第39話 変な女  ✳︎キース王子視点✳︎

 私はローレンス王国の第二王子、キースだ。第一王子のリチャード兄上を尊敬している。兄上は王立学園の学生会長もしているのだ。

 私も10歳になったので、リチャード兄上やマーガレット姉上と同じ様に王立学園へ通うと思っていたが、父上から突然「寮に入れ」と命じられた。去年まで兄上も姉上も通っていたのだ。王立学園は王宮の横にあるので、通えないわけが無い。殆どの貴族も屋敷から通っている。地方の下級貴族や入学試験に通った平民しか寮には入らないのに。

 何故、父上がそんな事を突然言われたのか疑問だが、父上の命に逆らうわけにはいかない。

「キース王子、私も入寮します」

 学友として王宮で一緒に遊んだことがあるラルフとヒューゴが寮に入ってくれたのは嬉しかった。寮には侍従がいないのだ。授業中はともかく、話す相手もいないのは寂しい。

 リチャード兄上なんか今年1年だけなのに寮に入るのだ。不満に思われているのでは無いかと尋ねたら叱られた。

「父上は私達に自立するように求められているのだ」

 そうなのかもしれないが、兄上の学友も何人か寮に入ったのだが、それも自立で良いのだろうか?

 私と兄上の学友は寮に入ってくれたが、マーガレット姉上の学友は入らなかった。男とは違い女子は色々と手入れが必要だからだそうだ。なら、姉上はどうされるのだろう。少し可哀想だ。それに姉上は朝がとても弱い。毎朝、女官や侍女達が学園に遅刻させないように大騒ぎしているので知っている。寮では1人だ。大丈夫なのだろうか?


 入寮に時間がかかるのは厄介だ。

「予め、ベッドなどは運び込んでおけば良いのに」と食堂で部屋が整えられるのを待ちながらラルフに不満をこぼす。

「普通の寮生は、ほらあそこの女学生でも衣装櫃1つだけですよ。だから予め運んだりする必要がないのでしょう」

 チビなので1年生だ。でも、寮に入るのは下級貴族だから、A組では無いだろうとチラッと見て忘れた。

『カラ〜ン、カラ〜ン』

「やたらと鐘が鳴るな」

「時計を持っていない学生もいるそうですから、鐘で時間を知らせるのですよ」

 ラルフの言葉に呆れる。貴族で時計を持っていない者などいるのだろうか? 私が呆れているうちに、ヒューゴが席を立った。

「これは昼食の鐘ですね。どうやら自分で取って来なくていけないようです。私が取って来ます」

 カウンターの前には何人かがお盆を持って列を作っていた。これから朝と夜はここで食べるのかとうんざりしていたら、兄上の怒鳴り声が聞こえた。

「お前はキースを甘やかして取り入るつもりか。父上が私達を寮に入れたのは、自立させたいと考えられたからだ。そのご意志に反させるつもりか」

 何かヒューゴが兄上を怒らせたようだ。

「キース、ここに来て、この女学生に謝りなさい」

 私は兄上の元に行く。でも、私が怒られる筋合いは無いと思う。

「兄上、私はそんなこと頼んでいません。こいつが勝手に……」

 兄上に威圧され、反省する様にと叱られた。でも、謝るべき女学生の姿は何処にも見当たらず、兄上も少し気まずそうな顔をされた。もしかして、さっきの衣装櫃1つで寮に入った女かもしれないと思った。

「変な女」ペイシェンス・グレンジャーの第一印象は、あまり良くなかった。それはヒューゴが横入りしたせいで、私まで兄上の威圧を受けたからだ。少し八つ当たりもあった。


 入学式で入学生代表して挨拶をする事になった。勿論、兄上は学生会長だから歓迎の挨拶をされた。見事な挨拶のすぐ後だったので、緊張してしまった。だが、ラルフとヒューゴが「立派でした」と褒めてくれた。お世辞かもしれないが、少しホッとした。

 私は勿論A組だ。1年生は身分の上からだから当たり前だが、2年生からは成績順になる。絶対にA組でないといけない。兄上も姉上もA組をキープしておられる。

 自己紹介は退屈だ。最初の数人と美人のルイーズぐらいしか聞いて無かったが、最後のペイシェンス・グレンジャーは逃げ出した女だと驚いた。子爵家なら屋敷から通うだろう? 生活魔法しか授からなかったのはチビに相応しく感じた。何となく、兄上に叱られたのが後を引いている。

 なのにあのチビは次々と飛び級していく。何だか腹立たしい。その上、魔法実技では終了証書まで貰った。年寄りの先生なので甘いのだろう。ズルいぞ。私なんか熱血指導されているのに。

 私は数学、国語、魔法学、ダンス、音楽の飛び級を得た。なかなか満足な出来だと思うのだが、ペイシェンスはなんと全科目合格して2年生に飛び級した。

「グレンジャー家は学問の家ですから」とラルフに慰められた。


 ガリ勉のチビなどほっておこうと思ったが、日曜の夕食時に何故か兄上と姉上と同じテーブルに座っていた。

「なんでおまえが、ここに?」疑問にチビは答えず姉上が答えた。

「ペイシェンスは、お母様が選んだ私の側仕えなのですよ」

 母上が選ばれたのなら、私が口を出してはいけない。それぐらいは分かっている。

「ちゃんとお世話するのだぞ」と言い聞かせておいた。姉上は朝に弱いのだ。

 このペイシェンスはどうやってか1人で姉上を起こし、朝食も食べさせている。やはり母上は間違いなどなさらない。

 飛び級した2年の国語でルイーズがペイシェンスに「どうやって側仕えになれたの? 教えて!」と熱心に質問していたが、寮に入る覚悟が無いなら無理だ。それに、ルイーズには姉上を起こせるとは思えなかった。あの女と違って普通の令嬢だから。


 だが、あの女も役に立つ。昼食は上級食堂サロンで兄上と姉上と一緒に食べる様に母上に命じられているのだが、野菜を残すと叱られるし、時々、兄上を怒らせてしまうのだ。側仕えとして同じテーブルに付いているペイシェンスは何度か兄上の怒りを解いてくれた。どうやって解いたかはよく分からないのだが、少し見直した。

 なのにあいつときたら変人のアルバートに求婚されて頬を染めているのだ。姉上が断ったそうだが、本人は玉の輿だと思っていたのでは無いだろうか?

「ふん、お前に求婚するのは変人ぐらいだぞ」

 何となく腹が立って言ってしまったが、少しキツかったかもしれないと反省していたというのに、あの女ときたら1人で外出しているのだ。危機感とか持っていないのか! チビだから令嬢としての嗜みは無いのだろうか?

「お前、何処に行っていたんだ」

 思わず馬車の窓から顔を出して怒鳴ってしまった。あいつときたらしゃあしゃあと「少し散歩に行っただけです」と言い放つ。本当に変な女だ。だが何故か気にかかる。

 外出の件は黙っていてやろう。兄上が怒っているのを何回か逸らしてくれたから。私は恩を忘れたりはしないのだ。

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