第65話 冬が来る前に

 9月になると秋らしくなってきた。暑さも和らぎ過ごしやすくなったが、私は冬の寒さが忘れられない。転生した時の寒さはトラウマになっている。

「薪は十分かしら? 保存食はもっと作った方が良いのかも」

 父親が無職のグレンジャー家に金が無いのを嘆いても、冬の寒さは容赦無い。しっかり準備をしたい。

「もう裏庭の畑で夏野菜は栽培できそうに無いわね。とうもろこしを収穫した後は、蕪とかの冬野菜を植えましょう」

 とうもろこしが異世界にあるのも知らなかったペイシェンスなので、野菜の選択はジョージに任せる。

 収穫したとうもろこしは乾燥させて、粒を粉にするけど、一部は生で使う。コーンクリームスープ、食べたい。秋生まれのヘンリーとペイシェンスの誕生会に出したいな。

 夏の離宮でレシピを教えたお礼の気持ちなのか、王宮行きの帰りは籠2つ分の卵や砂糖やバターや生クリームが貰えるようになった。もしかして、塩作りの手伝いのお礼かもね。ちょっとしょぼい。

 スイーツを作る時もあるけど、エバに料理に使って貰ったりもするよ。食事の改善はしないとね。ペイシェンスもガリガリでは無くなってきたし、弟達も背が見る度に伸びている気がする。父親もガリガリを脱したし、他の使用人達もだ。まだ痩せているけど、もうガリガリじゃない。

 飽食の前世を知っているから、太り過ぎには注意しなくてはいけないのは分かっているが、すくなくともグレンジャー家には関係ない話だね。

 私の誕生日とヘンリーの誕生日は本当は1週間離れている。でも、卵やバターは王妃様頼りなので、それに合わせて誕生日ケーキを焼くつもり。

『駄目、そんな欲張った事を考えると罰が落ちる。鶴亀、鶴亀』

 危ない、危ない。ケーキはその時次第だけど、コーンスープは欲しいな。それとメインにお肉。魚は好きだけど、内陸のロマノでは手に入れ難い。その点は夏の離宮は良かったな。キース王子は魚が嫌いだから生憎だったけれどね。

 異世界について知らないから、どのくらいの薪が必要なのかワイヤットに質問するのに「お嬢様が心配されなくても大丈夫です」なんて追い払われた。でも、ペイシェンスは死んだんだよ。不安だ。

 エバには保存食が十分か尋ねる。だって今年は1人増えたんだもん。マシューも食べ盛りだよね。

「これくらい有れば冬を越せます」

 そう言われて少しだけ安心する。でも、やはり保存食はもっと作るよ。食料保存庫の棚いっぱいに並べたいからね。

 裏庭の畑には蕪、芋、ブロッコリー、そしてロマノ菜。このロマノ菜は栄養満点だそうで、見た目は前世のほうれん草と小松菜の間みたいに見える。そのまま湯がいて添え物にしたり、スープにしたり、赤ちゃんの離乳食にもするそうだ。

 栄養満点なのは良いな。弟達は成長期だし、書斎に篭っている父親にも栄養が必要だ。それにロマノ菜は成長が早い。種を撒いて、少し生活魔法を掛けただけで大きくなった。

「間引き菜も料理に使えるのも良いな」

 小さな菜を弟達と引っこ抜いていく。あまりびっしりだと大きくなりにくいみたい。蕪の間引き菜も摘んだので、マシューにエバに渡してもらう。

「今日はとうもろこしパンよ」

 とうもろこしを乾燥させて、粉にするのは生活魔法でしたよ。後はエバが焼いてくれる。

「美味しいの?」

 ヘンリーは私が関わると美味しい物が食べられると思っているみたい。

「ええ、美味しいわよ」

 もっと、もっと美味しい物を食べさせてあげたい。キスしちゃおう。

「林檎や梨も増やしましょう」

 ジョージやマシューが取ってくれた林檎や梨。一部はコンポートにして瓶に入れた。そこまで沢山の砂糖は入れて無いから、春まではもたないかもしれないけど冬は食べられるよね。

「梨、美味しかったです」

 ナシウスは梨が好きみたい。駄洒落じゃないよ。西洋梨系のねっとりとした甘さに嵌ったみたい。

「今度、梨のお菓子も作りましょうね」

 わっ、嬉しそうに笑うナシウス。可愛いよ。でも、ヘンリーみたいに気楽にキスはできない。9歳になって朝と寝る前のキス以外は恥ずかしがるんだよ。悲しい。


 家庭菜園は順調だし、学園生活にもマーガレット王女の側仕えにも慣れた。

 異世界に転生して魔法がある世界だとも知っているし、使っている。それに魔石があるのだから、魔物がいるのも知っていた。なのに魔物を見た事が無いから、関係無いと思っていた。夏の離宮へ行く時も魔物なんか遭わなかったから。

  王族が通る道は前もって魔物は討伐されているし、騎士が護っていたから出逢わなかったなんて知らなかったんだ。

 だから、上級食堂サロンでリチャード王子がいない理由にショックを受けたのだ。

「今頃、兄上は魔物を討伐なさっているのかな? 冬前の魔物は強いと聞くけど、大丈夫かな」

 リチャード王子が居ないのは分かっていたが、何か用事があったのだろうと思っていた。

「お兄様は大丈夫よ。騎士も同行すると仰っていたでしょ」

 キース王子とマーガレット王女は、何でも無さそうな口調で会話している。それどころかキース王子は羨ましそうな口調だ。

「えっ、魔物の討伐は危険では無いのですか?」

 私の驚いた顔にキース王子が張り切って説明する。

「冬になると食べ物が少なくなるから、魔物も冬眠する。その為に秋は凶暴になるのだ。毎年、騎士コースの学生も討伐に参加する。魔物の肉は美味しいぞ。ペイシェンス食べた事あるか?」

 この時は魔物のイメージは熊とか猪だった。騎士達に付き添われて騎士コースの学生が狩りをするのだろうと思っていた。

「ペイシェンス、心配しなくてもリチャード兄上は大丈夫ですよ。毎年行われている冬支度の一環ですもの。それより収穫祭の新曲の方は出来ていますか」

 相変わらず音楽ラブなマーガレット王女だ。冬支度? 私が保存食を備蓄するみたいなものなのか。

「あのコーラスクラブには負けられませんからね。まぁ、あのレベルに負ける筈がありませんけど」

 収穫祭は青葉祭とは少し趣が違う。青葉祭は学園祭みたいな物だったが、収穫祭は卒業する6年生の追い出し会みたい。

 だから文化部がメインで講堂で出し物を披露する。青葉祭で揉めたコーラスクラブに敵意全開だけど、喧嘩はやめて下さいよ。メリッサ部長も卒業されるのだから。新部長のアルバートは喧嘩をおさめるどころか火に油を注ぐ事しかしなさそう。ルーファス学生会長に叱られるよ。そっか、リチャード王子は学生会長では無いんだ。もう卒業されるんだね。何となく寂しいな。


『何よ、これ? 魔物って魔物ってデカすぎ』

 次の日、荷台に乗せられた魔物の大きさにびっくりする。象ぐらいの大きさの猪?

 なのに周りの人はあまり驚いていない。

「ふうん、今年の魔物はわりと小さいな。きっとこの冬はあまり寒くならないだろう」

「去年の魔物は大きかった。冬も厳しかった。今年は領地で死者を出さずにすみそうだ」

 そうか、転生した途端の寒さはローレンス王国としても厳しかったんだ。そして、死者も出たんだね。

「ビックボアをリチャード兄上が仕留めたのだぞ。まぁまぁの大きさだ」

 キース王子の兄上自慢だ。

「王宮にも騎士団が仕留めた魔物が運ばれたみたいですね。そちらの大きさはどうなのでしょう? 去年のような冬は困りますからね」

 ラルフの言葉にヒューゴも頷く。

「うちの領地は北部にあるから、厳しい冬は死活問題なんだ」

 ロマノの冬も厳しく感じたけど、北部はもっと寒いだろう。

「騎士団や冒険者達も魔物を多く討伐したそうだ。これで冬に迷い出る魔物は少なくなるだろう。それに、王都の民は冬支度に困らないさ」

 キース王子も民の生活を心配したりするんだね。こんな象みたいな猪はビックボアと呼ばれているみたいだけど、食べるんだ。美味しいって本当かな? 異世界の冬支度は私の理解の範囲を超えている。

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