170 帰郷への道中2


 国境の町へ入るには、貴族カードと国王の書状を見せてもヤルモだけ審査に引っ掛かったが、イロナとマルケッタを見せたらVIP対応。荷物もチェックされずに中へと通してもらえた。


「納得いかねぇな~」


 クリスタがあれだけ用意してくれたのに、すんなりと通してもらえなかったヤルモは愚痴っている。


僭越せんえつながら……」


 すると、ヤルモが背中に担いでいるマルケッタが申し訳なさそうに口を開いたので、発言を許可した。


「その格好を改めましたらよろしいのでは?」

「これしか持ってないからな~……いや、勇者に買ってもらったのがあるか。でも、着替えるのは面倒だな」

「頑なにするから時間を取られるのですわ」

「あとで考える」


 マルケッタの意見は確かに真っ当なので、ヤルモも無下にはせずに先送り。それから貴族御用達の宿に入ろうとしたヤルモであったが、さっきのこともあるので、マルケッタとイロナを先に入れてあとに続いた。

 受付では従業員の男が対応していたのでヤルモが前に出たのだが……


「二名様ですね。ただいま混雑しており、ひと部屋しか空いていませんので、使用人は馬小屋をお使いください」

「は? 二名って、誰と誰のことを言ってるんだ??」

「あなたの主の貴婦人のことを言っています」

「俺は使用人じゃないし、主人だぞ?」

「もももも、申し訳ありませ~ん!!」


 ここでも上手くいかないヤルモ。貴族カードを出したのに、見た目のせいで使用人に間違われて気分を害する。

 これならクリスタが指定した宿になんか入るんじゃなかったと思いながらも、ひと部屋しかないのではどうしようかとヤルモが悩んでいたら、従業員は申し訳なさそうに告げる。


「国境の町ということもあり旅人が多いので、この時間ですと他の宿を探すのは時間が掛かるかと……」

「そうか……じゃあ、ここで決める。案内してくれ」


 ベッドがふたつしかなくとも、いつも通りイロナと一緒に寝れば事足りるので、ヤルモは部屋に案内してもらう。そして、料理は部屋に運ぶように頼んで、とりあえず備え付けのお風呂をマルケッタに勧めた。


「僭越ながら……」

「覗いたりしないからさっさと入って来い」

「あ、はい。着替えを……」

「そっちか。ほれ」


 ヤルモはどうせ覗くことを心配していると思っていたが、マルケッタは着替えを欲しがっていると言ったので、クリスタから預かっていた袋を手渡した。

 マルケッタのお風呂を待っていたら食事が運ばれて来たので受け取るヤルモ。しかし、なかなか出て行かない給仕係を不思議にヤルモが見ていたら、マルケッタがお風呂から上がって来た。


「僭越ながら、チップをお渡しになられたのですか?」

「チップ? なんだそれ??」

「はぁ~~~」


 どうやらお金持ちが使う宿では貴族や大商人が大盤振る舞いするので、チップは必ず渡すことが通例となっているとのこと。マルケッタは言葉の制約を受けているからののしりたくてもできず。大きなため息で反撃するしかない。

 とりあえず、ヤルモはマルケッタからチップの額を聞くと、めっちゃ嫌そうな顔で支払っていた。


 それから食事をして、ヤルモとイロナは一緒にお風呂へ入る。その時、どこからかうめき声が聞こえて来たので、マルケッタの体がビクッと跳ねた。


(この呻き声はなんですの? 場所は……お風呂場?? あのイロナという女がヤルモに非道なことをされて、こんな声を出しているのかも? いえ、どちらかというとヤルモの声のような……あの性犯罪者は、どんな行為をしているんだか……それがこのわたくしに向かって来るんじゃなくて!?)


 呻き声が聞こえてから、マルケッタの想像が膨らむ。ドSなヤルモかドMなヤルモか……どちらのプレイスタイルであっても、王女であるマルケッタは耐えられない。

 しかし、体を操られているマルケッタでは逃げることもままならず、命令されては断ることもできない。そんなことをされるぐらいなら死んだほうがマシだと考えていたら、ノックの音が響いてまた体がビクッと跳ねた。


 給仕係が皿を片付けに来たようだ。マルケッタは、ヤルモから給仕係が来たら対応するように命令されていたので、部屋に入れて片付けをしてもらう。


(こいつに、なんとか誘拐されていると伝えられたら……そうですわ!)


 マルケッタの一計。ジェスチャーは封じられていなかったので、なんとか給仕係を止めて助けを求めるのであった。



「ふぅ~……いい仕事をした」

「はぁ~……いつになったら……」


 そんなこととは露知らず、一仕事終えてスッキリした顔のイロナと、ダメージを受けてある部分を痛そうにするヤルモがお風呂場から出て来た。


「あの……お客様……」

「なんだお前たちは!?」


 そこには、スーツ姿のマッチョな男が五人。それと、支配人らしき老紳士が立っていたのでヤルモは驚いた。


「夜分に申し訳ありません。どうしても確認したいことがありまして、参らせていただいた所存です」

「な、なんだ??」

「こちらを……」


 ヤルモはまた濡れ衣を着せられるのかと身構えると、支配人が文字の書かれた紙を差し出した。これは、ヤルモのミス。ジェスチャーだけでなく、文字も禁止することを忘れていたのだ。


 その紙には、マルケッタがアルタニア帝国の王女で聖女だから誘拐されたと書かれていたので、いくら男爵家を名乗っているヤルモでも、犯罪者の可能性が拭えないから確認をしたいようだ。

 ぶっちゃけ、武術の心得のあるSPを五人も引き連れて来ているところを見ると、ヤルモが99%犯人だと支配人は確信している。


「あっ! ちょっと待ってろ。こんな場合の手紙があったはずだ。カーボエルテ王家からの手紙だぞ? 動くなよ~??」


 ヤルモが喋れば喋るほど誘拐犯の確率が100%をあっという間に超えて200%までアップするが、手紙を読んだ支配人は顔が真っ青になった。


「も、申し訳ありませんでした! まさか密命を受けた使者様だとは……こ、この非礼を、どう詫びていいものか……」

「いますぐ出て行ってくれるだけでいい。それと、このことを誰にも喋るなよ」

「はっ! 箝口令を敷き、一切外に出さないことを誓います!!」


 クリスタがこんなこともあろうかと用意していた書状は絶大な効果を発揮し、支配人たちはペコペコと頭を下げて撤退したのであった。


「はぁ……よけいなことを書くな。あと、どんな手段であってもよけいなことを他者に伝えるな。さてと、お前はそっちのベッドで寝ろよ」


 一難去ったら、マルケッタに新たなる制約。ヤルモはぶっきらぼうに告げて、イロナと一緒にベッドに入るのであった。

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