3.腰抜けのガンヅ。








 ――『腰抜けのガンヅ』あるいは『見かけ倒しのガンヅ』



 それが、この男につけられたあだ名だった。

 自分の身の丈に合った相手であれば、その力を存分に振るうことができる。しかし、ひとたび凶悪な魔物の前に姿をさらした時、小心者振りが発揮されるのだ。

 人並外れた身体の強さを持ちながら、それを活かしきることができない。



 それ故に、彼は多くのパーティーを転々としてきたのだった。






「はぁ、はぁ……!」


 涙目になりながら、息を切らせて走るガンヅ。

 中間層をさまよって、気付けばアインたちともはぐれてしまった。それでも周囲に魔物の気配はなく、息を殺していれば生きて帰ることができるだろう。

 これまで何度も経験してきたことだった。


 所属したパーティーから勝手に離脱し、王都へと逃げ帰る。

 そして、今回もまた追放されるのだろう。



「やっぱり、俺には無理なんだ……!」



 壁に背を預けて、小さくなる大男。

 膝を抱えてすすり泣く姿は、ある意味で恐怖の絵面だった。


「ごめん、みんな。俺には冒険者なんて……」


 泣きべそをかく。

 そして、何者かへの謝罪を繰り返すのだった。


「でも、生きて帰らないと……!」


 だがやがて、唇を噛みしめて立ち上がる。

 虚勢を張り続けていたガンヅの顔にはもう、生気がなかった。アインとベネットには悪いことをしたと、心の底から思っている。

 しかしながら、自身の生存本能には抗えなかった。


 また会えたら頭を下げよう。


「…………え」


 そう、思った時だった。

 彼の周囲に、静かな気配が無数に存在していたのは。




「うそ、だろ……?」




 ガンヅの脳裏に『死』という文字がよぎった。

 間違いない。そこにいたのは、群れを成したヒュドラだった。



「あ、あぁ……!」



 腰砕けになる。

 そして、力なく迫りくる大きな影に震えるのだった。

 彼の生涯はこうして終わる。誰にも必要とされず、誰にも気づかれず。



 なんと、情けない最期なのか。

 そう思ってガンヅは目をゆっくりと閉じ――。




「大丈夫ですか、ガンヅさん!!」

「なっ……!」




 ――その瞬間だった。

 目の前にアインが現れて、防御魔法を展開したのは。

 ヒュドラの攻撃を弾き返したそれの衝撃が、空間を振動させた。



「な、なんで……。俺のことを助けに……?」



 だが、それよりもガンヅには疑問があった。

 どうしてアインがここにいるのか。

 それに対して、彼は答えた。



「ボクとガンヅさんは、もう――」



 振り返ることなく、周囲に注意を払いながら。

 とても真っすぐな声で。




「もう、仲間であり友達だからですよ!」――と。




 それは、役立たずと言われ続けたガンヅにとって。

 何よりも縁遠く、そして響く言葉だった。


 







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