三題噺参加作品

寺池良春

お題:天敵・神業・カレンダー

 カレンダー職人の朝は早い。

 最近は機械化が進んでいるが、俺は未だに伝統を守り手作りでカレンダーに日付を吹き込む職人だ。

 故に失敗は一月一月を無駄にするという行為になる。

 だからこそ、一文字一文字の形や数のズレは致命傷。

 それに、土曜日の青インク、日曜日の赤インクの間違いは許されない。まして祝日は天敵だ。普段とは違う日が祝日ともなればミスりやすく、ミスればまた一からその月を始めなきゃいけない。


 そんな集中の最中さなか、俺の頬を汗の一滴が―――。

 ―――危ないっ!


 俺は咄嗟に汗を拭う。それはまさに間一髪。神業と言っても良いくらいだった。

 紙に、ましてやインクに汗が落ちようものならそれは一月どころでは無く、二ヶ月、最悪は三ヶ月先の日にちにも滲み影響が出る場合があるのだ。


 故に汗や唾、涙さえもカレンダーにとっては天敵といえる。いや、人体そのものが危険な物だ。

 故に機械化に拍車がかかるが、そこに人としての、カレンダー職人としてのプライドがあるとは思えない。

 一日一日を懸命に生きる人達に贈るその一日に命を吹き込む事こそがカレンダー職人であろう!

 それを機械に頼るなどっ―――!

 職人にとって、楽は天敵。故に機械は最大の天敵だっ!


 俺は着実にカレンダーの一日一日の日付を書き、曜日や二十八宿、十干等を枠の中に書き記す。その動きはカレンダー界の神業師と謳われた曾祖父には劣るものの他の追従は許さない程だと俺は自負する。

 その時、はたと気付く。

 丁度、今描いているのが来年の今の日付であったが故に。


 土用の丑の日。


 ウナギを食べる日。


 その考えが俺の空腹感を呼び覚ました。


 そういえば今日は早く作業を終わらせようと朝食を摂っていなかった。

 そう考えた瞬間、空腹は最大にまで膨れ上がる。

 くそう。空腹でお腹が減り、作業の手が遅くなっていく。今日は一旦終了して飯か。


 だが、俺は中途半端にして筆を置く事に戸惑いがあった。

 それは曾祖父からの言葉が心に残ってるが故に。


「いやー、もうさ。いちいち作業するのとか面倒くさいし、うちも機械化しない?」


 それは、カレンダー職人最大のしてはいけない発想だ!

 ふと、その事を思い出し怒りがこみ上げてきた俺は空腹が消える感じがした。


 今なら続きが書ける!


 情けない曾祖父の言葉に感謝と怒りを覚えながら俺は再度筆をとる。

 書ける! 書けるぞ!

 怒りにまかせ体を動かし、しかし、頭は冷静さを保ちながら俺は筆を走らせるっ!


 機械化なんて考えなしの人間がするものだ!

 情熱と技術、努力と勝利こそ人が重んじるべき物なのだ!!!


 そうして俺は怒りにまかせた結果。

 その日のうちに来年のカレンダーを作り上げる。


 やってやった。自己最高記録。俺はこの日、曾祖父と並んだ。並んだんだ!

 その喜びを噛みしめ、俺は床に大の字に寝転がった。


 後はこれをカレンダー取扱店に卸しに行くのみ。


 そうして俺は作り終えた努力と汗の結晶カレンダーを手に店へと届けに行った。


「嘘、だろ?」


 俺はそこで驚愕した。

 なんだよ。こんな事あって良い訳ないだろ―――!

 俺の、俺の魂の作品が一つ、二〇〇円だとー!?

 衝撃の事に俺は地面に崩れ落ちた。


 何でだ。どうして、俺は、頑張ったのに―――。

 その時、ふと曾祖父の言葉が思い浮かんだ。


 そうか、そういう―――事だったのか。


「やっぱり機械導入した方が良いね」


 こうして俺は機械を導入し、更にはカレンダー上部に可愛らしい動物の写真等を貼る等の工夫をして、町一番のカレンダー職人になった。


 あー、やっぱり機械が一番だわ。手書きとかマジくそ。

 もう機械ちゃん大好き。天敵とか言ってごめんねぇ。

 機械ちゃんマジ神業すぎぃ! お腹空いたら好きな物食べれば良いし、好きにお出かけできるー! もう機械大好き! チュッチュ!


 え? プライド?



 プライドで飯が食えるかーーーーー!!!!!!!!!

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