第75話 楽しい冬休みはどこ?

 厄介なお客様だと思ったモンテラシード伯爵夫人だったけど、結果オーライだよね。王立学園の男子制服のお古は貰えるし、ポニーも馬術教師込みで週2回来るし、剣術は従兄弟の現役騎士が指導してくれるみたいだ。まぁ、これはあまり期待しないで待っておこう。伯母様の独断で、サリエス卿も忙しいかもね。

 父親の恨みがましい視線ぐらい我慢して昼食を食べる。うん、グレンジャー家の食糧事情はかなり改善されているね。

 ロマノ菜と蕪のポタージュ、まだ茶色いけど柔らかなパン、たっぷりの冬野菜のソテーが付いた小さなステーキ。健康にはこの位の肉で良いんだよ。野菜が多い方がね!

「お肉は食べきれそうにありませんわ」

 私は上級食堂サロンで贅沢な食事を毎日しているからね。野菜のソテーだけで十分だよ。育ち盛りの2人には小さなステーキでは少ないもん。ナシウスは遠慮するけど、ヘンリーは目を輝かす。

「お姉様、良いのですか?」なんて可愛いの!

「ええ、ポタージュとパンでお腹がいっぱいになりましたから。それに野菜のソテーも多いから」

 2人にお肉を分けてあげるのは転生した当時と同じだけど、私もお腹いっぱいなのが違うよ。

 昼からはお客様で出来なかったダンスとハノンの練習を応接室でする。

「1年のダンスは簡単なステップだから、ナシウスもすぐに覚えられると思いますよ」

 私はハノンを弾きながら、ステップを2人に練習させる。可愛いったらないのよ。ああ、幸せ!

 次はハノンの練習だ。ヘンリーも音階の練習はバッチリなので、簡単な童謡を弾かす。

「上手だわ。指の練習の曲も弾きましょうね」

 童謡に較べるとペイシェンスが持っていたハノンの練習曲は退屈だ。でも、指がちゃんと動かないと上達しないからね。

「お姉様、もっと楽しい練習曲は無いのですか?」

 ナシウスは私が書いた練習曲はマスターしちゃって、ペイシェンスが持っていた練習曲しか残って無い。

「ええ、でも冬休みの間に何曲か作りましょうね。もう少し難しくても大丈夫かしら?」

 ナシウスが嬉しそうに頷く。う〜ん、可愛い。お姉ちゃん、何曲でも書くよ。アニソンも良いかも。ピアノの練習本のブルグミューラーも良いかもね。覚えているかな?


 ダンスとハノンの練習が終わったら、温室で苺の種を撒いた。

「これで苺が食べれる!」ヘンリーは苺が大好きだもんね。

「ええ、苺が大きくなるように魔法をかけておきましょう」

 私が少し力を込めて「大きくなれ!」と唱えると、小さな芽が出た。

「この芽を藁で保護するのですよね」

「ナシウスはよく覚えていますね。そう、苺は寒がりだから藁のお布団を掛けてあげましょうね」

 弟達と勉強したり、温室で作業したり、冬休みは幸せだぁ! なんてことを考えていたのに……好事魔多し! アマリア伯母様、少しは役に立ったと感謝していたのにさ。やはり厄介な客だったよ。


「お嬢様、お客様ですわ」

 メアリーが呼びに来た。プンプン!

「誰がいらしたの?」パラダイスを邪魔するのは誰なんだよぉ!

「マックスウェル子爵夫人です。子爵の2番目の姉上になります」

 メアリーの言葉に苦手だと書いてある。モンテラシード伯爵夫人は借金の返済でも一応は援助していたし、お古の制服とか古着をくれていた。このマックスウェル子爵夫人は何もしてくれなかったんだね。

「ねぇ、お父様には何人の兄弟がいるの?」

 折角の冬休みを潰されたくは無い。

「お姉様方がモンテラシード伯爵夫人、マックスウェル子爵夫人、ノースコート伯爵夫人です」

 父親は3人の姉を持つ末っ子だったようだ。皆んな結構良い家に嫁いでいるね。グレンジャー家も領地は無いけど、良い家だったのかも。父親が免職になる前はさ。屋敷だって立派だし、一等地に建っているしね。

 温室で土いじりしていたので、生活魔法で綺麗にして、応接室に入る。あっ、父親はもう疲れているみたい。久しぶりに訪ねて来た2番目の姉にも説教されたのかな。

「ペイシェンス、こちらがシャーロッテ・マックスウェル子爵夫人だ。伯母様に挨拶しなさい」

 アマリア伯母様より細いシャーロッテ伯母様は、厳しい目で私を見ている。値踏みしているのかな? 目つきが悪いだけ?

「ペイシェンスです。お初にお目にかかります」

 礼儀正しく挨拶するよ。一応はね。

「まぁ、ユリアナにそっくりね。彼方のケープコット伯爵家とはお付き合いが無いそうだけど、困った事だわ」

 父親が慌ててシャーロッテ伯母様を止める。

「その件は……それで姉上は何をしに来られたのですか? ユリアナの葬儀にも来られなかったのに」

 あっ、父親の嫌味だ。って事はアマリア伯母様は葬儀は来たんだね。

「あの時は領地に居たのです。それに冬場は来ようにも来られない事があるぐらい分かっているでしょう」

 言い訳しているけど、少し後ろめたく感じているようだね。

「相変わらず貴方は人を思いやったり出来ないのね。だから、免職になったまま職にもつかず。姉上が驚いておられましたよ。息子達の教育をおざなりにしていると」

 やはり、あのアマリア伯母様から情報を仕入れてやって来たんだ。姉妹のネットワークだね。

「ペイシェンスがマーガレット王女様の側仕えを立派に果たしていると聞いて、男親だけではきちんとした身なりをさせていないのではと心配になったのです。再婚しないなんて親として失格ですわ」

 再婚かぁ、それより就職して欲しいな。継母に弟達が虐められたら困るもん。嫌な事を言う伯母さんだなぁと思っていたが、意外な事にシャーロッテ伯母様は絹の生地をたっぷりとプレゼントしてくれた。大きな衣装櫃にどっさりと入っている。

「マックスウェル子爵領はロマノの東にある小さな領地ですが、夫は領民達の産業育成に力を注いでいるのです。この絹織物もマックスウェル領の名産なのですよ。言っておきますが、これを売って本を買ってはいけませんよ。これはペイシェンスのドレスにしなさい」

 チクチク嫌味を言うし、母の実家ケープコット伯爵家には何か含むところがありそうだけど、生地は嬉しい。

「伯母様、ありがとうございます」

 素直にお礼を言っておく。

「いえ、私には娘がいませんから、貴女にはもっと気を掛けなくてはいけなかったのです」

 意外と悪い人では無いのかもしれないと思ったが、やはり厄介だ。

「それからリリアナが訪ねて来ると思いますわ。あの子はきっと無理を言うと思うけど、受けておいた方が良いですよ」

 父親は渋い顔をした。無理って何だろう。

 私が首を捻っていると、シャーロッテ伯母様がクスリと笑った。

「本当にペイシェンスはユリアナと似ているわ。あんな事が無ければケープコット伯爵家が貴女を保護したでしょうね」

 父親が苦い顔をしている。母親の実家とも揉めたのだろうか?

「まぁ、ケープコット伯爵はカッパフィールド侯爵の寄子ですから、仕方ありませんわよね。東に領地を持つ我家も寄子ではありませんが、あまり公には近寄れませんでしたもの」

 これはシャーロッテ伯母様なりに謝っているのだろか? 私がマーガレット王女の側仕えになったから、近づいても良い雰囲気になったのか? ここら辺の常識が分からないよ。

 それにしてもリリアナ・ノースコート伯爵夫人は何の無理を言いに来るのだろう。借金の申し込みじゃ無いよね。受けた方が良いって事は、受けれるけど厄介なんだろうな。これ以上、弟達との冬休みを邪魔して欲しくないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る