第80話 ワンマンライブ

 

 江島貴史は曲を止め、「どうかな?」と二人に尋ねた。新曲だ。

 ライブ直前の打ち合わせに、高瀬雪穂と柏木奈乃を家に呼んでいた。3回目のライブで既にワンマンを開催する。

 俺はいつものように作業用のイスに座って二人を見下ろしている。二人は並んで床に座っていた。柏木は行儀よく正座していたが、高瀬は片ひざ立ちで座っている。


「すっごくカッコいい!!」柏木が目をキラキラさせながら楽しそうに返事する。

 お、そうか。

 柏木はいつも俺の曲を褒めてくれる。嬉しいんだが、何聴かせても褒めるからな、こいつは。


 今日の柏木も気合入った格好している。

 大きめの黒のリボンの付いた白のブラウス、黒のブルゾン。チェーンをジャラジャラさせた黒のスカート。流石に短いスカートは寒いのか黒のタイツを履いていた。


 たいして高瀬はデニムのパンツに派手目のジャンパーを着ていた。体型が隠れて短髪と相まって少年にも見える。

 美少年か?


「今度のライブでお披露目だ。柏木、練習するぞ」

「うん! 頑張る!」両手で握りこぶしを作って笑う。

 可愛いなこいつ。いつもやる気で有難い。


「高瀬もライブ用のVDJ頼むな」

「わかったわ」

「動画用のMVも頼む」

 いつものインスト用のテクノなMVと、歌付きのMV。歌付きの方はいつも柏木がモデルをやっていてこっちもそれなりに需要がある。

 アイドル売はしてないんだがな。曲を聴いてもらうきっかけとしては否定できない。


「オープニングアクトは高瀬一人でやれ」

「え?」

「できんだろ。こないだアップした曲」

 高瀬の曲は評判がいい。動画の再生数は俺の作った曲よりも伸びている。

「いいの?」

 良いも悪いも、やらなければ客が納得しない。


「俺ももう一曲、やったことないやつやる」

「曲できてるの?!」柏木が食いつく。

「できてない」

「今から作るの?」

「いや、即興だ」

 柏木が固まる。そして不安気に「即興なんてできないよ?」と言った。


 できないよな、柏木は。

「高瀬はできるだろ?」

「え? 楽器なんてできないわよ?」

「楽器弾けって言ってない。MIDIコントローラー持ってるだろ。打ち込み割り振ってバッソコンティヌオを任せる」

「何?」

「ドラムやベースを打ち込みでやればいい。俺がキーボードでカデンツァ演るから」

「江島くんの即興に合わせればいいのね?」辟易した表情を見せるが、高瀬ならやれるだろ。


「むー」何故か柏木が拗ねた表情を見せる。

 何だ? 何か機嫌悪くすることやったか? 「どうした? 柏木」

 柏木は返事の代わりに口を尖らせてすねているアピールをしてきた。

 全然わからん。

「奈乃ちゃん、どうかした?」高瀬が不安そうに柏木に声をかけるが、柏木は高瀬を無視して俺だけをにらんでくる。

 無視された高瀬は可哀想なくらいオロオロしだす。


 高瀬はいつも学校ではすましているがどこか危ういところがある。とくに柏木の事となると平静ではいられないようだ。

 いつもイケメンみたいなムーブかましているが、可愛いとこあるよな。


 何やらせても軽く才能を見せつける高瀬の人間っぽい一面が微笑ましい。


 ……いや、違うな。

 何やらせても勝てそうにない高瀬の、俺より弱い部分を見て安心しているだけだ。


「柏木、言いたいことあるならはっきり言え! 自分の女、不安にさせてんじゃねー!」怒鳴ってしまった。自分の嫌な部分に気づいてしまった苛立ちを柏木に押し付けた。


 何だよ、俺、嫌なやつじゃねーか。


 怒鳴られた柏木の表情が、驚きから泣きそうな顔に変わる。


「江島くん!」高瀬が隣に座っていた柏木を抱き寄せる。柏木をかばうように俺をにらみながら前に出た。


 高瀬は怒った顔も美人だよな。


「ごめんなさい」柏木が小さく謝った。震える泣きそうな声で。

 俺、そんなに怖いか?


「謝らなくていいから、言いたいことを言ってくれ」このサークルを俺のワンマンにするつもりはない。


 柏木は何かを言いかけて、息を止めた。

 黙って待つ。

「私は……」やはり小さな声で、「江島くんの歌を歌いたい」


 何だ。そんなに俺の曲を気に入ってくれてるのか。


「柏木の負担が大きすぎるから減らしているだけっだって」二時間以上歌い続ける喉も体力も無いだろ。


 柏木の俺の歌を歌いたい発言にちょっと気分が良くなっていたかも知れない。場をなごませる程度の軽い気持ちであまり良くない冗談を言ってしまった。

「あんまり高瀬に甘えすぎんなよ。愛想つかされても知らんぞ。何なら俺が高瀬をとるぞ」


「ダメ!!」柏木が叫んだ。

 ビックリした。そんなに怒るなよ。

「冗談だろ」俺がサークル内で波風立てるようなことするわけ無いだろ。


 柏木は切羽詰まった目で俺をにらんでいる。

 高瀬は対照的に、嬉しそうに彼氏を見て頭を撫でるように抱き締めた。


 いちゃいちゃすんな。


 柏木は一度も自分の彼女を見ること無く、ずっと俺を見ていた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 正午前、羽崎正人は委員長たちと地下に続くライブハウスの階段に並んでいた。

 12月にもなると昼でも寒い。半分地下の通路は風にさら晒されていないだけましだった。


「奈乃ちゃんたち、初ワンマンって凄いよね?」隣の席の佐野さんが震えながら喋っていた。何か声でも出していないと凍えてしまいそうなのだろうか。

「階段の上まで列できるの凄いな。ビルの外に並んでる人は寒そうだね」佐野さんに暖房代わりにくっつかれている委員長が気の毒そうに言った。壁のある場所に並べたから、早く来てよかった。


 奈乃たちのサークルは文化祭の後にも江島の知り合いのバンドに呼ばれてライブに出ている。今回で3度目だ。通算3回目で単独ライブとは順調すぎないか?


「ねえ、あれ良いの?」佐野さんが階段外に並んでいる格ゲーマーとその彼氏を指差した。

 松野は彼氏のコートの中に入って暖を取っていた。


「人前でいちゃつきやがって……」珍しく委員長が珍しく乱暴な言葉を使う。いや、学校じゃないからキャラ作ってないだけか。

「お前らもな」取り敢えず突っ込んでおく。

「ん? いちゃついてないよ?」佐野さんが委員長にくっついたまま平然と言った。

「つきあってないからな」委員長も続く。

 まあ確かに付き合ってるわけではないらしい。プライベートの委員長は底が知れない。絶対女慣れしてるよな。


 開場してから俺と佐野さんは前の方の場所に陣取る。今回もスタンドオンリーだった。

「何人ぐらい入るのかな?」

「スタンドで80人位かな?」

「一杯になりそうだね」

 そうだな。ワンマンで小さい箱でも一杯にできるなんて凄いよな。これは言葉にしない。


 因みに委員長はカウンターで見張っている。調子にのったクラスのやつがアルコールとかを飲まないように。

 プライベートでも面倒見が良いな。


 これまでのライブでもクラスのやつらはほとんど参加している。

 高瀬のクラスのやつらも結構来ているようだが、江島と同じクラスのやつはあまりいないようだ。学生っぽくないのは、江島の音楽関係の客だろうか?


「奈乃ちゃん?」佐野さんが驚いた声を上げる。

 見ると奈乃が俺たちの所にやって来ていた。

「遥香ちゃん、来てくれてありがとー」奈乃が佐野さんに勢い良く抱きつく。

「わっ!」ふらつきながらも奈乃を抱き止めた。女子の平均程度の身長しかない奈乃は、佐野さんの肩に顔を埋める。

「奈乃ちゃん、もうすぐ始まるんじゃないの?」

「ん……」奈乃は佐野さんの肩に顔を埋めながら、目だけで俺を見る。


 今日の奈乃は白を基調にカラフルな幾何学模様のゴツ目のジャンパーを着ていた。ファスナーを首まできっちりと上げて喉元で止めている。夏はそうでもなかったが、冬服になってから首元が隠れる服を普段から着ていた。

 ハデなスニーカーに黒のレギンスに白の短パン。イヤーカフとピアス。


「柏木、二人に言ってあるのか?」また逃げ出したんじゃないだろうな?

「うん」奈乃は俺を見ながら佐野さんを強く抱きしめる。

「よしよし、奈乃ちゃん緊張してるんだね?」佐野さんが奈乃を抱き締めながら片方の手でよしよししていた。

 奈乃はクラスのみんなに甘やかされている。


「羽崎くん」佐野さんが俺を見る。

 何?

「羽崎くんも撫でてあげなよ」そう言って抱きしめたまま奈乃を俺の方に差し出した。

 佐野さんだけで十分甘やかせてるだろ? と思ったが、奈乃は期待するような目で俺を見てくる。


 佐野さんの腕の中の奈乃の頭を撫でた。


 奈乃は安心したように目をつむる。


「ほら、震えが止まった」と佐野さんはイタズラっぽく俺に言った。

 俺に遠慮してたのか? 何でそんな必要があるんだか。ああ、皆に遠慮したのか……。


 店の照明が暗くなる。

「行ってくる」奈乃は佐野さんを見上げる。

「行ってらっしゃい」

 奈乃はすぐに去らずに俺を見て片手を上げた。

「行って来い」奈乃の手にタッチする。

「ん」静かに返事して奈乃はバックヤードに向かう。途中、クラスメイトたちが差し出した手にタッチしていく。


「何度かライブやってる割に、まだ緊張するんだな」

「んー、緊張だけかな?」

 佐野さんは何か感じたのだろうか?


 ライブが始まる。ステージに上がったのは高瀬一人だった。

 白のシャツ以外、ジャケットもスラックスも靴も黒で、黒の中折れ帽を被っていた。短髪で胸の膨らみもない高瀬は男性にしか見えない。光沢のある赤いネクタイを締めていて、照明の光に反射して違う色にも見えた。


 BGMがいつの間にか曲に変わっていた。ステージで高瀬が一人DJもVJもこなしている。高瀬のクラスの奴らが盛り上がっている。箱の後ろの方にいる年齢層の高い一般客も盛り上がっているように見える。

 多分ネットに上げた動画を見てやって来たのだろう。動画を見ただけでやって来る彼らは中々に趣味人だな。

 高瀬の作る動画や曲にはそれだけのモノがあるのだろう。

 聴いたことのないような難解な音楽なのに、何故か心地よく感じる。忌々しい事に。


 一曲終わって江島もステージに上がる。奈乃はまだ出てこない。


 変わっていつもの分かり易いEDMに変わった。いつもと違って江島がキーボードを弾いている。あいつ、楽器もできるのか。いや、音楽やってるから楽器経験があってもおかしくは無いか。

 高瀬がリズム担当で江島がメロディーか?

 二人は目配せしながら演奏している。いや、高瀬は演奏していないか。何かのコントローラーを操作しながら客席ではなく江島を注視していた。


 いつも威圧感を撒き散らしている江島がノリノリでキーボードを弾いている。普段いけ好かなく澄ましている高瀬は逆に緊張しているようにも見える。

 江島の演奏は派手でわかりやすくカッコ良かった。これだけ弾けたらそれは気持ちいいだろうな。


 奈乃はまだ出てこない。



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