緑葉の町

内海悠希

緑葉の町


 「ね、ここ、どこ?」


賢斗が前を歩いていた少女にそう聞くと、その少女は少し驚いた様子でこちらに振り向いた。


「私のおばあちゃんの家、だけど」


そう言う少女、緑葉遥香(みどりばはるか)は高校の制服を着ていて、ただでさえあまり人気のないこの町では、とても目立っていた。


「お前の故郷?俺は、お前が俺ん家から陽鈴(ようれい)を盗んだ犯人が分かるって言ったからついて来たんだけど。…それと、お前、服も一応着替えて来いって言ったよな」


「だから、ここにその秘密があるんだってば。黙ってついてきてよ。服なんで別に何でもいいでしょ」


「こんな田舎に一体何があるってんだよ……」


賢斗が小さく呟いた声は春香に聞こえていたようで、遥香はむくれたように賢斗から顔を逸らした。そして、歩いていた速度を少し上げる。


「あ、おいちょっと待てよ。こんなところで迷子になったらどうすんだ」


「何とかなるでしょ」


まだ先程のことが気に食わないらしく、遥香は冷たくそう放つ。賢斗は謝ろうかと考えたが、いい言葉が見つからないし、それに何よりここに何もなさそうなのは本当の事じゃないかと開き直ってそのまま歩いた。辺りを見渡すと田んぼが広がっていて、建物はおよそ百メートルに一軒ぐらいしかない。しかも建物といってもマンションやビルのようなものではなく、ただの木造建築の一戸建てだ。


「昔ながらの町なんだな」


「まぁ、今なんて全然人が住んでないと思うから、仕方ないんじゃない?」


いつもの口調だ、良かった、とほっと胸を撫で下ろす。遥香は、ある家の前で急に立ち止まった。そのお陰で、賢斗は遥香にぶつかりそうになる。


「わっ、何だよ危ないな。この家がどうかしたのか?」


「私の実家」


その家の玄関を開けながら遥香が言う。その間に賢斗はこの家を観察した。この家は、この辺ではなかなか見ない二階建ての庭付きだ、お金持ちだったのだろうか。しかしあちこちにある蜘蛛の巣を見ると、おそらく人はもう住んでいないということが分かった。

そんなことを考えている間に、ガラガラガラっ、という最近では珍しいスライド式の扉が開く音があたりに響く。


「さ、どうぞ、入って入って」


遥香は、玄関の扉の前で、賢斗を手招きしていた。


「ありがと。てか、お前鍵持ってたのか?」


「いや、持ってないけど」


さも当たり前かのようにそう言いったため、賢斗はその言葉の意味を理解するのに少し手間取った。


「……は?? っいやいや、無断で入るのは流石にやばいだろ…」


「そうかな? 実家なんだし、いいんじゃない? もう誰も住んでないしさ」


そう悪びれもなく言う遥香。そんな普通みたいに言われると本当にいいんじゃないかと言う気持ちが芽生えるが、それをなんとか気力で打ち消す。


「でも、やっぱダメだろ。だってこれもう犯罪だぜ…??」


賢斗はできるだけ不安を与えるような表情で春香を覗き込むが、遥香の表情は変わらない。依然として、何がいけないの、という顔をしている。


「んー、まぁ確かにそう言われたらそうだけど、ここの中に秘密があるし、入らないって言うなら一生犯人分からないよ?」


「ぐっ……」


痛いところを突かれた。賢斗は、なんとしてでも陽鈴を盗んだ犯人を知りたい。きっとそれが分かっていて遥香も言ったのだ。この家に入らないとその犯人が分からないと知れば、賢斗はこの家に入るだろうと目論んで。


「……分かったよ。入ったらいいんだろ」


犯罪やなんやらと考えているのもめんどくさくなってきて、賢斗はそうぶっきらぼうに言って家の玄関をくぐる。


「そうそう、それでいいのよ。この辺は人も少ないし、十中八九バレないと思うよ」


続いて遥香も家の中に入ってくる。家の中は外見から想像していたよりもだいぶ綺麗だった。この様子から、遥香の家には行ったことはないが、きっと自身の家よりは綺麗なのだろうな、と賢斗は思う。


「なんかすげぇな」


「そう?そんなことないと思うけど。ま、取り敢えず休憩でもしよ。ここまで歩いて来んの疲れたし…」


先に靴を脱ぎ終わった遥香は、そう言い切る前に既にリビングと思われる部屋に歩いていく。


「お邪魔しまーす」


人は誰もいないと分かっているが、人の家なのは確かだから、一応言っておく。周りをキョロキョロと見ながら賢斗も遅れてリビングに入ると、遥香は座布団に座ってテーブルに突っ伏していた。


「あーー、疲れたぁー。全く、昔の人って何でこんなに駅から離れたところに家建てるんだろ。昔だから土地なんて腐るほど余ってただろうにさ」


「まぁ確かに、昔に建てた家って、大体駅から遠いよな」


賢斗が答えると、遥香は突っ伏していた体を勢いよく起き上がらせてこちらを向いた。


「だよね!」


そう言う遥香の目はキラキラと輝いていて、自分以外もそう思っていた、ということが分かった嬉しさが見て取れる。


「…あ、あぁ」


その勢いに押され気味に賢斗が答えると、遥香は再度つまらなさそうにテーブルにもたれかかった。気分が変わりやすいのはいつも通りのようだ。


「んじゃー行くかぁー。どーする? もうちょっと休憩してからにする?」


突っ伏したまま喋っているため、遥香の声は少し響く。


「早く帰りたいし、もう行こうぜ」


「りょーかい」


そう言うと遥香はだるそうに起き上がり、ちょっとよろけながら立ち上がった。


「いててて、馴れない正座なんかするんじゃなかった」


足を抑えながら小さく呟く遥香。こんな短時間正座しただけでそんなに痺れるなんて、いつもは全くと言っていいほどしてないのだろうか。お茶を習っていると言っていたから、週に一度は長時間正座している時間があると思っていたのに。あいつ、サボってんのか。


「何考えてんの? ほら、行くよ」


言っている間にも遥香はリビングを出ていく。賢斗は、小走りで後を追った。どうやら、目的の部屋は家の一番奥のようだ。その部屋の扉に手をかけて、戯けた調子で話しかけてきた。


「よしっ。じゃあ、今から魔法の鏡を探し出します! 準備はいいですか、成宮賢斗隊員!」


「魔法の鏡?? そんな物を俺たちは探しにきたのか?」


「そうだよ?」


遥香が笑顔で答える。何か隠していそうな気もするが、人の嘘を見抜くのが苦手な賢斗には到底見破れそうにない。なんせ、エイプリルフールの嘘にさえも騙されるぐらいだ。嘘とは分かっているはずなのに、不安なことを言われると、そのまま無視ができないタチなのだ。そんなことを考えている間にも、遥香は扉を開けてずかずかと部屋に入って行っていた。いつの間にかマスクと手袋をしていたようで、変な所だけは几帳面だな、と賢斗は思う。


「そのマスクと手袋、どこで買ってきたんだよ?」


「集合する前。思ってたより早く掃除が終わったから、待ち合わせ時間までの間に近くのコンビニで急いで買ってきたの。だってほら、ほこりとか吸ったり手怪我したりしたら嫌じゃん?」


遥香はなおも作業を続けたまま言う。


「それ、俺のは?」


「ないけど」


まぁ想像はできていたことだが、実際に言われてみるとちょっとムカつく。こいつは無人島とかに行ったら絶対に自分の食料だけ持ってきたりするタイプだな、と賢斗は思った。


「ねぇ、早く手伝って。このままじゃ下手したら今日中に家に帰れなくなるよ」


賢斗の気持ちも知らず、遥香はのんびりとした口調で話しかけてくる。


「分かったよ」


口ではそう言ったものの、やはりまだ少しはイラついているため、物を持ち上げた時に上からちょっとほこりを落としてやった。


「わっ、ちょっと、何するのよ!! もっと気をつけて持ち上げてよね!」


「はいはい、ごめんね」


適当に返事を返す。大人気ない気もしたが、賢斗は素手とマスクなしでこのほこりっぽい部屋に入って作業をしているのだ。これぐらいは仕方ないだろう。

そのままお互い無言で暫く作業を続けていると、遥香の方から弾んだ声が聞こえた。


「あっ、あったーー!! ね、ほら、見て見て、見つけたよ!!」


重労働をさせられて重い体に鞭打って遥香の方を向くと、遥香は繊細な金の装飾があしらわれていたはずの、ほこりを被っていて今の状態ではとても綺麗とは言い難い鏡を手にして笑っていた。


「ほら、ね、やっぱりあったでしょ!」


「それ、ほんとになんか意味あんのか」


そんな鏡が今回の事件と関わっているようには到底思えない。それに、鏡が犯人が分かるきっかけとなるって、いったいどういうことだ。時間に鏡が関わっているならまだ分からないことはないが、時間には鏡など微塵も関わっていない。


「んー、今はちょっと汚いけど、拭けば綺麗になる!はず!」


「ほんとか?」


「多分ね!」


遥香はそう言うと、キッチンの方に駆け出していって台拭きを取ってきて、さっきまでいた部屋に走って行った。台拭きももちろん少しほこりを被っていたが、使えないと言うことはないだろう。遥香は一生懸命に鏡を磨いている。仕方なく賢斗も遥香の座っている位置の反対の座布団に座った。


「どー? いけそう?」


そう話しかけるが、遥香はよほど懸命に磨いているのか、聞こえていないようだ。一人でぼーっと待っておくのもつまらないので、賢斗は頭の中で羊を数える。眠れない時は羊を数えればいいとは聞いたことはあるが、バッドに横たわればすぐに眠れる賢斗にとっては全く無縁なことで、今までやったことがない。そのまま無心で数え続けていると、丁度百二十匹ほど羊を数えたところで、遥香が話しかけてきた。


「できたよ!! 見て、めっちゃ綺麗じゃない?!」


そう言われて鏡を見てみると、先ほどの様子までとは全く違った。綺麗な金色の表面に窓から差している光が反射してキラキラ光っていて、そういう芸術品などに疎い賢斗でさえも見惚れるぐらいの綺麗さだった。


「すげぇ…」


「でしょ! ほら、やっぱり私の思った通りじゃん!」


遥香は自慢げに賢斗を見つめてくる。


「でも、この鏡で一体何が分かるんだ?」


賢斗は、今までずっと気になっていたことを聞いた。まさか、鏡に映せば誰が犯人か分かる、なんて事言い出すんじゃないだろうな。



「そりゃあ、鏡に事件に関わっている人を映せば誰が犯人か分かるんじゃん!」


「…まじで?」


賢斗は予想が的中していたことにため息をついて呆れる。


「んな万能な鏡があるか…」


しかし、遥香は全く気を落とさない。それどころか、ますますテンションが上がっていっているようだ。


「何でそんなにテンション高いの」


「だって、今から犯人見つかるんだよ! 楽しみに決まってるじゃん!」


そう言う遥香の姿は心底楽しそうだ。


「本当に分かるのか?」


そう言うと、遥香は


「ものは試しでしょ!」


と言って、いきなり賢斗の方に鏡を向けてきた。そして、そのまま悩んでいる。


「ふーん、ふむふむ、ほうほう、なるほどねぇー。…はいっ、分かりました! 犯人!」


「……」


あまりにもあっさりとしすぎていて、賢斗は声も出ない。


「えっ、なんでよ! 犯人知りたくないの??」


「いや、知りたいけどさ。何度も言うようだけど、ほんとに分かってるの?」


「分かったよ! ほら、今から言うからちゃんと聞いて」


遥香はテーブルに身を乗り出す。賢斗も、犯人は気になるため一応聞き耳を立てた。


「犯人は、ずばり……」


「ずばり??」



「貴方ですね!!」



「はぁ?? そんなわけないだろ。自分の家の宝盗み出して友達に相談するやつなんかいるか」


「それが、ここにいるんだよなぁ〜」


遥香は、そう言ってこちらをニヤニヤ見てくる。暫くその状態が続き、そろそろ賢斗が帰ろうとした時に、遥香は喋った。


「分かってるんだよ、ほんとのこと」


その言葉は賢斗にとって意外だった。遥香は、変な鏡を持ち出して適当なこと言って楽しんでいるのなだろうと思っていたが、違うのだろうか。


「私のお母さんに言われたんでしょ。私がちゃんと緑葉家の異能を継いでるか確かめてこいって。だから、成宮家の陽鈴は盗み出されていない。いや、陽鈴なんてものすら無かったんじゃないかな。だって、私、これでも結構それぞれの家の家宝とか覚えてるんだけど、陽鈴なんてもの聞いたことないもん」


「それは、鏡の能力で分かったのか?」


「ううん、この鏡はただの鏡だよ。ただ単に私があの鏡が綺麗だから欲しかっただけ。付き合わせちゃってごめん」


遥香が、申し訳なさそうに手を合わせる。


「じゃあ、このことは何で?」


「私の異能。人の善悪が分かる」


「なるほどな」


「賢斗が犯人だってことは、相談された時に分かった。けど、何でそんなことするのかな、って今までずっと考えてたんだよね。それで、そういえば賢斗のお母さんとうちのお母さんと仲が良かったなぁって、思い出したの」


遥香は、賢斗が遥香のお母さんに言われてやったことを確信している様子だ。


「私がお母さんに何にも言わずに家を飛び出したからだよね。やっぱり戻れってことか」


「いや、別に俺はおまえを責めるためにやったんじゃなくて」


「じゃあ何?」


「いや、その、まぁ…な、いろいろあるだろ?」


金のためです。なんてこと言えない。どうせ見破られるのは分かっているが、そのことで怒られるのは少しでも先延ばしにしたかった。


「うわあ、嘘つきやがったぁー。分かるよ、金のためでしょ。私の前で嘘つくなんて度胸すごいよね」


「うっ…」


なんだよこいつ、嘘かだけでなく真相が何なのかってことすら分かるのかよ、と賢斗は思う。緑葉家の異能の内容は、そんなに強くなかったはずだ。


「なんか、これを使っていろいろ遊んでる間に結構いろんなこと身についたんだよね。まぁ、全部じゃなくて大体しかわからないけど」


遥香はまるで賢斗の内心を読んだかのように話す。


「こんな感じじゃ、緑葉家も将来安泰だろうな」


言ってから気づいた。遥香は、緑葉家の当主になるのが嫌で家を飛び出してこの高校にきたのだ。そんなこと言われて、嫌じゃないはずがない。


「あ、いや違うんだ。その、えっと…」


賢斗は必死に取り繕おうとするが、上手い言葉が出てこない。国語は賢斗の一番の得意科目なのに。何でこういう時に限って出てこないんだ。賢斗が一生懸命思考を巡らせていると、遥香は笑いだした。


「ふふふ、あはは」


「な、何で笑うんだよ? ついに頭でもおかしくなったか?」


「いや、なんでもないけどさ、あはは」


遥香は、ひとしきり笑った後に、吹っ切れたように話し始めた。


「今までいろいろ迷惑かけてごめん。私、やっぱり高校卒業したら緑葉家の当主を継ごうかな。その方が、私にとっても家にとってもいいことでしょ」


「家にとっては好都合かもしれないけど、お前に取っては嫌なことだろ。無理にする必要はないと思うけど」


「ううん、そんなことないよ?」


「じゃ、何がいいことなんだ?」


「勉強」


「は?」


「勉強しなくて済むでしょ。受験とかしないし」


予想外の言葉だった。まぁ確かに当主を継げば受験などしなくてもいいが、そんなことで当主を継ぐか継がないか決めるなんて。


「やっぱり、ダメだ」


「何が?」


「緑葉家は、将来安泰じゃない」


「えぇ〜? そんな事ないよ!」


「いや、あるね」


賢斗はそっけなく答える。色々あったが、遥香のお母さんの思っていた通りになった。それに、当主になるのに少しでも遥香の意志があるのはいい事だ。


「…じゃあ、そろそろ帰る? もう結構いい時間でしょ」


そう言われて賢斗が付けてきた腕時計を見てみれば、時刻は四時。1時に待ち合わせしたはずだったが、いつの間にこんな時間に。


「そうだな、そろそろ帰ろう」


賢斗がそう言うと、遥香はにっと笑って、立ち上がる。


「んじゃあ、これからもよろしく! といっても、当主になるのは高校卒業してからだけどね」


「そうだな。…まぁ、卒業したらおまえの家ちょくちょく顔出してやるから。頑張れよ」


賢斗にしては随分と優しい言葉をかけたつもりだったが、遥香は不服のようだ。


「なんか、急に偉そうじゃない? 当社になったら、賢斗に会いたくないから家入れんな、とかできるんだよ?」


「別にいいよ。おまえの話し相手がいなくなるだけだし」



「…確かに、それはこっちが困る…かも」


遥香は、真剣に悩んでいる。


「悩むならするなよ…」


「んー、そうだね。その件は考えとく」


「考えとくのかよ」


賢斗がそう言うと、遥香は少し躊躇い、


「うん。でも、ほんと、ありがと」


と言った。驚いて遥香の顔を見ると、遥香は笑っていた。


「どうしたの? 私の顔になんかある?」


「いや、なんもない」


やはり遥香はいい当主になりそうだな、と賢斗は思ったが、口に出すのはやめておいた。窓からは、夕暮れを告げるヒグラシの鳴き声が聞こえていた。







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緑葉の町 内海悠希 @utsumi7110

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