第32話 王妃様と会いに王宮へ
金曜日、ケプナー先生やマーガレット王女の予想通り、音楽も終了証書が貰えた。モーツァルトは天才だもん。絶賛する先生になんかズルした気分になった。
美術ももう少し絵の具の使い方を学べば終了証書をあげても良いと先生に言われた。グレンジャー家には絵の具を買うお金は無かったのでペイシェンスも慣れていなかった。それに私も異世界の絵の具に慣れていなかった。油絵の具に似ているけど、ゴリゴリと石を砕いたり、岩絵具にも似ている。昔の油絵の具に近いのかも。
そう、こんな現実逃避をしているのは、マーガレット王女とメイドのゾフィーと共に王宮へ向かう馬車に乗っているからだ。王宮はお隣さんだ。すぐに着いた。なのに、まだ馬車は止まらない。免職になったグレンジャー家の者は表から入れないのかな?
「ペイシェンス、変な顔をしているわ。王宮の表は行政をする場所なのよ。私達は後の離宮で暮らしているの」
王宮を半回りしたら、離宮が見えた。王宮より少し小さいが豪華な建物だ。心臓がバクバクする。ペイシェンスのマナーを信じて、マーガレット王女の後について歩く。
離宮の中を色々見たいけど、きょろきょろするのはマナー違反みたい。王妃様の部屋へと向かう。
「お母様、帰りました。側仕えのペイシェンス・グレンジャーですわ」
制服のスカートを摘んで、深くお辞儀をする。お声が掛かるまで、顔を上げてはいけないのだと、ペイシェンスが注意している声がうるさくて頭が痛くなる。
「ペイシェンス、お顔をあげなさい」
やっとお辞儀から解放された。顔を上げて、ビクトリア王妃を見る。高貴な美しさって、王妃様の為の言葉だ。5人もお子様を産んだとは思えない若さと美しさだ。
「ペイシェンス・グレンジャーです」
挨拶すると、椅子を勧められた。座ってもいいんだよね。マーガレット王女も頷くので、行儀良く座る。
「ペイシェンス、貴女の母親のユリアンヌと私は王立学園で友達でしたの」
貴族は王立学園に通う義務があるのだから、それも不思議ではない。
「お母様、それでペイシェンスを側仕えに選ばれたのですか?」
マーガレット王女の質問に、ビクトリア王妃は微笑み、問い返した。
「マーガレット、ペイシェンスが側仕えになってどうですか?」
質問に質問で返すのは、本当はマナー違反だ。でも、王妃様とマーガレット王女は親子だし、私の口出す事ではない。
「ペイシェンスは良い側仕えですわ。母親のことを抜きにしても」
それで結構と、王妃様は満足そうに頷く。それを合図に、前に紅茶とケーキが置かれた。
王妃様とマーガレット王女が口を付けてから、私も紅茶を飲む。やはり高級茶葉は良い香りだ。ケーキは……王宮でも砂糖がザリザリなんだね。上級食堂サロンのと違うのは一口サイズにカットされているところだ。このくらいなら食べられる。
親子の会話に側仕えは口出しなんかしてはいけないので、黙って聞いている。
「朝はきちんと起きていますか? 朝食を食べないといけませんよ」
「ええ、しっかりと食べていますわ」
そう、私が起こして、朝食を取れるように身支度も手伝っている。
「まぁ、素晴らしい進歩ですわね。アルフレッド様も喜ばれるでしょう」
つまり、マーガレット王女は離宮でも朝寝坊していたのだ。女官は苦労していたのだろう。
「勉強は大事ですわよ。しっかり学びなさい」
「はい、しっかりと学んでいますわ」
数学の宿題は少し手伝っているけど、自分で全問解いたよ。
「それよりお母様、ペイシェンスは音楽の才能があるのですよ。さぁ、ハノンを弾いて」
マーガレット王女は、王妃様とこれ以上学園生活について話したくないようだ。話を変える切っ掛けにハノンの演奏を命じられた。
モーツァルトのソナタを弾く。
「素晴らしいわ。ユリアンヌもハノンが上手でしたが、貴女のは格別ですわ」
絶賛されて少し疚しい気分になるが、チートらしい能力は貰って無いんだから、これぐらい良いことにしよう。あっ、少し変な生活魔法もチートなのかもしれないね。
その後も何曲か音楽クラブの新曲を弾いて、どうにか王妃様への挨拶は無事に終わらせそうだ。
「ペイシェンス、素晴らしいハノンの演奏の褒美を取らせないといけませんわ」
欲しいものは無いかと尋ねられた。お金が欲しいとは言ってはいけないとペイシェンスがうるさい。
「いえ」と一度は遠慮するのがマナーだとペイシェンスに従うが、王妃様も拒否は受け入れない。でも、高価な物は駄目だとペイシェンスがあれこれチェックする。
「では、卵とバターと砂糖と生クリームを少し頂ければ嬉しいです」
ビクトリア王妃とマーガレット王女は変な顔をする。
「それくらい良いですが、どうして欲しいと思うのかしら?」
「弟達にお菓子を作ってあげたいのです」
王妃様はグレンジャー子爵が免職になって生活に困窮しているのは察していたが、令嬢自ら台所に立つ程とは考えていなかった。
「そんなに……」
「いえ、亡くなった母と何度かオヤツを作っていました。弟達は覚えていないでしょうから、作って食べさせてあげたいのです」
実際は、王妃様が考えている以上の貧しさだけど、それは言うべき事ではない。グレンジャー家は誇り高いのだ。
「まぁ、とても素敵な思い出ですわ。そうですわ、弟君達は幼くて母親をはっきりと覚えていないでしょう。しっかりと母親の味を教えてあげなさい」
令嬢が台所に立つのはあまり褒められた事ではないが、母親とのスイーツ作りは良いみたいだ。これで、私の好きなスイーツが弟達と食べられる。
やっと王妃様と顔合わせは終わり、王宮の立派な馬車で屋敷に送って貰えた。付き添いのメイドが籠に卵や砂糖やバターや生クリームを入れて持っている。それに1日早く弟達に会える。嬉しい!
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