目覚め

 父さんと幼い頃に釣りをした覚えがある。

 何の変哲もない日常の1ページ。

 片腕しかない父さんの代わりに俺が針に餌をくくりつけ、父さんは竿をしならせながら遠くまで針を飛ばしていた。

「凄いや父さん」と目を向けると、父さんの姿が遠くに移動している。

 父さんは静かに笑っていた。

 追いかけても追いかけても父さんに追いつくことができない。

 手を伸ばしてもこの手に掴めるものがない。


「父さん!」


 徐々に遠ざかり、その姿は見えなくなる。

 景色が闇に包まれた。

 いや、視界が暗くなったのか。


「………………ん」


 ゆっくりと目を開けると、刺すような光が目に飛び込んできた。

 夢を見ていたようだ。

 不思議と、起きてしまうと夢の内容が朧げにしか思い出せない。

 ただ、目元を擦ると少し濡れていた。


 目が光に慣れてくると、どこかの一室で寝ていることに気付いた。

 足元がなんだか重い。

 不自然に押さえつけられているような感覚だ。


「すぅ…………すぅ…………」


 道理で重いはずだ、俺の足の上でもたれかかるようにしてリオナが寝息を立てて寝ていた。

 なんでリオナが一緒になって寝ているのか……そもそも何で俺はこんなところで寝ているのか……いまいち思い出せない。


(一体何が───)


 ピリッとした頭の痺れと共に記憶がフラッシュバックした。

 魔人と魔獣が現れたこと。

 父さんが一人で討伐に向かったこと。

 そして、俺の目の前で殺されたこと。


「ああ…………あああ…………」


 鮮血が飛び、父さんの首に突き刺さる刃。

 まるで物のように跳ねた姿が鮮明に蘇る。


「あああああああああ!!」


 父さんが死んだ。

 その事実を再認識させられ、無意識に叫んでいた。


「っ!? あ、アル!?」


 涙が溢れてきた。

 自分の無力さに打ちひしがれる。

 どうして俺は父さんを救うことができなかった。

 どうして俺はあの時父さんと一緒に戦うことを選ばなかった。

 どうして俺は───。


「アルっ!!」


 フワリと頭を優しく抱き抱えられた。

 前にも似たようなことがあった気がする。


「大丈夫……私がいるよ……!」

「うっ……ううっ……」


 どうしてこんなにも安心するのか。

 最近の俺は、リオナの前で泣いてばかりだ。

 取り乱した心を俺はゆっくりと落ち着かせた。

 数分経った頃には、俺も状況の整理がある程度できるほどに落ち着いた。


「悪いリオナ…………なんだか情けないところばかり見せるな」

「ううん、あんなことがあったんだもん……取り乱すのも仕方ないよ」


 リオナはゆっくりと俺から離れて席に座った。


「ここは……?」

「アトラス城の一室だよ」


 国王が住んでいる城?

 どうして俺はそんなところで寝ているんだ?


「一体何が……」

「覚えてないの?」


 父さんが殺されたところまではハッキリと覚えている。

 しかし、その後が朧気だ。

 生きているということは魔人と魔獣は死んでいるものだと思うが……。


「ちょっと記憶が定かじゃないんだ」

「心の力を使い切った影響なのかな……。ちょっと待ってて、他の人にアルが起きたことを知らせてくる」

「いやいや、そんな大事みたいにしなくても」

「一大事だよ。だってアルはニ日も目を覚さなかったんだから」


 そう言ってリオナは部屋から出て行った。


 なんだって?ニ日?

 どうしてそんな寝てるんだ俺は。


 しばらくするとリオナの他に数人が部屋に入ってきた。

 中には見知った顔の人もいた。

 リオナのお父さんであるロートルおじさん、それに父さんに出動命令を伝えにきヴァリアスさん。

 他には医者のような人がいた。


「おお、起きたかアルバス!このまま目を覚さないのではないかと心配したぞ!」

「ロートルおじさん……」

「少し失礼しますよ」


 医者が俺の目を覗いたり、体に手を当てたりして何かを調べた。


「ふむ…………瞳孔も鼓動も正常。特に問題ありませんな」

「そうか、助かる。せっかく来て頂いてすまないが、先に部屋を出て行ってもらえないか」

「承知致しました」


 医者はロートルおじさんに言われた通り、速やかに部屋から出て行った。


「さて、記憶が無いと聞いたが本当か?」

「無いわけではないんですが、ちょっとあやふやで…………」

「それはきっと心の力を使い切った影響によるものだろう。稀にそういう症状があると聞いたことがある」

「使い切った…………」

「魔獣との戦いはヴァリアスから報告を受けた。アルバス……ルーカスが死んでしまったことは私も悲痛の思いだ。昔からよく知っている親友が亡くなるのは…………何度目であっても慣れるものではないな。きっと君も今、誰よりも辛いはずだろう」


 ロートルおじさんは言葉を選ぶようにしてゆっくりと話した。

 リオナになだめられていなかったら、きっと俺はまた発狂していたに違いない。

 唇をキュッと結びながら俺は頷いた。

 油断すれば泣きそうになるからだ。


「父を救えなかった自分の不甲斐なさを悔やんでいるかもしれない」

「そう…………ですね」

「しかし、君が救った命もあるんだ」

「救った……?」


 身に覚えが無かった。

 俺は父さんの仇を目の前にして何も───。


「君が魔獣を倒した」


 ロートルおじさんの言葉で思い出した。

 ナナドラの姿が変わり、天を裂くような轟音とともに荘厳なドラゴンが現れ、地形を変えるほどの一撃を放っていた。


「ヴァリアスからの報告によれば、アルバスの神獣が魔獣を倒したと聞いた。アルバスの神獣が0ツ星であったことは私も確認していたが、どういうわけかその神獣が魔獣を一撃で葬ったらしい。そして君はそのまま気を失ったそうだ」


 あの一撃で……魔獣を?俺が?

 俺は…………父さんの仇を取ることができたのか?


「アルバスはここにいるヴァリアスや私の娘、そしてこの国の人達を救ったことになるのだ」

「そんな…………俺なんかが?」

「まずは礼を言わせてくれ、ありがとう」


 ロートルおじさんが頭を下げた。

 困惑して思わずリオナを見ると、リオナは微笑みながら頷いた。


「それにルーカス。あいつの遺体も回収することができた。火葬して既に墓へ埋めてある。後で案内しよう」

「そうですか……」


 良かった。

 父さんごと消し飛ばしてしまったのではないかと思った。


「そして、これから話すことはアルバスの今後についてだ」

「俺……ですか?」

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