魔人

 俺の言葉に対して男は反応を示さなかった。

 否定するわけでもなく、動揺する様子もない。

 それが逆に怪しさを際立たせていた。


「魔人って確か……」

「心の壊れた人間。魔獣を使役する人間のことだ」


 師匠がリオナに対して説明した。

 人の心が憎悪にあてられて魔獣を生み出した時、その人間は魔人と呼ばれる。

 一般的な常識ではなく、一部の人のみが知る秘匿された情報だ。


「でもっ、私が昔見た魔人は自我が無いように見えたよ!?あの人は普通に受け答えもできるし……心の壊れた人には見えないよ」

「それについては俺も理由は分からない。だけど魔人は普通の人間とは違って一目で判断できるものがある。奴が着ている黒ずくめの服、理屈は分からないがそれで隠してるんだろうな」

「…………中々に頭もキレる奴のようだな」


 男はフードを外して素顔を表した。

 褐色の肌に長髪の白髪が一際目立ち、年齢的には俺やリオナと一回り違うぐらいだろうか。

 そしてフードを外したことによって魔人特有のオーラが可視化されるようになった。

 本人から漏れ出ているような黒いオーラが男の体の周辺を包み込んでいる。

 これこそが人と魔人の一目で分かる決定的な違いだ。


 男の着ている黒ずくめの服、きっとアレが魔人のオーラを隠し込む役割をしているのだろう。


「いかにも、俺はお前らが言うところの魔人だ」

「意志がある魔人…………アルバス、これは八カ国緊急招集会議を開く案件だぞ!」

「なぜお前は魔人になりながらも自我があるんだ?」

「話せばこの場を見逃してくれるのか?」

「そんなわけないだろう。話さなくてもお前は拘束して連れ帰る。ナナドラ」


 俺はカードを手元に召喚させた。


「…………噂には聞いているぞアルバス=トリガー。お前の神獣も普通ではないらしいな」

「お前の魔獣よりかはよっぽどまともだよ。スキル『七大進化歓喜ラプチャー』」


 カードに表記されているデータがキュラキュラと書き変わっていった。



 ──────────────────


【ナナドラ】 Lv8


 ○攻撃力:80

 ○防御力:80

 ○素早さ:80

 ○特殊能力:80


 スキル:『七大進化【悲哀、歓喜、慈愛、???、憤怒、???、???】』


 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


歓喜の龍神ラプチャー・オブ・ドラゴン】 ☆☆☆☆☆☆☆ Lv8


 ○攻撃力:6500

 ○防御力:6500

 ○素早さ:6000

 ○特殊能力:6000


 スキル:『次元一閃ディメンション・スラッシュ


 ──────────────────


「顕現」


 カードから光が飛び出し、稲妻のような轟音と共にナナドラが姿を変えた神獣が俺の前に現れた。

 歓喜の龍神ラプチャー・オブ・ドラゴンは二足で立つ人型のタイプで、全身が緑色の龍の皮膚のような鎧に包まれており、右手には巨大な方戟を手にしている。

 人型とは言っても本質的には龍であり、言葉を発することはできない。

 それができるのは何故か慈愛の龍神チャリティー・オブ・ドラゴンの時だけだ。

 あれは完全な人型になる。


「ナナちゃん……また変わった?」

「ああ。ナナドラの新しい姿だよ」

「なんという威圧感…………!素晴らしい神獣だ……!」


 男はまるで神でも見るかのような目で俺の相棒を見ていた。

 その手にはカードがあり、相棒のステータスを見ているようだった。

 スカして見ているということはコイツの魔獣は既に顕現されているはずなのだが、どこにもその姿がないのが気がかりだった。


「このレアリティ…………!もしもこの神獣が魔獣に変わったとするならば…………とんでもないことだ!!」

「俺の相棒を視姦するのは構わないけど…………自分の心配でもしたらどうだ?」


 相棒が動いた。

 その動きは既に俺ですら目で追うのも難しいほどのスピード。

 圧倒的な速さから繰り出される方戟の一振りが魔人を襲った。


 ドォォン!!


 雷でも落ちたかのような轟音が鳴ったと思えば、魔人は大きく吹き飛ばされていた。

 しかし、すぐに受け身を取って態勢を立て直した。ダメージを負っている様子はない。

 奴は相棒の一撃に対して懐にあった剣を抜き出して受けることで防いだんだ。

 剣は一撃で粉々に砕け散ったが、恐るべきは奴の反応速度。

 剣で攻撃を受けると同時に奴は後ろに跳ねて威力を殺しやがった。

 一瞬の判断でそこまでできるのは普通じゃない。


「アル、魔人っていうのはあんなにも人間離れな動きができるものなの?」

「魔人はそもそも魔獣のエネルギーの供給源でしかないはずなんだ。魔人の憎悪の力を糧として魔獣は強大な力を得る。だがそれは同時に魔獣と繋がっている魔人も恩恵を受けることになる。本来の魔人は自我がないからそこまで脅威になり得ないんだが…………奴は違うみたいだな」

「だ……大丈夫なの?」

「ああ、余裕だよ」


 再び相棒が動いた。


 確かにあの魔人は自分の意思で魔獣の力を使いこなしている。

 並の神獣じゃ魔獣と同程度の力を持った人間なんて倒すことは出来ないが、生憎と俺の相棒は並の神獣じゃあないからな。


「ぐ、ぬっ」


 相棒は上から振りかぶるように方戟を振り下ろした。

 その一撃を魔人は右腕で防ごうとし、バッサリと切り落とされた。


「うおお!?」

「ラプチャー、次元一閃ディメンション・スラッシュ


 相棒が方戟を横に構え、180度体を後ろに捻る。

 方戟がぐるりと一周してしまっている。


「足を狙え」


 俺の指示と同時に方戟を尋常ではないスピードで横に薙いだ。

 あまりの衝撃に空間がぐにゃりと歪み、放った先の空間が波打ったかと思えば魔人の両足は既に切り落とされていた。


「なんという…………強さ……!!」


 ドサリと右腕と両足を無くした魔人が地面に落ちた。

 さすがに左腕一本では何も出来ないだろう。


「勝負アリだな。私が奴を拘束しよう」

「す……凄い…………!!凄いよアル!こんなに強くなったんだね!!」

「ほとんどナナドラのおかげなんだけどな」

「私がアルを守るつもりだったのに…………あーあ、知らない間に差がついちゃったなぁ」

「リオナが俺を守る時なんて今後も来ないよ。俺が常にリオナを守るからな」

「もー何ですぐそんなマウント取ろうとするのー?」


 リオナこうやって話すのも3年ぶりなのか。

 久しぶりのはずなのに、リオナはあの頃と全く変わっていないみたいだな。

 いや…………それは俺も同じか。


「ふ…………ふふ」


 不意に魔人が笑った。

 まだ笑えるような余裕があるのか?

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