第31話 少女よ大志を抱け

 暖炉の前のソファーで履修要項を読む。

『履修届、書くの苦手だったな』前世の大学の記憶が蘇るが、そんな事よりコース決定だ。

 まず、騎士コースはパス。馬にも乗れないのに騎士はなれない。

「魔法使いコース、生活魔法でも取れるのかな? えっ、錬金術?」

 異世界に来てから、魔法は使えるし、使っているのを魔法実技で見たけど、科学的な物は知らなかった。

「そっか、魔石でお湯を沸かしたり、トイレを綺麗にしたり、灯りをつけたりする魔道具を作るのは錬金術なんだ」

 文官コース、法律の授業もあるけど、経済とか外国語とか面白そうなのもある。どうせ異世界に来たなら、旅行もしたい。魔物は怖いけど、護衛とかいるんじゃないかな。

 ローレンス王国の冬は寒いんだよ。年を取ったら暖かい土地に住みたい。これ、寒さで死にそうになった異世界初体験のトラウマかも。

「でも錬金術にも興味あるわぁ。ロマンだもの」

「何に興味が有るのかしら?」

 びっくりした。

「マーガレット様、どうしてここに?」

 目の前の質素なソファーに座って、興味深そうに部屋を見渡しているマーガレット王女に驚く。

「いつまで待っても部屋に来ないし、何度ノックしても返事もないから、勝手に入ったのよ。それで、何に興味があるの? あら、中等科の履修要項ね。まさか、中等科に飛び級するの?」

「いえ、まだ先のことですが、中等科でどのコースを取ろうかと考えていたのです」

 マーガレット王女は微笑んだ。嫌な予感しかしない。

「ねぇ、ペイシェンス。貴女は来年中等科に飛び級できるのでは無いかしら」

 ヘビに睨まれたカエルになった気分だ。マーガレット王女もリチャード王子と同じ威圧を持っているんじゃないかな?

「できればそうしたいと……」

 馬鹿だ! マーガレット王女と同級生になっちゃうじゃない。本当にまぬけだ。

「でも、まだ勉強しなくてはいけませんし、ダンスは苦手ですから……」

 冷や汗をかいて無理だと弁解する。

「あら、ダンスなんか飛び級に関係無いわ。でも、苦手なら練習すればいいだけね。それで、何に興味を持ったの?」

 こうなったら正直に言うしかなさそうだ。

「私は文官コースを取ろうと考えていたのですが、魔法使いコースの錬金術の授業に興味をひかれたのです」

 マーガレット王女は、にっこりと笑った。笑顔って怖いんだね。

「文官コースを取っても、錬金術の授業を受けれますよ。それに、私は家政コースですから、それも取れば良いのよ」

 晴れ晴れとした顔のマーガレット王女に泣きつく。

「そんなの無理ですわ。家政コースと文官コース、両方取るなんて。それでは錬金術なんて受けれません」

「まぁ、ペイシェンス。終了証書を魔法実技、家政、それに音楽も取ったも同然でしょ。数学も取るつもりで、教科書を先生から貰っているのではなくて?」

 部屋に入られたのは失敗だ。中等科の数学の教科書で見破られている。

「それに2コース取る人もいますよ。リチャード兄上は騎士コースと文官コースを取っておられますもの」

 ご立派なリチャード王子には嫌になる。ちょこっとだけキース王子に同情したよ。

「良かった。お母様の見立ては本当に素晴らしいわ。これで来年は同級生だし、数学は終了証書を貰えるぐらいだから教えてね」


 ご機嫌なマーガレット王女に特別室まで連れて行かれて、ハノンで新曲の練習をたんまりとさせられた。

 混乱した頭で2コース受けるには、どれ程の科目の終了証書が必要なんだろと考えてタッチミスしたら、マーガレット王女に叱られた。踏んだり蹴ったりの気分だ。

「ちゃんと練習しないと、金曜にお母様の前で恥をかくことになるわよ」

 びっくりして呼吸が止まるってあるんだね。二度死ぬ羽目になりそうだったよ。

「どういう意味でしょうか」ペイシェンスのマナーって完璧。『ええー聞いてないよ!』と怒鳴りつけたい気分でも、上品な質問に変換される。

「あら、伝えて無かったかしら? お母様が側仕えのペイシェンスの顔を見たいと手紙を下さったのよ。金曜に帰る時に貴女も同行するの」

 新しい曲を披露したら良いわ、とかマーガレット王女の言葉が頭に入って来ない。

 ナシウス、ヘンリー、週末に会えるのだけが私の心の支え(オアシス)なのに。

「あのう、家に帰らないといけないので……」

 王宮には行きたくないとの願いは、無視された。

「ちゃんと家には送りますわ」

 それがいつかは分からないけど、弟達には会えそうだ。今はそれで納得するしかない。

 それからは必死に練習した。ペイシェンスも『頑張って!』と応援してくれたお陰か、スムーズにモーツァルトのソナタが弾けるようになった。ハノンにも慣れたよ。


 夕食、ついてない時はついてない。リチャード王子と同席になった。

「お兄様、ペイシェンスは来年は中等科を目指すのよ。これで同級生になります」

 ああ、まだ飛び級できてもないのに、外堀から埋めるのはやめて欲しい。でも、側仕えとして黙って聞いているしかない。

「そうか、ペイシェンスは本当に優秀なのだな」

 お褒めの言葉も埋める土を盛られた気がする。

「ありがとうございます」とお礼は言うけどね。

「それどころか、ペイシェンスは数学の終了証書も取るつもりですの。中等科は家政コースと文官コースの2コース取る予定なのですよ」

 わぁ、外堀だけでなく内堀を埋められたよ。

「そうか、大志を抱いているのだな。頑張りなさい」

 大志なんか抱いていません。飛び級して弟達との時間が欲しかっただけです。

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