1日目 2 舞剣士と吟遊詩人

「なによ?」



 プンスカしている駆け出し冒険者の少女。

 緋色の瞳に怒りの色が更に滲む。



「ああ、いや……」



 なぜか答えてしまうオレ。


 駆け出しと言っては失礼か……と逡巡する。

 こいつが冒険者を始めて……数年……? だっけ?


 多少は……まぁほんと多少だが古代の稀少な魔法細工を見つけたりーー実績もある。

 が、まだまだ中堅とはいえないな。

 駆け出しでいいか。



「なにか失礼なこと考えてない⁉」



 視線に炎を宿してキッと睨んでくる。

 こえーなぁおい。

 察しが良すぎるからさっと話題を逸らそう。



「気のせいだろ。それにしても随分早い到着だな。他のやつらはどうした?」


「知らないわよ、あんなスケベ!」



 でたでた。また何かあったのか……。

 『やつら』ってわざわざ特定の誰かさんじゃないように言ったんだが。

 勝手に墓穴掘ってやがる。


 まぁ、ここで余計なこと言うとこっちまで不機嫌のとばっちり受けるか……。

 なんて考えていると、緋髪少女はオレとアンタがいるカウンターに辿り着いた。

 ふくれっ面のまま。


 こいつを含めた四人はうちの半ば居候。

 滞在歴があれば、いちいち宿泊者カード書かなくても履歴を引っ張り出せばいい。

 オレはヘソ出し少女の記録を挟んだ台帳を指でなぞりながら探す。



「だからな……。そんな薄皮の胸当てじゃなく……もっと面の広い胸鎧チェストプレートか、せめて麻の鎧リネンキュラッサにしたらどうだと前から言ってるじゃねぇか」



 小言を言う。


 なんでわかるのよ、と頬を赤く染め胸を両手で覆う。

 じとーっと睨んでくるのが視界の端に見える。

 スケベって言うから適当に言ってみただけだがアタリかよ。


 探し物中だから視線を向けずに済んでいるのが救い。

 ……あ、オレはガキに興味ないからな。念のため。



「だって動きにくいんだもん。身軽でなんぼなのよ。あたしは舞剣士ソードダンサー、華麗に舞うことが使命なの」



 舞 剣 士ソードダンサー


 名の通り剣を手に舞うように戦う前衛職。

 ……前衛なら身の安全を守れよ。


 帰ってくる度にスライムに服溶かされただの、ゴブリンに服やぶられただの騒ぐくせに。   

 こっちが心配しているのに提案を却下しやがって……わざとか。露出狂か。


 あくまで自分のスタイルを変えようとしない、ヘソ出し外套野郎マントマン

 あ、女子だから外套女子マントウーマン



「やれやれ」



 わざとオレはおおげさにため息をつく。

 こういう強情なところが可愛げが無い。

 容姿はいいのに中身残念なタイプ。



「"ハチのように飛び、セミのようにおしっこかける"じゃなきゃ」


「ぶっ!」



とんでもないのが聞こえて思わず噴き出した。



「あれ?」


「お前さぁ……それマジで言ってんの? 年頃の娘がおしっこかけるって」


「~~!!」



 自分の言ったことを今更理解したのか。

 顔が髪色以上に真っ赤になる。



「く、口が滑ったわ! そ、そうよ! セミのように……早死にする!」


「……わかった。もう何も言うな」


「な、なによ! 何だっていいじゃない! ……ねぇ⁉ あなたもそう思うでしょ⁉」



 緋髪のヘソ出し少女は初めてそこに立つものの存在に触れる。

 かなり唐突に。


 多分今初めて気づいたんだろう。

 ずい、と押し迫り同意を求める。


 アンタは安っぽい木彫り人形みたく、首を何度も上下させる。

 華奢な体が一層人形らしく見せている。


 いやしかし。

 初対面でいきなり話振られて普通引くだろ。

 せっかくの客が逃げるだろ。



「あら……あなた! その格好もしかして吟遊詩人バード!? ね、そうでしょ!?」



 いきなり話がぶっとんだぞ。

 せわしないな。


 アンタは急に話を振られて驚きながらもまたまた頷く。

 そうか、アンタ吟遊詩人か。

 ……あ、ここに書いてあった。



「やっぱり! ふふ。今晩泊まるの? いつまでいるの? あたしね、風の勇者様の冒険譚好きなの! あとで一曲お願いしたいな!」



 プンスカから一変、目を輝かせ早口でまくし立てるヘソ出し少女。

 圧に押されながらも、喜んで、と答えるアンタ。



「嬉しい! ふふ。楽しみっ!」



 ゴキゲンにその場でくるりと一回転。ひらりと外套マントがたなびき優雅さを感じさせる。

 さすが舞剣士。



「なにがたのしみなのー?」


「あら~ヒナさんナンパしてるのかしら~??」



 二つの声がしたほう――宿の入り口には並んで立つ大小二人の少女。


  二つの声がしたほう――宿の入り口には並んで立つ大小二人の少女。


 背が高いほうは腰まで届く長い髪に前髪ぱっつん。

 睫毛の長いぱっちりした顔立ちにおっとりさを思わせるややタレ目。


 肌をほとんど見せない修道服姿と頭巾で大人びた雰囲気があるが、今見せている表情は悪戯いたずらを思いついた子供のソレ。


 小さいほうは白い襟付き袖なしの服ノースリーブに黒のショートパンツ。

 それだけなら緋色髪少女と似ているが足はニーソックスでほぼ覆っている上、肩部分の無い濃紺の法衣ローブを纏っている。

 小柄で童顔であり武器らしい武器も携えていなく魔術師的な風貌だ。


 二人の髪色は同じ柔らかな黄色。

 指を絡める、いわゆる恋人繋ぎをしている。

 ……深入りは止めておこう。



「な、ナンパじゃないわよ! この人吟遊詩人バードなの! あたし小さい頃吟遊詩人になりたくて……才能無くて諦めたんだけど……、風の勇者様のお話が大好きで、冒険に出てからなかなか聴ける機会がなかったからせっかくだし唄ってもらいたいなぁって思って……その……」



 自分の行動を指摘されて気付いたのか、一度は戻ったヘソ出しの顔色はだんだん赤く、声は小さくなって両手の人差し指をつんつんし始める。

ヘソ出しは名前じゃないよな。ヒナと呼ばれた少女。



「どうか、あたしの部屋で二人っきりであたしのために唄ってくださいませんか? できたら一緒の布団で――ってことかしら?」


「バカ!! ち、違うわよ! あたしが好きなのは子供向けの短いやつだから……その、そんなに負担かけないと思うし……」



 修道服の女が声色を真似て演技っぽく追撃したため更に顔を赤くしたヒナは慌てたついでに色々暴露している。

 それを聞いたアンタは大丈夫ですよ、とやさしい笑みを浮かべている。



「えー? ちぃおねーちゃん、子供向けなのー??」


「言い回し難しいし……な、長いと寝ちゃうのよね、あはは……」



 童顔少女に耳ざとく聞かれ、少女は照れ笑い。修道女はまたにやりと笑う。



「僕の熱い愛のささやきが貴女を虜にし、子供から大人への階段を上る……今宵は眠れない夜となるでしょう! ――というのを期待してるのかしら?」


「だからそういうのじゃないから!! 純粋に聴きたいのよ!」



 今度は耳まで真っ赤にして抗議。

 でこぼこコンビの女子二人は声を上げて笑っている。


 横で聞いているアンタは初対面でいじられてるのに笑って流して、たいしたもんだな。

 オレは頬杖をついてそれを見守る。


 王道中の王道、ミーハーだったわけね。

 緋髪ヘソ出し少女はアンタに向き直る。



「あたしね、唄の才能は無かったけど……こっちの才能がみつかったの」



 言いながらひらりと外套マントを翻し、愛おしそうに両腰にぶらさげた独特のうねりのある短剣に手をやる。


 身軽さを生かして独特の「舞」に身を任せながら両手に持った短剣で切りかかる前衛遊撃職、舞剣士ソードダンサー


 その身のこなしはしなやかで艶やか。

 娯楽や宗教儀式にも用いられる「舞」に心奪われる者も多く、舞台ショーとしての人気も高い。それが少女の職業ジョブだ。



「私の舞も見せてあげるね」



 穏やかに微笑む。



「踊っても揺れないから楽ですわねー」


「揺れないってなにがー?」


「うるさいっ!!」



 修道女はにやにや。ヘソ出しはまた赤くなってる。



「たしかにその方は……ここからでも分かるくらいお顔が綺麗ですから声を掛けたくなるのも分かりますわ。でもヒナさん、二股はよくありませんわよ?」


「しつこい! 違うってば! って二股ってなによ⁉」


「なにって……ねぇ?」


「ねー。わかってるくせに~。おぬしも悪よのう」



 神妙な顔で真っ当そうに述べる修道女。

 ニヤニヤしながらチャチャを入れる童顔黄髪少女。

 まるで自宅でくつろぐようにじゃれあう少女たち。


 あー、うるせぇのが帰ってきたな。

 ここしばらくせっかく平和を満喫してたのに。


 他に客がいないから苦情は出ないが、仕事がすすまねぇよ。

 こいつも解放してやれよ……と思ったが、三人娘が来てしばらく経つ。


 となると、あいつもそろそろ来るんじゃねぇか。

 だとしたら、「アレ」がうまくいくかもしれない。そう考えるとニヤつきそうになる。



「二人とも、そこだと隙間風が寒いだろ。奥に入ったらどうだ?」



 未だ入り口に立ったままの二人を気遣うように声をかけ、宿の奥へと誘導する。



「そうするー。ボク足が疲れたよー」


「部屋は二階のいつもの三番だ、清掃済んでるからもう入っていいぞ」



 壁に埋め込まれた収納棚から二階三番部屋の鍵を取り出しカウンターに置く。



「わーい。おっふろー」


「背中流しっこしましょうね~。面白かったわ~。あなたも、ごきげんよう~」



 ゆったりした口調で満足そうに言う修道女。無邪気にはしゃぐ童顔少女。

 恋人つなぎをしたままカウンターに近づくふたり。


 狙い通りだが切り替え早すぎだろ。


 真っ赤になってモジモジしてるのがまだいるんだがで放置かよ。

 ……まぁ、それさえ楽しもうってことなんだろうな。


 修道女に鍵を渡すと同時、ぎぃ、と悲鳴をあげながら入り口の木扉が力なく開いた。



「た、ただいま……」



 ぼろぼろの身なりの少年がよろよろと入ってくる


「あ、おにーちゃん!」


「あらあら、おつかれさま~」



 修道女と童顔少女が振り返り。

 空いているほうの手を一人は王族のようにひらひらと、もうひとりは千切れんばかりにぶんぶんと振る。

 少年は返事の代わりに手を上げる。



「やっと……、ついたーーっ」



 よほど疲れているようで、言いながら扉と蝶番で繋がった柱にもたれ――天井を仰ぐ。



「おぅ、着いたか」


「あ、オヤジさん。またお世話になります……」



 カウンターの中から声をかけると顔をこっちに向け挨拶を返してきた。


 一行の四人目にして初めて挨拶されたぞ。

 三人にとってはやっぱ家なんだな。



「なんでそんなにボロボロなんだ?」


「えーと、これは……」


「こ……の変態! あんたが悪いんだからね! 自業自得なんだから!」


「いや、あれは事故だ!」


「おじさん! 今晩こいつの部屋要らない! 馬小屋でいいから!」


「馬小屋はないだろ!」


「うっさい! あんたはどこだって寝られるでしょ!」


「地べたで寝たら体が休まらねーだろーが!」


「じゃあ干し草の上で寝ればいいでしょうが!」



 ああ言えばこう言う。

 今のヒナには取り付く島も無い。

 怒りっぷりがいい感じだ。


 このままいけば……いかん、ニヤニヤしてしまう。



「まったく、今度はなにをやらかしたんだ?」



とぼけて聞く。我ながら悪いやつだ。



「あ~、やらかしたというか、触ったというか、揉んだというか……いや、揉むほどのサイズないか」



 少年は少し顔を赤くしながら視線を斜め上へやり思い返して説明しようとする。

 感触を思い返す手のひらを開いたりにぎったり……その素直さが命取り。


 青筋がピシリと立つ音が聞こえた……ような気がした。



「このバカっ! ペラペラ喋るんじゃ…………ないっっ!」



 怒りながら少しの助走をつけて、舞剣士の名に恥じぬ見事な跳躍と繰り出される鋭いとび蹴り――此処が屋内だということを完全に度外視したソレ――が少年の頭を捉えて――。



 どごっ! ばぎっ!!


 石を石で殴りつけるような鈍い音を鳴らし、少年を背後にある扉ごと屋外へ吹っ飛ばす。

 おいおい、冗談抜きで死ぬぞ……。


 手加減や容赦と言った言葉はドブに捨てさった強烈な一撃。

 ふん! と鼻息あらく、舞剣士のヘソ出し少女は踵を返し大股で二階へと上がっていく。


 あらあら、といいながら修道女はカウンターに置いてある鍵を手に取り、あとお願いします、とオレに目配せしてヘソ出しのあとに続いていく。

 童顔少女は手を繋いだままぴょんぴょん跳ねていく。


 任された……。


 建物の外で仰向けになっている少年に野次馬が群がる。

 生きてるかー? と声をかけられると辛うじて右手首を上げる少年。


 遮るものが無くなったため宿のカウンターからでも様子がはっきり見える。

 見事にやってくれた。


 一応様子見にカウンターを抜けて少年に近寄る。

 ひえーと感嘆の声を小さくあげて呆気にとられていたアンタも我に返り、オレに続く。


 顔を覗き込むと少年は目をぐるぐる回しうーん、とうなっている。

 こいつ体つきは細いが意外とタフなんだよな。

 アンタが心配そうに見ているが、まぁ平気だろう。



「とりあえず、修理の請求書はお前宛でいいか?」



 心配より先にそう言ってしまうオレも鬼だな。



「……ひゃい」



 情けない返事が来る。

 修繕費浮いたぜ、まいどありー。


 店先でくたばった少年をとりあえず馬小屋……はさすがに可哀想なのでオレの自室に運んだ。


 客室は空いてるが急に客が来ると困るからな。

 本当は看病するのに面倒が無いからだ。やれやれ。



「荷物運んでくれて助かった、ありがとな」



 少年をベッドに寝かせ、氷嚢を持ってきて腫れ上がった患部を冷やしたところでオレは成り行きで手伝ってくれたアンタに礼を言う。

 いえいえ、と笑顔で答えるアンタ。謙虚だな。


「そうだ、晩飯どうする? 介抱手伝ってもらったし、オレの奢りで一緒にどうだ? こいつらも食べるだろうし、今んとこ他に客はいないから交流しないか?オレとしてはアンタの吟遊詩人バードとしての腕前も気になるところだしな」



 オレの誘いにアンタは奢りなんて悪いですよと最初は遠慮していたが、オレがいいからいからと押し切ると爽やかな笑顔でお言葉に甘えて、と返してきた。


 決まりだな!


 そうとなれば支度だ。

 この時期の夕暮れはいわゆるつるべ落とし。

 傾きかけた日はあっという間に沈んじまう。


 うちは宿泊客のうち希望者に夕方と翌朝に食事を提供している。

 もちろん別料金だ。


 外で食べようと自由だが、ここの料理はへたな店より評判がいいし価格も良心的に設定しているから頼む客が多い。

 それどころか他で宿を取ってわざわざ飯だけ食いに来る奴らもいるくらいだ。


 オレが奢るなんてことはそうそう無いが、アンタのことは気に入ったから特別だ。

 アンタと部屋の前で別れ宿のカウンターに戻ると二階の少女三人分の食事注文のメモが置かれている。


 オレが不在だったから置いていったようだ。


 イラつきのみえる走り書き、書いたのはヘソ出し少女か。

 もうちょい丁寧に書けよ。


 しかし三人は少年を馬小屋に放り込もうとした上に飯抜きにするのか。

 ヒナはともかく二人まで容赦ないな……と思ったらもう一枚メモが重ねられていた。


 こっちは筆跡から修道女か。 

 二人を仲直りさせるから夕食時に彼を連れてきて、とある。

 やっぱそうなるか……。

 だりぃな……。


 いや、アイツ起きれないんじゃないか?

 しょうがねぇ、目を覚ましたら同席させるか。

 起きなかったら……知らん。


 もっとも、起きなかったら起きなかったでオレのベッドが埋まったまま。

 となると床で寝ることになるから、早く目覚めてほしいもんだが……。


 煩わしさを感じつつも、こういうのがほっとけないのがオレの性分らしい。

 さて、どうなることやら。


 とりあえず夕食の注文を出しに厨房に向かう。

 コンコン、とノックして扉を開ける。



「夕食六人分できるか?新しいヤツがきたから看板メニューで頼みたいが」



 仕込み中の料理人に伝える。



「そりゃいいね、腕が鳴るよ」



 茶色の髪を後ろでひとつポニーテールにまとめ、白い厨房用の服に身を包んだ女性が答える。



「おう、構わねぇ。誰か手伝わせるか?」


「大丈夫、任せといて!」


 そう言い親指立てる。

 平気そうなので頼んだ、と厨房を後にする。

 食事はこれで安心、と。


 玄関の扉だった者を外の壁際に寄せ、飛び散った破片を箒で掃く。

 扉の代わりに板をたてかけ故障中と貼り紙したからこれでよし。


 後はテーブルと酒の用意と、一通り見て回ってから少年起こすか――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る