6.手を下すまでもなく。








「な、なんだ……。これは!?」

「どこを見ているんですか、ウィリスさん」

「ひっ……!?」



 背後から聞こえた少年の声に、ウィリスは恐怖した。

 表情が引き攣る。まるで姿が目で追えず、捉えたかと思った一撃は空を切る。それを繰り返すこと幾十回。冷や汗が流れ落ち、動悸が激しくなってきた。


 あり得ない、あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ない。


「こ、こんなはずでは……!!」


 振り向きざま。

 乱暴に剣を振るいながら、ウィリスは泣き叫んだ。

 今に至るまで、一度として攻撃を加えられたわけではない。しかし脳裏には確実な『死』という言葉が生じ、彼の心を酷く圧迫していた。

 眩暈、吐き気――恐怖心から、ありとあらゆる症状が起こる。


 それほどまでに、青年と少年の力量差は歴然としていた。



「ゆ、許してくれ……」



 息を切らしながら、ウィリスはそう懇願した。



「頼む、もうダメなんだ……!」



 助けてくれ。

 見逃してくれ。

 生きて、帰らせてくれ――と。



「――――ウィリスさん」



 しかし、



「許すわけがないでしょう? 貴方には、報いを受けてもらいます」

「ひぃっ……!?」




 返ってきたのは、絶望だった。

 スッと目の前に現れたアインは、感情のない瞳で青年を見据えて歩み寄る。そして短刀を、身動きの取れなくなった相手の首に這わせた。

 そのまま制止すること、数秒。

 刃が皮をプチ、と破った。


 ウィリスにとっては永遠にも思われた、そんな時間。



「あ、あぁ……」



 ついに、青年の心の糸が切れた。

 それこそ操り手のいなくなったマリオネットのように。

 ウィリスはその場にへたり込み、失禁した。目は開いているが、意識は完全に途切れているのだろう。口の端から涎を垂らし、呆けてしまった。


「…………」



 そんな彼を見下ろして、アインはこう口にする。



「貴方のような人には、手を下すのももったいない」――と。




 短刀を下ろして、侮蔑の言葉を放った。

 もっとも、ウィリスはそれを聞くに値することもなかったが。




「でも、案外に弱かったんですね。――先輩」




 アインは彼に背を向けて、そう呟いた。

 そして、こう続ける。





「たぶん、ボクの妹たちの方が強いですよ」――と。






 呆れたように、そう言いながら。

 少年は仲間のもとへと歩き始めるのだった。



 






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