第22話 地獄の沙汰も金次第? お金だけでは駄目?

 折角の弟達エンジェルとの時間を父親に邪魔された気分で書斎に入る。

「ペイシェンス、学年を飛び級するだなんて、よく頑張ったな。誇りに思うぞ」

 褒めて貰って嬉しいが、弟達が待っている。

「ありがとうございます。これからも頑張ります」

 さっさと椅子から立ち上がり、書斎から出て、子供部屋に急ごうとした。

「まぁ、待ちなさい。まだ話は終わってない」

 父親の書斎の立派な机の上には2通の封筒があるのに気づいた。1通は王立学園のエンブレムと同じ封印があるから、飛び級についての通知だろう。でも、もう1通は……あの紋章は! 私の事をキース王子が何か文句を付けたのだろうか? 自分より合格数が多いのは不遜だとか。真っ青になった。

「ペイシェンス、大丈夫か?」

 不遇なグレンジャー家に新たな災いを齎らしたかもしれない。なのに父親は浮かれている。

「ええ、取り乱して申し訳ありません。その手紙は、何でしょう」

「ああ、これはビクトリア王妃様からの手紙だ」

 やっぱり、キース王子が王妃に言いつけたんだ。気を失いたいけど、私は気絶した事がない。

「お前をマーガレット王女の側仕えにしたいと仰っている。なんて名誉なお話だ。何でも、マーガレット王女は寮で暮らしておられるそうだ。リチャード王子、キース王子も寮生活されているとは、なかなかアルフレッド国王陛下は厳しい教育をされておられるな」

 父親は、そのアルフレッド国王にクビにされた筈なのに、とっても尊敬している口調だ。それより、側仕えとは? 女官とは違うよね?

「お父様、側仕えとは何でしょう」

 ペイシェンスもよく知らないみたいだから、王宮に勤めていた父親に質問する。免職になったぐらいだから、少し不安だけどね。

「側仕えとは、王妃様や王女様のお側に仕える人のことだよ」

 やはりクビになる筈だ。父親の説明では全く分からないよ。

「女官やメイドとの違いは何でしょう」

 名誉な事だとはしゃいでいる父親に、きちんとした説明を要求する。具体的に聞かないと、後で困るのは私だ。

「女官は王宮に勤める公務員だ。メイドは使用人だ。側仕えは、王族に個人的に仕える貴族のことだ。お前がマーガレット王女の側仕えに選ばれるとは!」

 名誉だと浮かれている父親とは違い、私は困惑しか感じない。

「マーガレット王女は3年生ですよね。私は飛び級しましたが、2年生なのですが……」

 キース王子にべったり引っ付いているラルフやヒューゴみたいなのは嫌だ。それに学年が違ったら授業は別だから、側仕えは無理じゃないかな? 暗に断って欲しいとの願いを込めた。ペイシェンスも浮かれている気がするけど、無視!

「いや、授業中はご学友がいらっしゃるから大丈夫だそうだ。リチャード王子やキース王子のご学友は共に入寮されたが、マーガレット王女のご学友は令嬢だし、3年生からの入寮はご遠慮されたようだ」

 私もご遠慮したいよ。でも、父親は断る気はさらさらなさそうだ。

「少し考えさせていただいても宜しいでしょうか?」

 父親はショックを受けたみたい。こんな名誉な話は断れないのかな? 父親に聞くのは駄目そうだけど、執事のワイヤットに給金とか出るのかも尋ねてみよう。地獄の沙汰も金次第だよ。

 少し弟達の勉強を見たり、2人を温室に案内して蕪とか一緒に引っこ抜いたりして、ワイヤットに立ち向かうエネルギーを充填した。

 夕食の着替えまでの間、メアリーは弟達の世話で忙しい。その隙を利用して、半地下にある執事室へ向かう。だって、メアリーにマーガレット王女の側仕えの件を知られたら、絶対に断れない。私がメアリーを失望させるのに耐えられないって意味だよ。

「ワイヤット、少し良いかしら?」

 ワイヤットは、手紙の紋章から全て察していたようだ。なのに「お嬢様、何か御用でしょうか?」だなんて、やはり曲者だ。

「マーガレット王女の側仕え。断るわけにはいけないのかしら? 私には向いていないと思うの」

 そう、私は弟達の面倒を見たいし、グレンジャー家の生活改善をしなきゃいけないのだ。

「ビクトリア王妃様のご要請を断るのは配慮に欠けた行為と思われます」

 つまり断っては駄目なんだね。ペイシェンスも『断るなんて!』と怒っている。

「では、側仕えをするメリットはあるのかしら? 私は世間知らずなので、何も知らないのです」

 異世界については何も知らないし、貴族のルールもペイシェンス任せだ。

「お嬢様、マーガレット王女の側仕えに選ばれるのは、名誉なことでございます。側仕えに相応しい服装、持ち物を用意して下さるでしょう」

 貴婦人とかならドレス代とか高価そうだし、もしかしたら宝石とかも貰えるのかもしれないが、制服は今ので十分だよ。

 それより給金はないの? バイト代程度でも良いんだけど。だって、どのくらいの時間をマーガレット王女と過ごさなきゃいけないのか知らないけど、折角の快適な寮生活を犠牲にするんだよ。対価を要求するの当然だよね。ここら辺が根っからの貴族のペイシェンスと違う所だ。頭の中騒いでいるけど、無視!

「ワイヤット、私は弟達の為に馬やハノンも欲しいし、馬や剣やダンスや音楽を教える家庭教師も雇いたいと考えています」

 金がいると婉曲に突きつけた。だが、ワイヤットは引かない。

「お嬢様は世間をご存じでは御座いません。ナシウス様やヘンリー様のことを本当に案じられておられるなら、ビクトリア王妃様のご要請に応じられるべきです。そして、マーガレット王女の側仕えを立派に果たされる事が、弟君達の将来を明るくすると愚考致しております」

 つまり、父親の免職を引きずったままでは、ナシウスやヘンリーの未来は暗いと言われたのだ。そうだよね、免職された子爵の子なんて、マイナスからのスタートだ。そんなの駄目!

 マーガレット王女の側仕えの弟からのスタートが、どれほど役に立つか分からないけど、ビクトリア王妃に恩を売っておけとワイヤットに諭された。

「わかりました。でも、馬とハノンは必要ですわ。用意できるように手配して下さい」

 剣と馬は下男のジョージに教えて貰おう。と言うことは、オマルなんか洗わせてる時間はない。魔石も手に入れなきゃ。

「それと、魔石も」

 ワイヤットは畏まりましたと頭を下げる。私の考えている事なんか、何もかも承知しているんだろうな。敵わないよ。

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