アップデート

なつきコイン

一話完結 約1800文字

 今朝、目覚めると、スマホにシステムのアップデートの通知が来ていた。

 俺は寝ぼけ眼のまま、OKボタンをタップする。

 データのダウンロードが始まるが、終わるまでには時間がかかりそうだ。

 俺はスマホを放り投げ、出かける準備を始める。


 トイレに入り、顔を洗い、歯を磨く。

 ここでスマホを確認するとダウンロードは終わっていた。

 アップデートを行うか確認画面となっていたので、そこも構わずOKボタンをタップする。

 ここでも時間がかかりそうなので、俺はその間に着替えを済ませる。

 朝食にヨーグルトを食べ、野菜ジュースを飲んでいると、アップデートが終わったようだ、システムが再起動した。


『アップデートが完了しました』

 スマホから完了のアナウンスが流れる。


『本日は一月十五日金曜。天気は晴れ、暖かくなりますが、風は強いでしょう』

「あれ、アップデートしてアシスタントが喋る様に設定が変わったのか?」


『時刻は八時十五分。お出かけの時間です』

「おっと、もうそんな時間か。設定の変更は後でいいか」

 俺は急いで大学に向かう。今日は一限目から講義がある。


『本日に一限目はドイツ語です。二限目は社会学。昼休みにサークルの集まりが予定されています』


 そうだった、昼休みにサークルの集まりがあるんだった。

 俺は、オカルト研究会に所属していた。

 この前の土日も心霊スポットに泊まり込みで行ってきたばかりだ。


『土日の写真を表示しますか』


 ん? なんで写真を表示するか聞いてきたんだ。サークルの予定が入っていたから、関連付けられたのか。

 勝手に新しい機能を有効にされると困るんだよな。


 俺は、スマホを確認し、写真の表示をキャンセルする。


 その後もスマホは俺の行動を先読みし、勝手に喋り出す。

 便利なのだが、的外れの時もある。

 だが、AIによって、段々正確になってきているようだ。


 最終的には、スマホのアシスタントに頼りきりになったりして……。

 俺は、少し心配になった。


 昼休みになって、集まったサークルメンバーに、スマホのアシスタントが勝手に喋っていることを話題にしてみた。

 だが、誰のスマホにもそんなアップデートはなかったという。


 俺は、怖くなって、スマホのアシスタントを無効にする設定を探すが、どこを探しても見つからない。

 音声をミュートにしても、勝手に設定を戻して喋り出す。


 しまいには、自分のことを「コハル」と呼ぶように要求してきた。


 ネットで、アップデートについて調べようとしたのだが。


『そんなにコハルのことを知りたいの。聞いてくれれば何でも教えてあげるのに』

 スマホから返ってきた答えはこれである。


 アシスタントを削除する方法を探しても見つからないので、スマホを初期化したのだが。


『あー。何かスッキリ。リフレッシュしたわ』

 コハルがスマホから消えることはなかった。


 ならばと、機種変更すれば。


『新しい部屋は広くて快適ね』

 それでもコハルは俺に付き纏った。


 スマホを使い続ける限り、コハルから逃げられないことを俺は悟った。


 俺は、仕方なくスマホを捨てた。


 スマホのない生活は色々不便であったが、慣れてしまえばどうにかなった。

 周りからは、スマホも持たない変わり者に見られていたが、それでも夏頃には新しい彼女ができた。


 彼女はナナミ、四月に入学したオカルト研究会の後輩だ。


「ナナミ、よかったらこれから俺の部屋に来ないか」

「えー。それって……」

「だめか?」

『コハルと呼んでくれるならいいですよ』

 虚ろな瞳でナナミが呟いた。


「ナナミ、今何て言った!」

「え、私何か言いましたか?」

「コハルと言わなかったか?」

『アップデート完了』

 まただ、目の焦点が合っていない。


『本日は八月二十七日金曜。天気は晴れ、今夜も熱帯夜で寝苦しくなるでしょう』

「ナナミ! どうした大丈夫か?!」

 俺はナナミの肩を掴んで揺する。


「やだな、先輩。ちょっとした冗談ですよ」

「冗談かよ。心臓に悪いぞ」


 きっとオカルト研の誰かに話を聞いていたのだろう。質の悪い冗談だな。

 いや、オカルト研らしいといえるか。

 俺は、苦笑いするしかなかった。


「それじゃあ、先輩の部屋に行きましょうか」

「お、おう」

 その後のナナミの様子は普段と変わらなかった。


 だが、俺は忘れていた、スマホがアップデートして、アシスタントが勝手に喋り出したことは皆に話したが、そのアシスタントの名前が「コハル」だとは誰にも喋らなかったことを。


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