087 来客2
「いいから仕事に戻れ」
「あ……はい」
まったく出て行く素振りのなかったエイニはタピオに怒られ、クリスタたちからもジト目で見られていたのですごすごと引き下がり、部屋から出て行った。
それからタピオは部屋に備え付けられたソファー席にイロナと共に移動し、クリスタとオルガには対面に座るように促す。
「さてと……なんの用だ?」
皆が席に着くと、タピオは面倒くさそうに話を振る。
「なんの用もなにも、報酬の支払いに来たのよ。てか、どうして引き払った宿を教えてるのよ!」
「本当に払いに来るとは思っていなかったから……」
「こんな廃れた宿に泊まってるなんてわかるわけないじゃない! 探してもらうの超大変だったのよ!!」
「別に諦めてくれたら……」
「諦めるわけないでしょ!!」
「すまん……」
珍しくタピオはたじたじ。クリスタの剣幕に負けて謝罪していた。それでようやく落ち着いたクリスタはドサッと座り直して、アイテムボックスから取り出したみっつの皮袋をテーブルの上に置く。
「はい。報酬の金貨千枚」
「千枚? 多すぎないか??」
「いえ。少なすぎるわ。おじ様なんて、ダンジョンボスを倒すだけで二千枚も持って行っていたもの」
「へ~。勇者ってのは、そんなに稼げるのか」
「取りすぎよ。国民の税金から出ているっていうのに……」
クリスタが苦虫を噛み潰すような顔をするので、タピオは受け取りにくい。
「えっと……じゃあ、半分だけ……」
「それはダメ! 今回に限っては、誰にも文句は言わせないわ。王女の名にかけて!!」
「よけい受け取りにくいんだけど……」
「国を代表して感謝させていただきます」
「わざとやってるだろ?」
ニヒヒと笑うクリスタにまた負けたタピオ。仕方なく金貨千枚を受け取っていた。
「それとは別に、金貨千枚で仕事を受けて欲しいんだけど、いいかな?」
またクリスタは皮袋をドサッと置いて交渉に乗り出す。
「面倒だ。断る」
「だろうね~。タピオさんなら、そう言うと思っていたわ」
「じゃあ諦めろ」
「そうはいかないわ……」
クリスタは一呼吸置くと、真面目な顔で続きを喋る。
「……ヤルモさん」
タピオはいきなり本名を呼ばれて、心臓を鷲掴みにされたような感覚に
「な、なんで……いや、誰だそれ……」
タピオは……いや、ヤルモは蒼白の顔でなんとかとぼけたが、答えは顔に出まくっている。
「私が何も調べずに、お金を払うと思っていたの?」
「言っている意味が……」
「とぼけても無駄よ。ヤルモさん……。ハミナの冒険者ギルドに、こんな物が届いていたの」
クリスタが取り出した物は、ヤルモの手配書。ヤルモは声も出せずに手配書を見る。
「……誰だ??」
あまりにも似ていない凶悪な男の手配書を見て、マジでわからないヤルモ。
「あははは。やっぱり似てないよね~。でも、アルタニア帝国の聖女が届けて、ヤルモは『タピオ』という偽名を使っていると確定していたらしいわよ」
「聖女!?」
ヤルモは聖女と聞いてあからさまに驚き、体がガタガタと震え出した。その顔を見て、イロナは動く。
「ヒッ!?」
目にもとまらぬ速さでクリスタに剣を突き付けたのだ。
「あまり主殿をいじめてくれるな」
「ち、ちがっ……」
「主殿。こいつを殺すか?」
「うっ……」
イロナはクリスタの口に剣を入れてヤルモに問うが、ヤルモは震えていて見てもいない。
「待ってください! 私たちはヤルモさんを捕らえに来たんじゃないんです!!」
一触即発の事態にオルガが大声を出しても、イロナは引く気がない。
「捕らえに来たのではないのなら、何をしに来たのだ?」
「こ、これを見てください!」
オルガはクリスタのポケットからカードを取り出してテーブルにそっと置く。
「冒険者カード? ヤルモとなっているな」
「はい。勇者様はヤルモさんを国で
「うぅ! うぅぅ!!」
オルガは少し自信がなさそうに言うので、クリスタは剣を口に入れたまま目で訴える。これでいちおう、イロナは剣を収めて話を聞く体勢になってくれた。
「はぁ……死ぬかと思った」
「あんな言い方をするからですよ」
「だって何を言っても信じてくれないんだも~ん」
「イロナさんに冗談は通じないのですから、死にたくないならやめなさい」
「う、うん」
どうやらクリスタは、ちょっとした仕返しで意地悪をしていたようだ。ただその行為をオルガに責められ、イロナにもブルッと来て反省していた。
「ちょっと話が飛んじゃったけど、私たちはヤルモさんが犯罪者にはとうてい思えないの。ね?」
「ええ。なんだかんだ言いながらも私たちを助けてくれましたし、報酬だって断ろうとしてましたよね?」
「普通、もっと恩着せがましくしてもおかしくない。いえ、魔王討伐なんて手柄、誰にも譲ったりしないでしょ」
「表に出たくないなら、私たちを脅せばいいだけですからね。ヤルモさんならいつだって私たちを殺せたのに、そんな素振りを一切見せませんでした」
「イロナさんには殺されかけたけどね」
「「あははは」」
クリスタとオルガが交互に喋る姿をポカンと見ていたヤルモは、二人の笑う姿がボヤけて見えていた。
「お辛い事が多々あったのでしょう。でも、私たちはヤルモさんの味方ですので安心してください」
「戦う力は弱くて頼りない勇者だけど、王女の権力を全て使ってヤルモさんを守ってみせる。王女の名にかけて!」
オルガとクリスタの優しい言葉にヤルモは……
「うっ……うぅ……ううぅぅうぅ……」
目に滲んでいた涙が粒となり、塊となり、手で塞いでも、とめどなく流れ落ちるのであった……
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