第64話 秋学期が始まった

 裏庭の畑に植えてあった豆や芋の2度目の収穫を終え、とうもろこしを植えて、少し強引に成長させた。だって、秋学期が始まるからね。

 天然酵母は素晴らしかった。エバが柔らかいパンを焼いてくれたんだよ。あのカチカチなパンとはさよならだ。まだ茶色いし、ふわふわとは言えないけどね。とうもろこしパンも楽しみだ。

「お嬢様、少し背が高くなられたみたいですね。制服を合わせてみましょう」

 2ヶ月ぶりに制服を着てみた。小さくなっているかをメアリーは心配したのだ。

「これなら大丈夫だわ」

 少しだけ裾丈が短くなっているけど、このくらい良いんじゃない。

「いえ、裾を下ろさないといけませんわ」

 夏休みの間に少しは背が高くなったみたいだ。家の食糧事情もかなり改善されたし、学園で栄養をとっているからね。成長期に間に合って良かったよ。


 弟達と別れて寮に行かなくてはいけない。少しでも一緒に居たいから、昼食後に行く。

「週末に帰ってきますよ。それまで元気でね」

「お姉様、行ってらっしゃい」

 夏の離宮で長期間離れていたので、弟達はあっさりとしている。辛い。

 ジョージが馬車を出して、学園に向かう。私も背がほんの少し高くなったが、弟達も高くなった。どんどん成長してくれるのは嬉しいが、お姉ちゃん離れしていくのだろうと思うと悲しい。などと感傷に浸る暇も無く学園に着いた。本当に通いたいよ。

 王様も何の気まぐれで王子達や王女を寮に入れたのだろう。リチャード王子なんか1年だけだし、マーガレット王女の学友は誰1人寮に入らなかったんだよ。リチャード王子が卒業されたら、マーガレット王女だけでも王宮から通うことにして欲しい。そうすれば、私の側仕えも無しになるんだけどなぁ。

 そんな事を考えながら、メアリーが荷物を片付けるのを眺めていた。夏休み前に服と教科書は家に持って帰ったんだ。教科書は勉強する為、服は生活魔法で綺麗にしているけど、やはり一度洗って貰いたかったから。なんか、やっぱりね。あっ、下着はメアリーが時々持って帰って洗っていたよ。汚ギャルじゃないもん。

「お嬢様、マーガレット王女様の側仕えをしっかりお勤め下さい」

 気が重くなる言葉を置いて、メアリーは帰った。夕食までにはマーガレット王女も寮に来られる。少しの自由時間だ。内職するか、散歩するか悩む。

「内職は離宮から帰って頑張ったから、散歩にしましょう。寒くなる前に体力をつけたいから」

 夏の離宮で海水浴とか乗馬とかで少しは体力がついたと思うけど、まだまだだ。冬の寒さ対策の薪はかなり備蓄できたけど、また風邪をひいて肺炎とかなりたくない。

 学園の敷地は広く、薔薇も咲いている。散歩して体力をつけよう。

 8月の後半になり、風に少し秋の気配を感じる。前世の夏とは違うのが嬉しい。暑いけど、堪えられない事は無い。そのかわり、冬の寒さは厳しく感じるな。

「もっと早く歩かなくては運動にならないのかな?」

 ペイシェンスは歩くのに慣れていないので、ゆっくりと散歩していたが、ウォーキングってもっと早足だったはずだ。私も通勤とか早足だったのに、身体はゆっくりとしか歩けない。お淑やかさが身についているようだ。

 まぁ、でも薔薇を見ながらゆっくり歩くのも悪く無い。優雅な時間の筈なのに、ついどんな薔薇が高く売れるのだろうなんて下世話な事を考えてしまう。

 温室には挿木した薔薇が花を咲かせている。でも、庭に残っていたのは丈夫な品種だけで、色もピンクと赤しか無かった。学園の色とりどりの薔薇が羨ましいよ。枝を切って持って帰ったらいけないのかな? ああ、私は優雅とは縁遠い。ペイシェンスに呆れられている気がする。


 秋学期も平常通り、マーガレット王女を朝起こし、朝食を共に食べるところから始まる。まぁ、前日に寮に来られたマーガレット王女に新曲を弾かされたりしたのもいつも通りだよね。

 私もうんざりだけど、マーガレット王女はもっと寮生活が嫌だと思っておられるだろうね。王宮では何不自由無く育ったのだろうから。なんて考えていたけど、意外な言葉が発せられた。

「寮に来るとホッとするわ」

 私は食べていたパンが喉に詰まりそうになった。

「えっ、寮にはメイドもいないし不便ではありませんか?」

「それはそうだけど、気が楽なのよ。初めは寮生活に耐えられないと思っていたのに不思議ね。きっとペイシェンスが側仕えになってくれたからだわ」

 有り難いお言葉だけど、もしかしてリチャード王子が卒業しても寮に残られるのだろうかと不安になる。私は自分が家から通いたいので、きっとマーガレット王女も同じだと思い込んでいたのだ。

「リチャード王子は秋学期で卒業されますよね」

「ええ、多分兄上はロマノ大学に通われると思うわ。もしかして、ロマノ大学の寮に入られるのかしら?」

 寮から出るとはマーガレット王女は考えてもいないみたいだ。でも、王様や王妃様の考えは別かもしれない。

 これからお金を儲けて馬を買えたとしても、きっとマーガレット王女が寮にいる限り側仕えは辞められない。つまり、寮生活が嫌になり、辞めたいと王妃様に頼んで貰わないといけないのだ。でも、王妃様はマーガレット王女が頼んだとしても簡単に許可を出すとは思えない。つまり、王様や王妃様の考え次第なのだ。

 一瞬、側仕えをサボって寮生活の不便さをマーガレット王女に味わって貰おうかと作戦を立てかけたが、不機嫌になられたのを必死で宥める未来しか見えない。それに、何故、王様が寮に入れたのかが分からないままなので、寮から出してくれる条件も分からない。

 頭が堂々巡りしている。

「マーガレット王女、陛下は何故寮に入る様に言われたのでしょう。そして、寮から出て王宮から通わせるお考えはあるのでしょうか?」

「さぁ、分からないの。リチャード兄上は私達を自立させる為だと仰っていたけど、学友達の入寮も許されたわ。私の学友は寮に入ってくれなかったので不公平だと思ってお母様に訴えたけど、相手にされなかったの。でも、貴女を側仕えに選んで下さったわ。お父様とお母様が何を考えて寮に入るように命じられたのか、誰も知らないのよ」

 マーガレット王女が分からないのに、私に分かる訳が無い。この状態を受け入れるしかないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る