第15話 ゆで卵って大変なの?
次は料理だ。料理実習室へ向かう。マーガレット王女が手招きする。
「ペイシェンス、一緒に料理しましょう」
前世の調理室に似ている。でも、大テーブルではなく、中テーブルに水道? コンロ? 包丁、まな板、そしてテーブルの下にはフライパンや鍋がしまってある。
「これは魔道具ですね」
水の魔道具の魔石に手を当てると水が出る。
「まぁ、寮のお風呂と同じね」
水とお湯の違いはあるけど、同じだよね。
「これは魔道具のコンロですね。あっ、テーブルの下にはオーブンもあるんですね」
凄い設備だな。ここで、材料があるならクッキーやケーキを焼きたいな。
「ペイシェンスはお菓子作りができるものね」
「ええ、でも侍女がうるさくて、自分では作った事は無いのです。料理人にレシピを渡して、指示するだけです」
「それでも凄いわ。私は台所に入った事も無いのよ」
この料理の授業、不安しか感じないよ。
「皆様、料理を教えるマギー・スペンサーです。春学期の目標は自分の昼食を作る事です。実技なのに午前中なのは、ここで昼食を食べて貰うからなのよ。真面目にしないと昼食抜きになりますからね」
クラス全員が騒めく。昼食を抜くのはダイエットに慣れている令嬢は平気だけど、昼休憩まで授業なのは我慢できない。
「スペンサー先生、昼休みは自由時間の筈ですわ」
キャサリンは度胸あるね。それは認めるよ。
「ええ、授業時間内に作って食べれば問題ありませんよ。それと言っておきますが、私は食材を無駄にするのは我慢できません。残す方は不可にします。つまり必須科目だから留年決定ですからね」
悲鳴が上がった。留年になると親にどれほど叱られるか、それどころか王立学園を卒業できないと結婚もできないのだ。留年なんかしたら、婚約破棄されるかもしれない。
「はい、そんな無茶な料理を初心者にさせたりしません。今回は卵料理です。よく聞いて、料理しましょう」
全員が必死でスペンサー先生の説明を聞く。私はゆで卵ぐらい目を瞑っててもできるよ。魔道具のコンロの火の調整だけ聞いておく。
「さて、ゆで卵だけではダイエットしている令嬢でもお腹はいっぱいになりませんよね。スープとパンもつけます。誰か、スープを作りたい方は?」
誰も手を上げないので、私が手を上げる。ゆで卵を作りながらでも、スープぐらい作れる。
「では、貴女、お手伝いして下さいね。さぁ、ゆで卵を作って下さい」
私はマーガレット王女と私の卵を小鍋に入れ、水を被る程度に入れる。そして、ヒビが入っても良いように塩をほんのひとつまみ振っておく。
「マーガレット様、水がぷくぷくしてきたら、このタイマーを10分にセットしているので、押して下さい。そして、このお玉で鍋の中の卵をころころさせて下さいね」
他のテーブルでは鍋を探すのも難航している。あっ、そんな大鍋はお湯が沸くのに何分も掛かるよ。
「貴女はペイシェンスね。ジェファーソン先生から聞いていたの。では、スープ作りを手伝ってね」
こんな時期だから蕪のポタージュスープだ。蕪の皮を剥いて、大きな寸胴鍋に入れる。
「ふふふ、少しズルをしてスープストックは予め作っているのよ。さて、これを煮込んでいる間、テーブルを見回らなきゃね」
私はアクを取りながら、マーガレット王女を見張っておく。もう、沸いたと思うけどタイマーセットしたのかな? どう見てもしてなさそう。
「マーガレット様、タイマーセットして下さい」
ハッとしてタイマーのボタンを押す。
「それから、お玉でコロコロして下さい」
「そうだったわ」
ああ、危なっかしい。
「もう良いですよ」
少し黄身が偏ろうと味に変わりはない。
あっ、スペンサー先生が大鍋にチェックを入れて、叱っている。
「ペイシェンス、蕪のスープの裏漉しをお願いできますか? ゆで卵でこんなに苦労させられるとは思ってなかったわ」
漉し器ともう一つの寸胴鍋を出してくれたので、スープを少しずつ漉し器に入れて別の寸胴鍋に移していく。
「これに生クリームを入れて、塩、胡椒で味を整えたら出来上がりよ。ペイシェンス、助かりました」
後はスペンサー先生がテキパキとスープを仕上げた。
私はマーガレット王女のテーブルに帰り、まだタイマーは鳴っていなかったが、セットが遅れたのだから、もう茹で上がっている卵を冷水につける。
「何故、ゆで卵を水につけるの?」
「こうすると卵の殻が簡単に剥けるのですよ。もう良いでしょう」
ゆで卵の殻を剥いた事がないマーガレット王女にやり方を教える。
「卵を平たい所でコツコツすると、殻が卵に刺さりません。そしてヒビから剥いていきます」
私の真似をしてマーガレット王女もゆで卵を綺麗に剥いた。
「まぁ、つるりと剥けたわ」
ゆで卵を2つに切り、お皿に盛り付けて、私達のファーストクッキングは終わった。
2人で座って周りを見渡すけど、ゆで卵を作っているとは思えない悲鳴が上がっている。
「きゃー、落ちたわ!」
「まだ茹で上がってないわ」
マーガレット王女は心配そうだ。
「ペイシェンスはきっと終了証書を貰えるわね。私は誰と組めば良いのかしら?」
私は実習室内を見渡す。キャサリン達は駄目だ。大鍋を選んだ時点で失格だ。小鍋を選んだ数人をマーガレット王女に教える。
「そうね、彼女達なら私の失敗を注意してくれるでしょう」
他力本願のマーガレット王女だけど、これは仕方無いだろう。
かなり時間が経って、全員がどうにかゆで卵を作り終えた。
「スープとパンを取りにいらっしゃい」
今日の昼食は簡素だ。蕪のポタージュスープとパンとゆで卵。まぁ、前のグレンジャー家より豪華だけどね。
「お腹空いたわ」もう昼の鐘は鳴っていた。
「ええ、食べましょう」
蕪のポタージュスープは、やはり料理の教師のスペンサー先生のスープストックと味付けだから美味しかった。パンは上級食堂サロンと同じだ。
「ゆで卵って美味しいのね」
自分で初めて料理したゆで卵を美味しそうにマーガレット王女は食べた。でも、失敗した学生は嫌そうに口にしている。
「やだ、灰色だわ。スペンサー先生、この卵は腐っています」
茹ですぎたのだ。先生にも叱られている。
殻を剥く時に壊した学生や、黄身が偏って飛び出している学生がスペンサー先生に「残して良いですか?」なんて言って叱られている。
「ペイシェンス、私とても不安だわ」
確かに見た目が悪いゆで卵が多い。
「大丈夫ですよ。スペンサー先生の説明をよく聞いて、その通りにすれば良いのです。先生は卵が入る鍋と言われたのです。大きな鍋とは言われていませんし、卵に被る水を入れて塩をひとつまみと言われたでしょ。それとお湯が沸いたらタイマーを10分セットして、お玉で卵を転がす。そしてタイマーが鳴ったら冷水に漬けて、冷えたら平たい所でコツコツして殻を剥く」
マーガレット王女が呆気にとられている。
「ペイシェンス、よく覚えているわね。私はタイマーを入れるのも忘れていたわ」
そうか、一度に全部覚えるのは難しいかもしれない。
「スペンサー先生の説明をメモしておけば安心ですよ」
「あっ、そうね。今度からそうするわ」
私達の話をスペンサー先生は笑いながら聞いていた。
「ペイシェンスには料理の授業は必要ありませんね。終了証書をあげましょう。それとマーガレット王女、メモを取るのは良い事ですよ。頑張って下さい」
うん、私がいなくてもスペンサー先生なら大丈夫そうだ。
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