8と5と3の話
有桜彩生
第1話
幼い頃パンの耳が食べられなくて親父殿に怒鳴られることが多かった。
あの頃は食パンが好きじゃなかった。
カッチカチに焼かれた食パンに味のしないマーガリン。
さらに焼けて硬くなった耳。
幼児が喜んで食べるものではなかったような気がする。
ある日、私は母方の祖母(以後ばーちゃん)に預けられた。
父方の親戚のお葬式で親が両方遠出するためだったと思う。
父母は別の子に構いっきりで、私のことは後回しにされていたけれど、ばーちゃんはめちゃくちゃ甘やかしてくれるのでとにかく甘えていた。
自宅に帰る前日だった。
珍しくバスに乗って買い物に行き、パン屋で食パンを買った。
まだじんわりと暖かく紙袋の口が開いていた。
ばーちゃんは大事にパンの袋を抱えて公園で缶ジュースを買いベンチに座った。
「あんたはパン好き?」
好きじゃない。
おとーさん(親父殿)に怒られるから…と返事をした。
「じゃあこれ食べてみ?」
と突然抱えていた袋に手を入れて食パンの端っこを手のひら大サイズを引きちぎり私に渡す。
何が起こったのかわからず、反射的に引きちぎったパンを手に取る。
そして気が付くと、ばーちゃんはまた袋に手を入れて渡したものと同じようなサイズの食パンを持っていた。
そして目の前でぱくりと食べる。
「やっぱり焼きたては耳もおいしいわ。あんたも食べてみ?」
ばーちゃんの表情はにやにやしていた。
ほのかに暖かいパンの端をこわごわと口に入れる。
噛むとふわっとした食感に驚く。
自分の知っている食パンはカッチカチで少し焦げた匂いなのに、このパンは違う。
一番嫌いな茶色の部分がすごくおいしい。
「おいしい?」
ばーちゃんに声をかけられてうなずく。
そしておかわり、とばーちゃんに手を出すと同じくらいのサイズの茶色の部分をくれる。
「それを食べたら家帰って続きを食べようか。」
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