第23話 マーガレット王女の側仕え

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。ナシウスは飛び級したことを凄く褒めてくれた。嬉しかったなぁ。ヘンリーは今一つ飛び級の意味をわかっていない様だったけど「お姉様は賢いのですね!」と褒めてくれた。ナシウスの言ったままだけど、可愛いからキスしちゃうぞ。

 もう日曜の午後だ。つまり、寮に帰らなくてはいけない。後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗る。

「お嬢様、マーガレット王女様の側仕えだなんて、素晴らしいですわ」

 メアリーはもう足が地についていない状態だ。

「私に勤まるか不安ですわ」これ、本心だ。

「お嬢様なら大丈夫です」

 そう、ペイシェンスだったなら大丈夫だっただろう。でも、ペイシェンスは死んでしまった。死んでいるにしては、あれこれうるさいけどね。

 寮に帰りたくないのに、馬車は無情にも着いた。

「お嬢様、マーガレット王女様にご挨拶されないといけませんわ」

 なりたくない側仕えなのに、メアリーに注意されて、よけい嫌になった。

「ええ、分かっているわ」

 メアリーを帰して、今夜はゆっくりと2年の教科書を読むつもりだ。だが、相手は引かない。

「お部屋はご存知なのですか? 寮の管理人に尋ねて来ますね。それまでに、部屋を訪問しても良いかと、お手紙を書いておいて下さい」

 側仕えになれば部屋に行くのに前もって許可などいらないが、顔さえご存知ないかもしれないのだからと、メアリーにあれこれ注意された。

 メアリーが必要だと買った上品そうなレターセット。靴下のかけはぎ何足分なんだろうと、溜め息をつきながら、ペイシェンス任せで訪問の許可を取る手紙を書く。

「お部屋は3階の特別1号室ですわ。お手紙、届けて参りますね」

 下働きばかりしているけど、メアリーは母親のユリアンヌの実家から嫁入りについて来た侍女だ。本来の仕事に水を得た魚の如く生き生きしている。

「お嬢様、今から来て下さいとのことです」

 はぁ〜、溜め息は幸せを逃すとか言うけど、吐かなきゃやり切れない時もあるよね。メアリーは期待の籠った目をしたまま帰っていった。

 特別1号室、扉も部屋番号のプレートもゴージャスだ。ノックしたくないけど、待たせるのはマナー違反だとペイシェンスがうるさい。なるべくお上品にノックする。

 カチャと音がして、メイドが扉を開けてくれた。

「ペイシェンス・グレンジャーです」

「どうぞ、お待ちになっております」

 メイドがいるなら、側仕えはいらないんじゃないかと思うのだけど。

 特別室はどうやら二部屋続きのようだ。入った部屋にはベッドは置いてなかったので、奥の部屋にあるのだろう。寮の備え付けの家具とは違う豪華なソファーに、マーガレット王女は座っていた。

 金髪に緑の目は、リチャード王子やキース王子と一緒だね。綺麗な王女様だ。

「ペイシェンス・グレンジャーでございます」

 制服のスカートを持って、お辞儀をした。

「貴女がお母様が側仕えに選ばれたペイシェンスなのね」

 お母様が側仕えに選ばれた? つまりは自分は選んでいないって事かな? だったら、側仕えはしなくて良いかも? なんて気楽な事を考えた。

「さぁ、座りなさい」

 ソファーの向かい側に座る。メイドが紅茶を高そうな金の縁取りがついた茶器で出してきた。

「ゾフィーはもう帰って良いわ」

 あれっ、メイドは帰るの? もしかして、メアリーと同じで寮の送り迎えに付き添っていただけなの? 不安が込み上げてくる。

「紅茶は嫌いなの?」

 いえ、好きですよ。特に上等な茶葉の紅茶はね。

「いただきます」

 香り高い紅茶にうっとりする。でも、そんな場合じゃない。マーガレット王女に聞いておかなくてはいけない事がある。

「あのう、私は側仕えについて何も知らないので、教えていただきたいのです」

 雇用条件を最初に聞いておかないと、お互いに不満がつのるものね。

「先ずは、私をマーガレット様と呼ぶことね。いつも一緒にいるのに、王女様とか堅苦しくて嫌なのよ」

 堅苦しいのは私も嫌いだけど、寮の食堂で『マーガレット様』とか呼んでいたら、ルイーズ辺りが知って怒りそうだ。

「では、お部屋ではマーガレット様と呼ばせていただきます」

 マーガレット王女は私の言葉の意味を悟って、仕方ないわと受け入れた。

「学年が違うから授業は別だわね。でも、お昼は一緒に食べましょう。貴女を上級食堂サロンで見かけたことが無いけど、まさかダイエットしているの? 必要ないと思うわ」

 どうせガリガリですよ。ほっといて!

「いえ、私は普通の食堂で結構です」と断ったけど、王女は断られるのに慣れていないようだ。

「まぁ、でもAクラスの女子は皆、上級食堂サロンで食べているでしょ」

 お金が無いとは言いにくいが、このままでは平行線だ。

「グレンジャー家は質素倹約な家風ですから」

 マーガレット王女が黙った。嫌な予感がする。

「そうなのね! なら、私も下の食堂で食べましょう。父上が寮生活をする様に命じられたのは、私達が一般の人達の暮らしを知らないと考えられたからなの」

 勘弁して下さい! 混雑した食堂でマーガレット王女と一緒に食事は、視線が痛くて喉に何も通りそうにない。それぐらいなら、上級食堂サロンで上級貴族達と食べた方がマシだ。

「申し訳ありません。グレンジャー家には上級食堂サロンで食べるお金が無いのです」

 恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。

「まぁ、そうなの? そうならそうと正直に言って欲しかったわ。でも、側仕えなのだから、貴女の食事代も私が持つのは当然なのよ。分かっているとばかり思っていたわ」

 許して貰ったのは良かったが、できれば下の食堂で食べさせて欲しかったよ。

 それから、あれこれと要求をされた。寮の朝食、夕食は一緒に食べること。これは簡単そう。特別室の掃除は下女がしてくれるから、しなくて良い。生活魔法は得意なんだけどね。

「私は音楽が好きなの。ペイシェンスは音楽も合格したのよね。ハノンを演奏して欲しいわ」

 部屋に鎮座している豪華なハノンを弾くのは良いけど、かなり拘束時間が増えそうだ。本当にCDプレイヤーが欲しい。

「それと、数学が苦手なの。宿題を手伝ってね」

 おいおい、上級生だろう!

「ペイシェンスはまだクラブに入っていないわよね。音楽クラブに入りなさい。一緒にクラブ活動をするのも側仕えの仕事よ」

 ルイーズはコーラスクラブだったよな。ニアミスしそう。

「ええっと、それから……」

 マーガレット王女の要求にあっぷあっぷだ。救いの鐘が鳴った。夕食だ!

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