011 冒険者ギルド1


「ちょっ……いい加減止まってくれ!」


 イロナに首根っこを捕まれて宿屋から引きずり出されたタピオは、何度も止まれと叫んでようやく聞き入れられる。

 いちおうイロナは止まったが、重量級のタピオを片手で軽々放り投げて壁にぶつけていた。


「さっきからなんだと言うのだ? まさかレベル上げがしたくないと言うつもりか……」


 どうやらイロナは、タピオが軟弱なことを言おうとしてると思って怒っているようだ。


「ちがっ……先にイロナの装備も整えようと思って……。そんなヒラヒラした服だと動きづらいだろ?」


 イロナは自分のドレスのスカートを摘まみ、ピンヒールで軽く足踏みする。


「ふむ……少し動きにくいがなんとかなるだろう」

「いや、これは主としての命令っ……です」


 力強く命令をしようたタピオであったが、イロナに睨まれて背筋が凍り、語尾が小さくなってしまった。


「フッ……まぁよい。性奴隷は主の命令を聞かなくてはいかないらしいしな」


 タピオの奴隷のはずなのに、どう見てもイロナが偉そう。しかし、なんとか主導権を取り戻したタピオは、心底ホットして歩き出したのであった。



 タピオとイロナは町を歩き、ぎこちない会話をしていたが、徐々にイロナの機嫌が悪くなって来た。


「いったいいつまで歩かせるつもりだ? まさか時間稼ぎ……」

「ち、ちがっ……俺もこの町に来たのは一昨日前なんだ。どこに何があるんだか……イロナのほうが詳しくないのか?」

「我も奴隷館から出ることは少なかったからな」

「じゃあ、冒険者ギルドで聞いたほうが早いか……そうだ。イロナは冒険者カードは持っているのか?」

「冒険者カード??」


 イロナが首を傾げるので、タピオは説明しながら歩く。

 冒険者カードは身分証の代わりになり、町に入る際に金銭が発生しなくなること、ダンジョンに入る際には必ず携帯していないと入れてもらえない等々。

 そこでイロナはどうやってレベル上げをしていたかと聞くと、トゥオネタル族の集落の近くにダンジョンがあり、自由に入れたとのこと。なので、冒険者というモノは知っていたのだが、そんなわずらわしい取り決めがあるとは初耳だったらしい。


 そうこう喋っていたら、タピオの予想していた大通りの中央付近にある冒険者ギルドに到着した。



 冒険者ギルドの扉を潜ると、冒険者から一斉に視線が向けられる。だが、タピオは慣れっこ、イロナは胆力が異常に高いから意に介さない。

 そのまま受付に進み、猫耳と尻尾を揺らしている受付嬢、ミッラにイロナの冒険者登録をお願いする。


「あ、はい。銀貨20枚になります」


 てきぱきと書類を作成するミッラに言われるまま財布を取り出したタピオであったが、気になることがあるようだ。


「そういえば、職業の変更はいらないのだが、この場合は安くなったりしないのか?」

「え? 何の話ですか? ワタシ、イミ、ワカラナ~イ」


 なんとなく質問しただけのタピオであったが、急に片言になったミッラを見て、自分を騙した人間の表情が重なった。


「わ、わかった。20枚だな」


 そして、怖くなって言われるままの銀貨を払おうとしたタピオ。だが、イロナに腕を掴まれて、ピクリとも動かなくなった。


「どう見ても、こいつは主殿を騙そうとしているぞ。何故、言いなりになろうとしている?」

「い、いいんだ」

「よくはないだろう。そこの女、我の質問に答えよ」


 タピオは目を逸らして話にならないと感じたイロナは、ミッラに標的を移した。


「職業変更しなければ安くなるのか?」

「ワタシ、ワカ……」

「ちなみにだ。ふざけたことを言うと、この銀貨のようになる」


 イロナはタピオの腕を捻り上げ、台に落ちた銀貨を拾うと、力業で四つに折り曲げた。


「ヒッ……」


 半分になら、銀貨を折るぐらいはできる者も少しはいるだろうが、そこからもう一度折る馬鹿力を見たミッラは顔を歪める。


「心して答えよ。割引になるか否か……」

「できます! できますから折り曲げないで~~~!!」


 イロナの脅しに屈したミッラは、そこからは親切丁寧な対応となる。正規の料金表も見せてくれたので、嘘はないと確認も取れた。

 それならば、どうして騙そうとしたのかと聞くと、これがこの国の常識とのこと。商人気質の強い国民性もあり、二回は押し問答をするのは挨拶になっているらしい。

 だいたいの人は三回目で笑いながら折れるので、何か取引する場合は、必ず相手が笑うのを待ったほうがいいとアドバイスまでしてくれた。


「面倒な国だな……滅ぼすか?」


 親切なアドバイスを受けたイロナであったが物騒なことを言い出したので、ミッラの背筋が凍る。


「一度目だけです! 顔を覚えた人には、そんなことはしません! たぶん……」

「嘘だった場合は、わかっているな?」

「します! 挨拶なんで、冗談で駆け引きする人もいます!!」


 ミッラは国民性だと説得するが、イロナは聞く耳持たず。折り曲げた銀貨を綺麗に戻し、カウンターにドンッと置く。


「イロナ。もういいだろう」


 ここでようやくタピオの助け船。


「この女は、主殿を騙そうとしたんだぞ?」

「騙そうとしたんじゃなくて、国民性だと言っていただろう」

「しかし……」

「命令だ」


 イロナは食って掛かろうとしたが、タピオが奴隷設定を思い出させると、なんとか引き下がってくれた。


「連れが迷惑を掛けてすまない。残りは迷惑料で取っておいてくれ」

「あ、いえ、こちらにも非があったのですから……正規料金の銀貨10枚でけっこうです」


 いちおうタピオも国民性をマネて押し問答を繰り返してみたら、ミッラが受け取ろうとする度にイロナから殺気が飛んでくるので、ミッラは涙目で「もう渡そうとしないで~!」と言っていた。

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