166 旅立ち1
ヤルモがアルタニア帝国帰還を決意した翌日……
昨夜は全員深夜まで起きていたのでお寝坊。昼には食堂で集まったが、クリスタとオルガはヤルモを部屋に招き入れて、昨日できなかった詳しい話をしていた。
「ふ~ん……終わったら全部返せってか……」
クリスタから説明を聞き終えたヤルモは、大量に並んだ国王からの手紙や強さを示すカードの中からS級冒険者カードを手に持ち、指でくるくる回しながらボソッと呟いた。
「まぁ持ち逃げしても構わないけど……欲しいの??」
「いらね。こんなの持ってたら、絶対、面倒事に巻き込まれる」
「やっぱヤルモさんは、そういう人だよね~。でも、その辺に捨てられて悪用されたら困るから、絶対に返しに来て」
クリスタが真面目な顔で言うが、オルガは微笑みながらちゃちゃを入れる。
「勇者様はヤルモさんのことが心配だから、どのような結果になろうとも必ず顔を見せてほしいのですよ」
「ちょっと聖女様~。恥ずかしいんだからやめてよ~」
「ヤルモさんにはこれぐらい言わないと通じないと思います」
「そうだけど~」
二人はヤルモに対して失礼なことを言っているが、いつものことなので無視するヤルモ。
「返しに来たらいいんだろ? 約束する」
「「やった!」」
「あと、俺だって気を遣ってくれる言葉ぐらいわかるんだぞ??」
「「うそ……」」
「なんだその顔は!!」
クリスタとオルガはおばけでも見たような顔をするのでヤルモはツッコム。そりゃ、今までヤルモは裏読みして全てネガティブな方向にしか受け取らなかったんだからそうなるよ。
「それで……いつアルタニアに立つの?」
ブーブー言うヤルモが落ち着いて来たら、クリスタは話を変えた。
「そうだな……もう一度特級ダンジョンをクリアしてからかな?」
「すぐ立ちなよ!」
「は? お前たちがもう一回って言ってただろ」
「言ったけど~。ここから馬車で何日掛かると思っているのよ。早くて二週間は掛かるんだよ? 急がなきゃ!!」
「でも、受ける予定だったし……」
どうやらヤルモはクリスタたちを心配しているようで、その心配はクリスタたちにも伝わったが、クリスタは首を横に振る。
「心配してくれる気持ちは嬉しいけど、私たちなら大丈夫。ね?」
「はい! ヤルモさんから習ったことを守りますので、心配しなくても大丈夫ですよ」
「まぁ次の挑戦でダンジョンボスを倒せないと思ったら諦めるし、それでレベルが上がっているだろうから、その次なら確実に倒せるでしょ」
「ええ。勇者様も成長しています。皆を守ってくれますよ」
クリスタとオルガは自信たっぷりでそんなことを言うので、ヤルモの目頭が熱くなる。
「そうか……勇者も成長したんだな……こ~んなちっさかったのに……」
「いや、前も言ったけど、身長は変わってないから!」
「ほんと、大きくなったな~。グズッ……」
「親戚のオッサンか!! あはははは」
「もう、ヤルモさんは~。あはははは」
またヤルモがグスグス泣き出すのでクリスタはツッコミ、自分でも笑ってオルガも続くのであった。
「さあ! 今日はヤルモさんの旅立ちの宴よ! みんな~? グラスは持った~??」
「「「「「は~い」」」」」
「かんぱ~~~い!」
「「「「「かんぱ~~~い!!」」」」」
クリスタの音頭で始まる宴。皆はエイニの作る美味しい料理に舌鼓を打ち、酒やジュースを煽る。その間、ヤルモの元へ感謝の言葉を送る勇者パーティ。
代わる代わる感謝されてヤルモは困っていたが、一番タチが悪いのがクリスタ。泣きながらヤルモに抱きついている。
「うわ~ん。ヤルモさん帰らないで~」
「お前が帰れって言ったんだろ!」
「そうだけど~。寂しいの~」
「甘えるな! 酒癖の悪い奴だな」
「えへへ~。凄い筋肉~」
「笑うな! 離れろ! さっきから痛いんだよ!!」
ヤルモが痛がっている直接的な理由はクリスタが原因ではない。クリスタがヤルモに抱きつくから、隣に座るイロナがつねっているからだ。
本当は両手に花で嬉しいヤルモでも、この痛みから解放されるにはクリスタを追い払わなくてはならない。オルガに頼んで、クリスタを羽交い締めにして連れて行ってもらった。
「まったく……うるさい奴らだ」
勇者パーティが離れたところで騒いでいると、ヤルモは小さな声でボヤく。
「ふむ。主殿と出会った頃とは大違いだ」
「ほんと、なんでこんなことになったんだろうな~」
「今までがツイてなかったのだから、ツキが回って来たのではないか?」
「ツキね~……」
今まで運悪く冤罪ばかりで捕まっていたヤルモは、自分が幸運を感じた頃を思い出そうとしても、遠い昔すぎて思い出せない。ならば、どうしてこんなに幸運が回って来たのかと考えたら、すぐに答えが出た。
「ん? どうかしたか??」
答えはイロナ。ヤルモはイロナの顔をじっくりと見ていた。
「イロナを買ったからかも? 俺に取っては、イロナは幸運の女神なのかもな」
「フッ……戦女神の職業に続いて幸運の女神か。ふたつも女神を冠する我は最強だな」
「ちょっ……痛いんだけど……酔ったのか??」
ドコンドコンと叩かれて痛いヤルモの質問は無視。イロナは立ち上がって宣言する。
「さあ! 魔王を倒して、さらに地獄の女神の二つ名を手に入れてやろうぞ!!」
「ええぇぇ~……」
ヤルモ、ドン引き。イロナのおかげで幸運は舞い込んだのは事実だが、よくよく考えたらイロナのせいで戦闘回数は増えている。さらにはHPの減りが早いのもイロナのせい。
ヤルモは魔王を倒す前に、イロナのことを地獄の女神と心の中で呼ぶのであったとさ。
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