第35話

 (※ナターシャ視点)


 勘違いなんて、誰にでもあるわ……。


 そう、アーノルドは、勘違いしている。

 自分が勘違いしていたと、勘違いしている。

 私が嘘をついていることは、見抜けなかった。


「何とかなるものね……」


 私は初めから、アーノルドに怪しまれていると警戒していた。

 勘違いではないと証明するために、どこかにメモを残していると思っていた。

 そして、それを私は、リビングで見つけた。


 気付いたのは、食事をしていた時だった。

 カレンダーに、『6』という文字が書かれていた。

 最初は何のことかわからなかったけど、あとで気付いた。

 あれは、私が読んでいる本が六巻だというメモだったのだ。


 そのことに気付いた私は、逆にそれを利用することにした。

 アーノルドは用事で夜まで帰ってこないと分かっていたから、私はその間に、八巻まで読んだ。

 そして、彼が帰ってくる前に、メモを書き換えておいた。


 最初は書かれている文字を消そうと思った。

 しかし、文字はボールペンで書かれていた。

 そこで私は、ボールペンで書かれていた文字に、さらに書き加えた。

 そうすることで、『6』から『8』に違和感なく書き換えることができた。

 アーノルドもそのことには気づかなかったようだ。


 自分の勘違いを確かめるために、彼はメモに頼った。

 そのせいで、メモに書かれていることは、絶対的に信じていた。

 数日前に書かれているメモなら、客観的な情報として信用できると思ってしまった。

 それが、彼が勘違いに気付かなかった原因である。

 メモだって、書き換えることができる。

 それに気付かなかった時点で、彼の策は何の意味もなしていない。


 そして、私の嘘ではなく、彼自身の勘違いだったと思い込んだ彼は、それからさらに優しくなった。

 私が本を取って頼めば、それを断ることはなかった。


 少し危なかったけど結局、私の嘘がバレることはなかった。

 何もかもが順調だ。

 これからも、この幸せな生活が続く。


 そう思っていたのに、まさか、あんなことが起きるなんて……。

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