世界の平和を守るため

白長依留

世界の平和を守るため

 カレンダーをめくる。

「こ、今月は祝日がないだと」

 社会人にとっての癒やし、それが祝日。それがないなんて、

 非常にまずい。ただでさえ、サビ残で残らされて、最低時給を下回っているのが現状なのに。

 助けてママン!

 毎年やってくる六月という天敵。何度見ても赤色で祝福された印が見当たらない。

「そうだ! 祝日がないなら、祝日を作ればいいじゃないか」

 幸いにも日本人はお祝い事が大好きだ。何かあれば、記念日とかこつけて騒ぎ出す、無神論者共の集まりだ。

「しかし、どうやって祝日を作ればいいのか」

 知恵も力も、何もない社会人五年目の俺に、どうやったらそんな神業じみたことができる?

 ――考えろ、考えろ、考えろ。

「くっくっく。そうだ、世界の仕組みを変えるには、世界を動かす力が必要なのだ!」

 世界を変革する力。そう、それは権力だ。選挙で当選し、権力を持つのだ。世界の改変の第一歩、地元の改変を行うのだ。

「これから俺は、田中太郎ではない。印銅鑼轟魔と改名するのだ」


「駄目です。認められません」

「なぜだ! 世界を変革するために、苗字と名前を変えるのは『やむを得ない』理由ではないか」

 市役所の受付女性の鋭い視線が突き刺さる。

 ちょっとゾクゾクする。もっとこの視線を浴びたいという誘惑にかられるが、そこは目的をはき違えない為に我慢だ我慢。

「えっと、世界を……変革、ですか? 私としては、別の場所に行くべきかと思うのですが」

 申請用紙をまるで汚物のように突き返してくる受付女性。

 ふっ。明らかにこの印銅鑼轟魔を意識しているな。この体からにじみ出る、輝くオーラがそうさせるのだろう。

 会社では、俺のことをカオスなオーラをまとった変……偉人と崇めていたからな。

「だが、名前が変えられなければ、俺の本当の力を知らしめることが出来ん。どうすれば……」

 名は体を表すという。田中太郎という平凡な名前で隠そうとはしているが、俺の力は隠しきれていない。それは、今までの人生が証明している。だがそれでは駄目なのだ。今こそ、全ての力を解き放って、六月に祝日を作るのだ。

 厨二の田中などと、本来の力を隠すための隠れ蓑なのだ。それなのに、その隠れ蓑がこれほどまでに重いとは。

「ママー。あのおじちゃん、変なこと言って踊っているよ」

「大丈夫よ。ああいう人たちは、見た目に反して安全だから。近寄らなければ大丈夫よ」

 ほれみたことか。田中太郎という隠れ蓑から漏れたでたオーラでさえ、子供を怯えさせるほどだ。それに、母親も見る目がある。我が行いが、世界の変革が万人に幸せをもたらすと気付いているのだろう。

 フッハッハッハッハッハッハ。

 俺は笑いながら、市役所を後にする。俺が偉業を成し遂げることを期待してか、邪魔をしないようにモーゼのように人垣が割れていく。そこを堂々と通り抜ける俺。やはり、俺は神に愛されているのだ。


 さて。家に帰ってきて、冷静になってくると、とたんに死にたくなってきた。

 医者から厨二病の薬を貰っていたのに、ここしばらくは発症していなかった。薬を飲むのを怠っていたのが原因だ。

「くっ。俺の腕が疼いてしょうがねぇ。この呪われし体を制御するために、こんなものに頼らないといけないなぞ。くっ、すまない皆。皆の犠牲の上に俺は生き残ったのに」

 別に誰も死んでないし、呪われていない。さっきまで世界を変革するといっていたのに、今では呪いになっている。我ながら意味がわからない。

 さっさと薬を飲んでしまおう。

 ピルケースを開けると、幻が見えた。どうやら、まだ厨二病にかかっているらしい。薬が一錠も見当たらなかった。

「俺が、怪盗四ツ目のターゲットにされていただと! やつめ、俺から薬を奪うとは、いったいどんな神業をつかったのだ」

 やっべー。会社が忙しすぎて病院にいくの忘れてた。

 言葉と心がどんどんと乖離していく。厨二病患者の特有の万能感が押し寄せ、平常心と常識を押し流していく。

「これが俺、印銅鑼轟魔に与えられた試練か」

 はい。自分で言ってて意味が分かりません。誰かお薬プリーズ!

「そうだ! 世界を変革する前に、まずはこの脆弱な体から変革する必要があるぞ」

 もう自分に突っ込むのも疲れてきた。このまま、厨二病に流されたほうが楽な気がしてきた。だが、駄目だ。このまま進んだら、社会的に死んでしまうのが目に見えている。

 誰だよ、印銅鑼轟魔って。

 厨二病を少しでもコントロールするために、俺は暴走している頭の片隅を間借りして、なんとか知恵を絞る。

「むむ! どこからか言葉が降ってくるぞ。権力を持つには色々方法がある? 小さいことから?」

 とにかく、とんでもないことをしないうちに(すでにしているが)、被害が小さくなるようにしなくてはいけない。

「ふむ。国の前に都道府県、都道府県の前に市町村。そして市町村の前に……人々の生活の営みの根源――会社か!」

 よーし。脱線はしなかったが、規模は小さく出来たぞ。これで、印銅鑼なんとかさんは巫山戯たことをしないだろう。正常な頭の片隅で俺が、溜息をつく。

「よし、会社を乗っ取ろう」

 吹いた。

 いや、実際に吹いていないのだが、頭の中で盛大に咽せた気がした。

「おお! どこからか、祝福の笛の音が」

 我ながら、俺の厨二病時の思考はどうなってんだよ。


「というわけで、会社を乗っ取らせてください」

 一晩経って、悪化した頭は、もうどうしようも無かった。心のなかで頭を抱える。

 そして、眼の前の社長は実際に頭を抱える。

「田中君。いったいどうしたんだね」

「世界を変革するために、まずは会社を乗っ取ろうと合理的に考えたのですよ。その方が、世界平和に繋がるのです」

 いつから六月に祝日を作るのが世界平和になったんだよ。海外でも六月に祝日がないって共通なのかよ。

 無駄な突っ込みは、いまの厨二病でトップギアになっている俺には通用しなかった。当然だが、社長にも通用しない。それどころか、引出から薬を取り出して飲んでいる始末だ。

「ふっ。六月に祝日がないことにようやく危機感を感じたか。だが、薬で誤魔化している内は対処療法にしからん。まずは、六月に会社の記念日として祝日をつくるのだ! これは世界が選択した決定事項である」

「うん。そうだね、六月に休みが欲しいなら、今日から月末まで休みにすると良いよ。人事部長には話を通しておくから。今までありがとうね、お疲れ様」

「ふははは。さすが私のオーラを感じ取って採用しただけはあるな。ここまで話がすんなり通るとは、さすが俺だ」

 こうして、六月全てを祝日……もとい休日にできた俺は、厨二病の発作から解放された。

 ついでに、七月以降もずっと休日になったのはいうまでもない。

 世界は平和に保たれた。だが、厨二病という存在があるかぎり、また、世界に混沌が訪れることになろう。

 そんな時、俺がやることはたった一つだ。

 ――病院に行こう。ヘルプミー!

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世界の平和を守るため 白長依留 @debalgal

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