不良に絡まれている女の子を助け、名前を聞かれたので堂々と「佐藤太郎ですッ!」と食い気味に答えたら逃げられました。でもその代わりに不良たちと一緒にいたギャルが清楚になって告白してきたので結果オーライです

本町かまくら

 


 不良に絡まれている女の子を助けた男が呼び止められ、名前を聞かれるシーン。


『あ、あの……お名前を、教えてくれませんか?』


『……いえ、名乗るほどではありませんよ。では』


 男は夕陽をバックに背中で語り、女の子が感極まり、恋心を抱いてしまう……。



 俺、佐藤太郎(さとうたろ)はずと昔からこのシーン疑問を感じていた。


 なぜ、男は名前を名乗らないのか。


 なぜ、自らフラグを折りにいくのか。


 

 ――俺だったら、堂々と名前を名乗るのに。



 それから俺は、人生で一つの目標を定めた。


 不良の女の子を助けて、名前を聞かれたら堂々と名前を名乗り、何なら自己アピールをしてフラグをビンビンに立たせてやろう、と。


 俺は努力を重ねた。


 どんな不良に囲まれても倒せるように、有名なボクシングジムに通った。


 そこで日本一を取り、その後は空手でも日本一を取った。


 間違いなく、そこら辺の素人に毛が生えたような不良に負けることはないだろう。


 だがそこで、俺はとんでもないことに気が付いた。


 ……あれ、このシチュエーション、なかなかなくない?


 だが、俺はめげずに町を歩いた。


 ただ歩くだけでは不審者なので、毎日自主的に地域清掃単独朝までボランティアを決行。


 町中をピカピカにし、市長に表彰されたが、それでも不良に絡まれている女の子は現れなかった。


 そこで俺は気づく。


 ……これはこれで、平和でよくね?


 そもそも、不良に女の子が絡まれている状況は訪れない方がいいのだ。

 

 警察が一日中暇していることがいいことのように、今の平和のままの方がいい。


 ただの清掃をする武道の心得がある奴になった俺は、ひたすら地域清掃をした。そこで様々なドラマがあったのだが……別に、誰も興味ないだろう。


 ってなわけで、俺はぼんやりとした日常を過ごしていた。


 そんな矢先のことだった。











「や、やめてくださいっ!!」


 人気の少ない路地裏で、そんな声が響く。

 

 たまたまその近くを掃除していた俺はすぐさま現場に駆け付けると、そこにはいかにも柄の悪そうな不良三人が、女の子に迫っていた。


 それを少し遠くから見ているギャルもいる。


 ……どうやらこの時が来てしまったようだ。


「離してくださいっ! 嫌です!」


「いいじゃねぇーかよぉー。俺たちと一緒に楽しいことしようぜぇ?」


「絶対楽しいからさぁー」


「い、いやっ……! だ、誰か、誰か助けてください!」


「はははっ! 助けを呼んでも誰も来ねーよ! 何てったってここら辺は、汚すぎるが故に人が立ち寄らないんだからな――」



「おい、何してんだ」



「……へ?」


 太陽を背に、トングを持って路地裏に現れる。

 

 写真に収めたいほどにアホづらな不良たち。


 さてと、女の子を助けるとするか。











 ——数分後。


 不良たちは大泣きしながら逃げていった。


 それもそのはず。


 あんなに自信満々に三人で殴りかかってきたのを俺がすべていなし、正当防衛になったところで返り討ちにして、それに加えて説教をかましたからだ。


 やはり不良は勢いだけで、ただの雑魚だな。


 おっとそんななことより、今は不良たちに絡まれていた女の子優先だ。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……」


 そう言う女の子だったが、腰が抜けてしまっているようで立ち上がることができない。


 その時に短いスカートから何とは言わないが何かがチラチラと見えたことはさておき。


 俺はそっと手を差し伸べる。


「ありがとうございます」


「気にしないでくれ」


 女の子を引き上げ、安堵したようにふぅと息を吐く姿を見て、俺は踵を返した。


「じゃあ、俺はこれで」


 何事もなかったかのように、颯爽とその場を去ろうとする。


 すると女の子が「あ、あのっ!」と声をかけてきた。


「あ、あの……お、お名前、教えていただけませんか?」


 緊張しているのか震えている声。


 その声に、俺は進む足を止める。



 ——ここまで、完璧にプラン通りだ。


 まさか何度もシミュレーションしたことが実際に起きるとは。


 それも全く完璧な流れで。


 もはや俺が緊張してしまう。

 

 だってずっと俺は、この一言を言うために、鍛錬を積んできたのだから。いや、もはやこの言葉を言うために生きてきたと言っても過言ではない。


 よぉーし深呼吸だ。ひっひっふー。ひっひっふー。


 おぉっと動揺するあまりラマーズ法をしてしまった。やれやれ。


 気づかれないようにスマホを取り出し、髪を整える。よし、ばっちりだ。


 今度こそ肺の中にある空気を出して、そして取り込んで。


「お、俺は……」


 スムーズな動作で振り返り、一歩近寄って言った。






「佐藤太郎ですッ!」







「……はい?」


 目を丸くする女の子。


 構わずに俺は続ける。


「なんなら追加情報を申し上げますと、2004年4月23日生まれ。好きな食べ物は餃子。好きな言葉は、棚からぼた餅。好きな女性は黒髪ロングで、清楚な子が好みですッ!!!」


 ふぅ。


 まだまだ言い足りないけど、今日はこれくらいにしておこう。

 

 この先交際を続けていくうちに、知ってもらえばいいんだからな。


 でもとりあえず、子供は何人欲しいかくらいは早急な問題だから今聞かないと……。


「って、あれ?」


 辺りを見渡す。


 しかし、あの女の子がどこにもいなかった。


 照屋さんだからゴミ箱の中に隠れてんのかなぁ、なんて思いながら見てみるけど、どこにもいない。


 そう、どこにもいない。


「……あれ? もしかして俺、逃げられた?」


 ……うそ、だろ……。


 俺は膝をついて、ガクリとうな垂れる。


 お、俺の十七年間は、一体何だったんだ……。










 数日が経った。


 俺は魂が抜けたような日々を過ごし、毎日欠かさずに行っていた清掃活動すらやれていない。


 ピコン、とスマホが鳴る。


『市長:最近清掃活動してないみたいだけど、どうしたの? 補助金出す?』


『太郎:探さないでください』


 そうとだけ返して、スマホの電源を切る。


 今は誰とも、話したくない。


 授業が終わって、すぐに下校する。


 これから俺は、何を目的に生きていけばいいんだ……。


 十七歳にして、人生が路頭に迷った気がしてならない。


 下を向いて歩いていると、校門付近が随分と騒がしいことに気が付いた。


「おいおいなんだあの子。めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!」


「どこの高校だ? 他校だよな?」


「お人形さんみたい……」


「絵に書いたような、清楚な女の子だ……」


 どうやらとんでもなく可愛い女の子がいるらしい。


 だけど、今の俺には関係ないな。


 どうせ俺のことなんて、好きになる女の子はいないんだから……ううっ。


 人混みを避けて校門を抜ける。


 すると人混みの方からパタパタと足音が聞こえてきた。


「あ、あのっ!」


 服の袖を掴まれる。


 するとそこには、黒髪ロングの清楚系美少女が、頬をほんのり赤く染めて立っていた。


―-ビビッ!!!


 な、なんだこの感覚は。


 というかこの子……とんでもなく俺のタイプだ。


「佐藤太郎さん、ですよね?」


「そ、そうだけど」


 なんで俺の名前を。


「ず、ずっと探してました。でも、会えてよかったです」


「は、はぁ」


 俺のことを探してた? もしかして市長の差し金か?


「私のこと、覚えてますか?」


 こんなドストライクな子を見かけていたら、忘れるわけがない。


 でも、何か引っかかるような気がする。


 どこかでその顔を、見たことがあるような……。


「えっ、もしかして……あの時いたギャル?」


 いや、何言ってんだ俺は。


 明らかに雰囲気が違うだろうが……。



「——はい、そうです!」



 澄み切った微笑みを浮かべて、そう答える。


「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!!!!」


 俺の反応に、元ギャルがクスクスと笑った。










「——それで、佐藤さんのおかげで私、あの人たちから解放されたんです」


「そ、そうだったんだ」


 夕陽が差し込む公園にて。


 俺は大麦さんの話を聞いていた。


 ちなみに、この清楚系美少女の名前は大麦紬(おおむぎつむぎ)というらしい。


「だから私の恩人の佐藤さんに、どうしてもお礼が言いたくて……」


 大麦さんから聞いた話を簡潔にまとめると。


 大麦さんはあの時の不良に逆らえず、つるまされていたのだが、俺がコテンパンにして説教したことで更生し、大麦さんを解放したらしい。


 つまり、どうやらあの時俺は、二人の女の子を助けたようだ。


「でも別にお礼なんていいのに」


「だ、ダメです! こういうのは、ちゃんと伝えなきゃいけないですから。……それに、伝えたいですし」


 ギャルをやらされていたが、根はかなり真面目な子らしい。


 もじもじと恥ずかしそうに指をいじる大麦さん。


 決意を固めたのか顔を上げて、俺の目をしっかりと見てきた。


「あの時は本当に、ありがとうございました!」


 お辞儀をして、そして俺に微笑んできた。


 その笑顔に思わずドキッとする。


 その後、しばらく沈黙が続いた。


 大麦さんはベンチに所在なさそうにちょこんと座って、顔を真っ赤にしてもじもじしている。

 

 この後どうすればいいのか分からない俺は、動く気配のない大麦さんを置いていけず。


 来た時よりも太陽がかなり傾いていて、今にも沈むんじゃないかと思った時。


「あ、あの」


「ん?」


「そ、そのぉ……ど、どうですか?」


「ど、どうって?」


「あっ、い、いや、そ、その……わ、私、ど、どうですか……?」


 目をうるうるさせて上目遣いで俺のことを見てくる。


 どうっていうのはつまり……イメチェンしたことだろう。


「なんというか……似合ってる、と思う」


「ほ、ほんとですか⁈ よ、よかったぁ……」


 豊満な胸を、そっと撫でおろす。


「そう言っていただけて、凄く嬉しいです」


「そ、そうか」


「それで、その……お礼以外にも、言いたいことがあって……」


 きっと夕陽に照らされているからじゃなくて。


 頬を真っ赤に染めている大麦さんは、まるで今から告白をする女の子みたいだった。


 ……でも、俺に告白するわけないよな。


 だって、助けた女の子に逃げられるような俺だ。こんなにも可愛い女の子が、俺のことを好きになってくれるなんて、そんな……。


「あのっ、わ、私っ……!」











「佐藤さんのこと、好きです! 私と付き合ってくださいっ!」











「……え、俺のことが、好き?」


 全く頭に入ってこなくて、思わず返してしまう。


「は、はい……」


 唇をちょこんと尖らせてそう言う大麦さん。


 どうやら間違いないらしい。


「じゃ、じゃあそのイメチェンも?」


「はい……。その、佐藤さんに好きになってほしくて、好きな女性のタイプを言っていたので、それで……」


「あぁ。そういえば」


 今は思い出したくないことだが、興奮してその他の追加情報を言ってしまった気がする。


「あ、あのっ! わ、私、佐藤さんに尽くします! 世界一好きな自信があります! 強いところだったり、毎日一人で黙々と清掃してるところとか、凄く好きで……」


「っ……! お、大麦さん……」


「だから、その、幸せにできるかはわかりませんが、私にできることは何でもするので、私と付き合ってくださいっ!!」


 もう一度深く頭を下げる。


 耳がこれでもかというくらいに真っ赤で、おまけに大麦さんはこんなにもイメチェンして。


 どれだけ俺を思って、告白してくれてるのか分かる。


 大麦さんがちらりと俺のことを見る。


「ダメ、ですか……?」


 男子なら誰でも一瞬でオチてしまいそうなほどに可愛い上目遣い。


 かくいう俺も、気持ちはかなり傾いていて。


 何ならドタイプな女の子なため、効果は抜群だった。


 ……でも、それでも。





「ごめん」





 小さく言う。


「……そう、ですか」


「……その、別に大麦さんが嫌いってわけじゃないんだ。むしろすごく好きで」


 そう。


 俺は間違いなく大麦さんが好きだ。


 だけど、今の俺の心境では、とても大麦さんの告白に応えられる気がしなかったのだ。


「でも、今ちょっと落ち込んでて。自分の気持ちがよく分からない状況なんだ」


「そう、なんですか……」


 顔に影を落とす大麦さん。


 今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていて、ぱっちりとした瞳から涙が零れそうになっている。


「——でも、もし俺のわがままを聞いてくれるなら、さ」





「俺と友達から、始めてくれないかな……?」





 俺がそう言うと、大麦さんが口をポカンと開いた。


 涙が目尻に溜まったまま、俺のことを驚いたように見てくる。


「いや、その、なんていうかさ。間違いなく俺のわがままだし、告白の答えになってないし。大麦さんに対してすごい失礼なことをしてるってわかってるんだけどさ」


 告白をほぼ保留する形で、しかも大麦さんの告白に答えていない。


 それでも、俺は自分の気持ちに素直になったうえでこの結論に至った。


「今白黒つけるのは、それはそれで違うのかなって、そう思って……」


 大麦さんがどんな顔をしているのか見れない。


 だってこれは、大麦さんを傷つけるかもしれないから。


「でも、大麦さんがその、選んでいいか――」




「はいっ! お願いします!」




 大麦さんが、迷いのない表情で、何なら嬉しそうにしていた。


 それを見て、どこかほっとする。


「ほんとに、いいの?」


「はいっ! むしろたくさん佐藤さんを知れそうで、嬉しいです」


「……そっか。よかった」


 心の底から俺の返事に賛同してくれているようで、なんとも言えない気持ちになった。


 それでも、どこか俺は一歩前進できたような、そんな気がする。


「でも、覚悟してくださいよ?」


「な、何が?」


「徹底的に、佐藤さんに好きになってもらいますからっ」


「あははっ。覚悟しとくよ」


 自然と笑みが零れてくる。


「これからよろしくお願いしますね、佐藤さん」


「あぁ、よろしく、大麦さん」


 こうして、俺たちは友達になった。





 ——そして一か月後、俺から告白して、恋人になった。










    ****










「そういえば、そんな出会い方だったね」


「今思えば、俺とんでもねぇな」


「ふふっ、今もとんでもないよ、太郎は」


 俺のすぐ隣で笑いかけてくれる紬。


 可愛くて、思わず抱きしめてしまう。


「も、もうぅ。甘えん坊なんだから」


「紬が可愛いのが悪い」


「……もぅ。ずるい人」


 抱き心地のいい、柔らかい感触と、ふんわりと香る女の子特有のいい匂い。


 何度も感じたことがあるはずなのに、いつまで経っても、紬とスキンシップを取りたくなってしまう。


「ねぇ、太郎」


「ん?」


「……これからも私のこと、助けてくれる?」


 あの日々を思い出す、少し幼さ残る表情に思わず微笑んでしまう。


 やはり好きな人の笑顔には特別な力が込められているなぁと、どこか思いながら、俺は紬を抱き寄せた。


「ずっと、助けるよ」


 そう言うと、紬は照れくさそうに笑って、俺の頬にキスをした。



                        完

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不良に絡まれている女の子を助け、名前を聞かれたので堂々と「佐藤太郎ですッ!」と食い気味に答えたら逃げられました。でもその代わりに不良たちと一緒にいたギャルが清楚になって告白してきたので結果オーライです 本町かまくら @mutukiiiti14

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