032 上級ダンジョン5


「はじめ!」


 イロナの号令で、イロナを賭けての決闘がいま始まる。


 タピオは体を前傾姿勢にし、両手を顔の前で構えて防御体勢。

 対して、トウコは木剣を上段に構えてタピオにジリジリと近付いていた。


「喰らえ~!」


 先手はトウコ。タピオが自分の間合いに入った瞬間、剣を振り下ろす。

 タピオはその剣を左手でガードし、前に出てトウコを捕まえようとしたが、素早く避けられてしまった。


「フッ……武道家が剣士より遅いって致命的ですね。これなら楽勝です!」


 タピオの装備を見て、武道家ではなく筋肉ダルマだと勘違いしたトウコは、素早さを活かして斬り付ける。木剣を振っては下がり、連続斬りをしては下がる。

 タピオは全て腕でガードし、トウコを捕まえようとするがすんでのところで避けられ、カウンターを入れられるが、それもガードする。


「フンッ……しつこいですね。これでどうです!」


 ここでトウコはスキル発動。一呼吸で五回の斬り付けをタピオに浴びせかけた。

 しかし、タピオは冷静に全ての太刀筋を腕でガード。スピードは劣るが、経験から来る予想の位置に腕を置き、無傷で受け切った。

 当たったとしても無傷だろうが、普段から怪我を負わないような戦い方をしているタピオでは、染み込んでいる癖は抜けないようだ。


 トウコが大技を使ったということは、タピオのチャンス。いや、タピオは狙って使わせたのだ。


「捕まえた」

「離せ!! ぐっ……」


 大技を使って硬直したトウコは、いくらスピードが上でも簡単に捕まり、タピオはそのまま押し倒して馬乗りになった。


「もう決着でいいだろ?」

「いえ! 僕が負けたらイロナさんを誰が守ると言うのですか!!」

「はぁ~……死んでも知らんからな」


 タピオは拳を振り上げて、グシャッと落とす。それは一発で終わらず、二発三発と落とし、十発を超えたところで手を止めた。


「ハッ……一発も当たらないじゃないか」


 トウコは顔をガードしていたが、タピオの動きが止まると強がりを言う。しかしその時……


「勝負あり! 主殿の勝ちだ」


 イロナから勝敗を告げる声が掛かった。


「なっ……まだ僕は戦えます!」

「主殿がその気なら、お前は死んでいたぞ。地面を見てみろ」


 トウコが顔を横に向けると地面には拳大の穴が開いており、それは顔の周りを綺麗に避けた円となっていた。


「なっ……」

「お前では、一発で腕を折られて顔面が陥没していただろうな。まだやると言うのなら、一発ぐらい喰らっておくか?」

「まだやれる! かかってこい!!」


 イロナの説得を聞かないトウコは大声を出すが、タピオはすっと馬乗りの姿勢から立ち上がった。


「もういい。不意討ちでも闇討ちでも、好きな時に襲って来い。その場合、今度は本当に当てるからな」

「逃げるのか!?」

「………」


 タピオはトウコとは話にならないと思って無言で立ち去った。それでトウコは勘違いしたようだ。


「イロナさん。あいつは逃げましたよ! 僕の勝ちです!!」

「お前は馬鹿なのか? 主殿の足元にも及ばなかっただろうが」

「どんな結果になろうとも、勝ちは勝ちです!」

「はぁ……ならば、我に勝ったならば、お前の奴隷になってやろうじゃないか。どこからでもかかってこい」

「女性に剣を向けられるわけがないじゃないですか」

「もう始まっているぞ!」


 イロナは一声掛けてからの、ただのパンチ。あまりにも速すぎてトウコは反応が遅れ、胸にパンチを受けてしまい、遠くの壁にぶつかるまで止まらなかった。


「鎧の上から殴ったのだから、まだ息はあるだろう。早く治してやれ」


 呆気に取られるハーレムパーティの僧侶に声を掛けると、全員でトウコの元へ走って行き、イロナはタピオの元へと戻るのであった。



「少しやり過ぎじゃないか?」


 イロナがタピオの隣に座ると、いちおう叱責する。


「主殿がトドメを刺さないのが悪い」

「俺がやっても、あの手のバカは何度でも向かって来る。イロナに任せたほうが丸く収まると思ったんだ」

「フッ……我は、主殿に上手く使われたわけだ」

「悪かったな」


 タピオが謝ると、イロナはタピオの腕にギュッとしがみつく。どうやらイロナは怒っているわけではなかったようだ。だが、締め付けが強すぎてタピオはギブアップしていた。


 タピオとイロナがイチャイチャしている横では、ハーレムパーティがトウコの手当てをしている姿がある。だが、トウコはまだ目覚めていないのでタピオたちは平和なもの。

 テントに入ってイロナからの夜の奉仕をやんわりと断ってから寝ても、朝まで誰からも起こされることなく眠るのであった。



 翌日……


 ヤルモたちは準備をして朝食をガツガツ食べていたら、またあの男がからんで来た。


「イロナさんがあんなに強いとは驚きです」

「「………」」


 トウコだ。タピオとイロナは一瞬見て、興味なさげに視線を外した。


「僕個人では、あなたたちに勝てないかもしれない。ですが、チームプレイなら、誰にも負けないと自負しています! ここからラスボスを倒すまで勝負です!!」


 一人で喋り続けるトウコに対して二人はというと……


「メシも食ったし、そろそろ行くか。イロナも手伝ってくれ」

「うむ。そろそろ敵が強くなってほしいものだ」


 ガン無視で夜営の撤収を始めるのであったとさ。

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