース王子はマーガレット王女に褒められて嬉しそうに頬を赤らめた。うん、可愛いよ。このまま賢い王子でいてね。


 刺繍のパトリシア・マクナリー先生はお淑やかな貴婦人だった。

「この授業では、美しい刺繍を勉強します。刺繍を侍女や専門家に任せる貴婦人が多いですが、本来は令嬢や貴婦人の嗜みなのですよ。特に近頃の令嬢は自分の名前をハンカチに刺繍して、お好みの方に渡すロマンチックな風習なんか忘れてしまわれたようで悲しいですわ」

 あら、クラスの全員が自分の好みの男子を思い浮かべたのか、雰囲気がピンク色に染まったよ。

「春学期は自分の名前をハンカチに刺繍して貰いますわ。名前の刺繍が綺麗にできる様になったら、紋章を刺繍しましょう。昔の女学生はお好きな方の紋章を忍ばせて恋の成就を願ったのよ」

 このマクナリー先生、女学生の心を掴むの上手いね。政略結婚だと恋を諦めているマーガレット王女も真剣に自分の名前を刺繍しているよ。勿論、私も真面目に刺繍するよ。家紋とかナシウスの服の隅にするの格好良いよね。早く習いたいからね。

 マーガレット王女も刺繍の授業を真面目に受けるようだし、安心だよ。まぁ、多くの女学生が裏面がぐちゃぐちゃだとやり直しを命じられていたけどね。

「まぁ、この裏を見られたら100年の恋も醒めてしまいますわ」と言われて真剣になっていたよ。マクナリー先生なら、私が飛び級しても大丈夫だよね。

 うん、私は紋章も刺繍して、飛び級したんだ。つい本気になると生活魔法を使ってしまうんだよね。ナシウスの制服の上着の見返しに刺繍しようなんて考えたから、真剣になりすぎちゃったよ。

 キース王子の制服の上着の見返しの刺繍が格好良かったからいけないんだよ。オーダーっぽい、というかキース王子の上着はオーダーなんだろうね。ナシウスのはモンテラシード伯爵家からのお下がりだけど、生活魔法で新品にしたし、刺繍を入れたらオーダーっぽくなるよね。

 こんな現実逃避していても王宮はすぐ横だから着いたよ。あっ、胃が痛い。でも、マーガレット王女の後ろをお淑やかについて歩く。王妃様の部屋にもすぐに着いちゃった。

「お母様、帰りましたわ」

 マーガレット王女は挨拶して、王妃様の横の椅子に座ったようだ。私は礼をして頭を下げているから、雰囲気で察しているよ。

「ペイシェンス、頭を上げて、ここに座りなさい。貴女には苦労をかけたわね」

 マーガレット王女も頷くので、椅子に座る。

「お母様、私は人を見る目がありませんでしたわ。反省しています」

 マーガレット王女の謝罪をビクトリア王妃様は微笑んで受け入れる。私はキャサリン達の親が文句を言っているのだろうと胃が重い。

「ペイシェンス、貴女は私が選んだマーガレットの側仕えなのです。ウッドストック侯爵夫人やクラリッジ伯爵夫人やリンダーマン伯爵夫人には王宮の出入りを遠慮して貰ったわ」

 王妃様の微笑みが深くなる。

「まぁ、それでは社交界からも距離を置かれてしまうわ」

 マーガレット王女が驚く。

「まだマーガレットは修行が必要ね。あの方達は貴族至上主義者なのよ。それなのにわざわざ学友に選んだ時は止めようと思いましたわ」

「何故、止めて下さらなかったの?」

 アルフレッド王様の本当はしたい政策の反対勢力なんだね。その令嬢達をマーガレット王女が学友に選んだんだ。何故、止めなかったのかな?

「これからもずっと貴女のやる事を監視する訳にはいけませんからね。自分で見る目を養わないといけませんわ」

 マーガレット王女は不服そうだ。

「なら、初めから彼女達を王宮に呼ばなければ選びませんでしたわ」

 ビクトリア王妃様がほほほと笑う。怖いよ。

「貴族至上主義者を全員排除してはローレンス王国は成り立ちません」

 貴族至上主義者は多いんだね。家の父親の復職は難しそうだ。閑職で良いから俸給が欲しいな。

「でもお母様は3人の母親を王宮から遠ざけたと言われたわ」

 そうだよね。大勢力の貴族至上主義者の貴婦人を3人も遠ざけて良いの?

「あら、それは話が違うわ。彼女達は私の決定に文句を付けたのよ。王妃の決定に口出すだなんて、何て身の程知らずなのかしら。これは貴族至上主義者にも納得できますわ」

 マーガレット王女も私もビクトリア王妃様の恐ろしさの一端を知った。

「ペイシェンスには何か謝罪の品を贈らないといけませんね。あの学友達の悪意に晒されたのですから」

 ああ、側仕えを辞めさせてくれないんだね。なら一つだけ頼みたい事がある。

「あのう、マーガレット王女とキース王子が一緒に昼食を食べるのを止めて下さい」

 マーガレット王女も横で「そうね、お願いしますわ」と応援してくれる。

「ほほほ、駄目です」

 あっ、王妃様の決定にマーガレット王女の側仕え如きが口を出してはいけないんだね。

「そうですわね。ペイシェンスが決められないなら、私の選んだ物で我慢して貰いましょう」

 まぁ、お金は駄目だとペイシェンスが前に騒いだし、食糧品はいつも貰っているからね。

「お母様、ペイシェンスはリチャード兄上の卒業にインスパイアされて『別れの曲』という素晴らしい曲をつくりましたのよ」

 これから中等科の授業についての質問が来そうだと察知したマーガレット王女は逃げの手を打った。

「まぁ、それは是非とも聞きたいわ」

 私はハノンで『別れの曲』を弾いたよ。ズルしている気分になったけど、この曲は素晴らしいよね。

「とても素敵ですわ。ペイシェンスの年がもう2歳上でしたら音楽会で弾いて欲しいぐらいよ」

 褒めて頂いたのは嬉しいけど、私は俗な女なので何を貰えるのか意識がそっちに行っていた。

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